[PR]100万円が無料で当たる!:今すぐ応募して現金を当てよう!


g_03.gif エリーシア戦記

...Record Of Ariesia War...


[back.gif第五十七章] [本棚] [next.gif第五十九章]
第58章 快刀乱麻


【神聖紀1232年8月、北辺】
 ――トラペサ大河上流。
 悠然と流れるエメラルド色の大河、怪しいまでに繁る木々、それらの上を、白過ぎる日の光が照り渡っている。
 強い照り返しの中、パルディア軍の偵察部隊が川辺を行軍する。
 その足音に驚いたのだろう、蛇がのそのそと漆黒を秘めた藪の中へと逃げ込んでいった。
「やれやれ……」
 馬上の隊長が、あまりの蒸し暑さに、軍服の首元を緩めた。この真夏の太陽は、白く眩いだけでなく、強烈な湿気を立ち上らせている。
 緊張感まで弛み始めた時、前方に、ゆるゆると進む輸送部隊を発見する。
「暑気払いだ。叩いて、奪うぞ」
 飢えた目付きで荷車の列を見遣ると、舌なめずりして命じる。
「美しい女を捕らえて、骨の髄までしゃぶり尽くせ」
 パルディア兵は、奇声まで上げながら突進する。
 と、サリス軍の護衛騎士が、独り立ち塞がる。銀馬に黄金の鎧、二羽鴉の軍旗、そして、十文字槍。
「……いや、それは違うでしょう」
 隊長は、真顔で呟いた。

 ――ウラジオストク。
 夜、パルディア王国軍本陣に、偵察部隊壊滅の報が届いた。
「陛下、お休みのところ申し訳ございません」
 軍事顧問が呼びに来た時、ローテヴェイクはまだ眠っていなかった。月明かりに照らされた窓辺に坐り、愛妾のミリヤが奏でるツィターの音色をまどろみながら聞いていた。
 白い法衣によく映える絹のような黒い髪、小さな瓜実型の顔の中に、きりりとした眉、緑玉の大きな瞳、通った鼻筋、薄い唇、そして、肌理細かな白い肌を持つ美女である。
「何事か?」
 ローテヴェイクは頬杖を解き、重い瞼を上げた。
「重臣の方々が、陛下にお知らせしたい事があり、集まっております」
「分かった」
 ローテヴェイクはミリヤを一瞥すると、厚手の上着を手に取り歩き始めた。北辺地域は、昼夜の温度差が激しく、真夏といえども肌寒い。
 一方、ミリヤは唯一の観客を失っても意に介さず、瞳を閉じたまま演奏を続けている。
 ミリヤ・ハマーライネンは、絶対神教の一派、旋舞教団の修道女である。
 この教団は、両腕を伸ばしてくるくると回転しながら祈るのが特徴で、円は宇宙を表し、回転は宇宙との一体化を図るものとされている。アフロディースに追われた前総大主教コンスタンティノス5世の有力な支持基盤でもあった。
 コンスタンティノス5世の失脚後は、北辺地域にばらばらに散り、彼女自身はローテヴェイクに目染められて、側に仕えるようになった。
「寒いな。火を入れろ」
 間もなく、ローテヴェイクが軍議場に現われた。忽ち、四方から冷えた空気が包み込んでくる。
「陛下」
 すでに集まっていた幹部たちが、一斉に立ち上がって迎える。
「何事か?」
「実は……」
 総参謀長が、簡単に事情を説明した後、廊下に待機させていた伝令を呼び入れた。
「――槍を構えたと思ったら、瞬きの間に間合い詰められ、一撃で隊長の胸を貫きました。さらに、逃げる騎士たちを追いかけて、背後から馬ごと真っ二つに……」
 伝令が跪いて報告する。
「これは……?」
「なんという無双……もしや?」
「ついに現われたか……?」
「だが、どうして上流に?」
 軍議場のあちこちで呟き合いが繰り返された。それらは渦を巻くように一つになり、空気を重い鉛に変えてしまった。
「銀毛の馬に、黄金の鎧か……」
 無機質な唸り声を聞いて、ローテヴェイクは、右手側の席へ視線を送った。
 そこに同盟軍のアポロガイストが坐っていた。仮面は新調されて、頂部に角がついている。また、衣装も、古風な騎士服から、臙脂色の魔道師ローブに変わっていた。
「彼奴だ。間違いない」
 ローテヴェイクが言うと、アポロガイストは鳥を模した仮面を横に振る。
「そう決め付けるのは、早計だ」
 仮面越しの声が、石でできた室内に響く。声は以前よりも若く、上品な落ち着きを感じさせた。
「何故?」
 ローテヴェイクは、訝しそうに問う。
「彼奴は以前にも影武者を用いている」
「……」
 ゆっくりと目を閉じる。その厳しい顔に鋭い皺が寄って、まるで魔除けの彫像のように見えた。
 ローテヴェイクが長考する間に、アポロガイストの説明が続く。
「汝らの注意をゾーネクロスに向けさせ、背後の下流で渡河する腹かもしれん。汝らは当初の予定通り、渡河して来る敵を各個撃破しつつ、敵を我がメダルーザ要塞へ誘い出せばよい」
 力強く演説した後、同意を求めて、ローテヴェイクを見遣る。しかし、その奇怪な仮面の奥から発せられる、射るような視線にも、ローテヴェイクは睫毛一本動かさずに、じっと坐っている。
「如何か?」
 焦れて問う。
「否!」
 再度の催促の直後、ついにローテヴェイクの瞳が開かれた。そして、同時に発せられた言葉には、強い拒絶の意志がこめられていた。
「彼奴は、ゾーネブルグにいる」
「いや、だから……」
「つべこべ言うな。俺には分かるのだ。これは理屈ではない。戦場で合い見える運命を持つ者同士だけが感じ合う感覚なのだ」
「……」
 爛々と輝く瞳を大きく開き、勇ましく立ち上がる。
「全軍をゾーネブルグへ向けよ」
 重い空気を吹き飛ばす、怒号が冷えた室内に響いた。

 ローテヴェイクが寝室に戻ると、まだミリヤが演奏を続けていた。
 その姿を凝視して生唾を飲み込むと、後ろ手で鍵を閉め、脱兎のように駆けて、彼女の足元に倒れこむ。
「ミリヤよ。さ、寒いのだ」
 岩のような顎から、蚊の泣くような声がもれる。
「……」
 急に脚に縋りつかれて、ミリヤの演奏が乱れて止まる。
「俺には分かる。彼奴は、俺を殺しに来るつもりだ……」
 ローテヴェイクの大きな体がガタガタと震えて、図体に似合わない、か細い声で泣く。
「あのバラムの地獄のような光景が、パルディアで再現されるのだ。女子どもが生きながら焼かれ、男たちはバラバラに切り刻まれる……。彼奴ならやる。俺以上に残虐に…徹底してやる。俺には分かる……」
「怖いのですか?」
 しばらく黙って、鋼のように固い髪がゆらゆらと震えるのを、乾いた瞳で見ていたミリヤだったが、ふいに澄んだ声で問うた。
「あーぁ、こ、こわい……俺は怖いのだ……」
 ローテヴェイクは震える声で答えて、ミリヤの細い脚を強く抱き締める。
「俺は一人だ。孤独なのだ。この軍勢の中で、俺を大切に思っている者は一人もいない。貴族達は自分の領地を守る事しか考えず、近衛兵も、所詮は貴族の子弟だ。いざとなれば実家が大事……。皆、俺が恐いから随っている。もし俺以上に恐ろしい存在が現われたら……ああ!」
 ローテヴェイクは狂ったように絶叫する。
 ミリヤは、ローテヴェイクの頭を無機質な手付きで撫でてやる。
「我々のディーンへの恨みをお信じ下さい。そして、我らが力を頼りにして下さい」
 ローテヴェイクは閉ざした瞼から大粒の滴を流しながら、何度も頷いた。

 ――ゾーネブルグ城。
 オーギュストは、小さな戦いを終えて、城に到着した。そして、出迎えたアフロディースをそのまま寝室へと引っ張っていく。
 アフロディースは、「宴の用意がある」とか「軍議がある」とかつべこべ言っていたが、オーギュストは全く聞く耳を持たなかった。
 軍服姿のままソファーに手をつかせて、豊かに張った美尻を突き出させると、後ろから容赦なく叩く。パンと小気味いい音が響き、その残響の消えるまで、ねっとりと丸く撫で回す。
 パン!
 再び叩く。尻肉はまるで鞠のように弾む。
「あ、アン……」
 アフロディースのくびれの深い腰が魅惑的にうねり出して、秀麗に整った唇から、甘い吐息が零れ出る。
「さっきまでの態度が、嘘のような乱れぶりだな、ディース」
 オーギュストは言葉でなじり、手を、ぴったりとした軍服のパンツの上から、股間の割れ目へ食い込ませていく。
「はぁ……そ、そんなッ……」
 艶やかに火照った顔で、恨めしく答える。
 オーギュストはまた叩き、そして、強く指を押し込む。
「あぁ、あっ」
 アフロディースの腕が折れて、細い腰が歪曲する。長い脚からの曲線美は、見事としか言いようがない。
 本来ならば、指だけで一ニ度絶頂させておくべきなのだろうが、今のオーギュストにそんな余裕はなかった。戦場の空気が、血を昂ぶらせている。
 爪先で、パンツを裂く。まるでピンク湯気を上げているような蒸れた熱気が吹き出てくる。
「あーっ!」
 すでに膣穴は開いて、肉襞をわなわなと蠢かせて、蜜を見境なく垂れ流し、また、肉芽は真赤に肥大化していた。
 直接触れられることさえなく、アフロディースは立派に、発情したメスと化している。
「えぐぅ、いいッ!」
 いきなりバックから挿入されても、些かの障害もなく喘ぎ声を発した。
「あひッ、んなぁッ…!」
 至宝の陶磁器にも称えられる美肌が、汗ばんでいく。白く長い首が激しく弓反り、束ねていた髪が、流麗に散らばった。
「ああ、オマンコがあたしのオマンコがいっぱい……ッ」
 戦う女神を思わせた瞳は、とろんと情感に潤み、だらしなく開いた唇から、色香にみちた声が出る。
「やっ、あっ、あっ、ああッ、もうっ、もう、イっちゃうっ、イっちゃうのーーぉ!!」
 不甲斐なくも、性交を悦び合う余裕もなく、アフロディースは絶頂へと直行してしまう。
「まだだ」
 しかし、オーギュストは終わらない。絶頂を迎えたアフロディースの肉体をさらに攻め続ける。
「あーーーぁ、ひっ……はひぃッ」
 もはや人の声とも思えない淫靡を窮めた咆哮を上げた。その直後、ぽっきりと首が折れて、呼吸音さえも消えて、まるで糸の切れた人形のように、攻めに合わせて、身体を揺らすだけとなる。
 それでもオーギュストの攻めは止まらない。片脚を担いで、腰を打ちつけ続ける。
 数時間後、大股を開いて、鮎のように痙攣しているアフロディースの横で、キーラとサンドラに騎乗位で腰を振らせた。
「もっと、もっとだ!」
 女性達の汗が、オーギュストの胸に滴り落ちる。
 取っ替え引っ替え女達を馬車馬のように使っても、胸の高鳴りが些かも鎮まらない。
――一分一秒でさえ、無駄に過ごせない。
 一瞬でもじっと停滞してしまえば、戦意という熱が行き場を失って、血を沸騰させ、細胞を焼き壊し、ついには体の内側から爆ぜてしまうだろう。
 そんな狂気がオーギュストの心を駆り立てている。しかし、病的な高揚感の中で、オーギュストは幸福を感じていた。


【8月中旬、北辺】
 トラペサ大河北岸の砦を、パルディア王国軍が支流を越えて攻撃した。これを救援すべく、オーギュストはサリス、ロードレス連合軍を率いて出陣する。
 サリス、ロードレス連合軍は1万8千。
「落ちたか……」
 途上、昼食中に砦の失陥が分かる。
 オーギュストはその時、水のようなカレーを飲むように食していたが、思わずスプーンを落としてしまう。
「申し訳ございません」
 アフロディースは乾いた声で、部下の失態を詫びた。
「敵の総数は、2万8千。ほぼ全軍です」
 宝石を思わせる瞳に緊張が漲っている。
「なかなかやるな」
「冗談を言っている場合じゃな……ありません」
 語気が強くなり過ぎたのを気にして、慌てて視線を周囲に配り、修正する。
「敵は一万も多い……」
 無意識に声を顰める。
「気にすることはない」
 オーギュストは黄色くなった口を拭うと、折りたたみ式の椅子から立ち上がった。
「俺一人で、一万人殺すさ」
 オーギュストは腰に手を当てて、背筋を伸ばすと、ぐるりと首を回す。自然に口元が綻んでいた。

「どうやら序盤は作戦勝ちのようだ」
 炎上する砦を背に、ローテヴェイクが、どうだと言わんばかりに、馬車の中のアポロガイストへ話しかけた。
「最後まで勝ち続けていたいものだ」
 アポロガイストは、無感情の声で答える。
「面白みのない男だ」
 それに不服な表情を隠さず、ローテヴェイクは馬の腹を蹴って、前へ出た。
「さあ、前面の雌豹(アフロディース)を一蹴し、返す刀で、後方の狼(リューフ)を葬るぞ!」
「おお!」
 走りながら、林のように立ち並ぶ槍を剣で叩き、兵を鼓舞した。

 両軍は、トラペサ大河北岸の平原で衝突する。
 パルディア王国軍が局地的な数的優位を確保していたが、パルディア軍の後方では、リューフとロックハートが、渡河して、その橋頭堡であるウラジオストクへ迫っている。
 つまり、大局的には、時間が経つに従い、オーギュストの勝勢は高まっていく仕組みになっていた。

「敵は縦一列に並んでおります」
 索敵から帰ってきたヤンが報告する。
 その時、オーギュストとアフロディースは、鎧を脱いで、コーヒーを飲んで寛いでいた。オーギュスト自身が焙煎した一品で、酸味がなく、コクが深い。
「長蛇の陣形です。以前、アルティガルドとの戦いでも採用しております」
「我らを中央突破するつもりかしら?」
 アフロディースは、優雅に指を顎に当てて考える。
「まあ奇策縦横とはゆくまいが、精々獅子奮迅ぐらいは期待しよう」
 オーギュストは空になったカップを置くと、悠然と脚を組んだ。
「……」
 アフロディースは、きっとオーギュストを睨んだ。篭城戦よりも野戦を選んだりと、この戦いに臨む態度が、あまりに不遜である事に憤りを感じていた。
――おっと、その前に。
 飲み残しては勿体無いと、カップに残っているコーヒーを飲み干そうとする。それから一言怒鳴ろうと思ったのだが、コーヒーの甘い香りを吸い込んだ瞬間、気持ちが和んでしまい、怒りの感情が何処かへ飛んでいってしまった。
――まぁ、後でいいわね。
 思わず、至高の笑みを浮かべている。

 オーギュストは本陣の前に、各部隊を菱型に配置している。厚い陣形であり、ローテヴェイクの中央突破に備える一方、いざ攻勢となれば、回転して波状攻撃を仕掛けることもできる。
 先鋒と両翼は、ロードレス軍が担当し、菱形の底に、オーギュスト直属のハポン将軍とウラキ将軍、そして、ベアール将軍を並べている。
「各部隊、戦闘準備整いました」
 ヤンが、一段高い所に坐るオーギュストに敬礼して告げる。
「攻撃を開始せよ」

 パルディア軍先鋒が、先制攻撃を浴びる。
 厚く積み上がった白い雲の下を、たくさん矢が黒い放物線を描いて落ちてくる。銀色のシールドが無数の悲鳴を上げる。
 しかし、よく鍛え上げられているらしく、パルディア兵たちは隊列を乱すことなく、平然と受け止めている。
「始まったぞ」
 ローテヴェイクが、アポロガイストを振り返った。
「大丈夫だろうな」
 強く念を押すように、言う。
 アポロガイストは、入念に部下と密談していたが、その声に促されて、ようやく仮面を正面に戻した。
「問題ない」
「今はその言葉を信じよう……」
 アポロガイストの迷いのない返答を聞いても、疑いを払拭しきれない。ローテヴェイクは本陣を去る部下の丸まった背を目で追う。
「……」
「第二波、来ました!」
「耐えよ!」
 参謀の報告に、ローテヴェイクは、自分自身の迷いを打ち消すように吼えた。
 しばらくパルディア軍は防御に徹したが、ついにアポロガイストの仕込んだ策が形となる。
「両翼が動き出しました」
 物見の報告に、一瞬、司令部に緊張が走った。真っ先に頭に浮かんだのは、敵の総攻撃が始まった可能性である。
「両翼、さらに広がります!」
 しかし、次の報告が轟くと、体に浮き出た氷のような汗が、一瞬のうちに熱い蒸気へとなって服の隙間から吹き出てくる。
 アポロガイストは、両翼の鼻先に小部隊を回り込ませ、執拗に挑発させた。ロードレス人同士の人間関係を熟知し、一方には親の仇を、一方には主家の仇敵などを宛がい、各指揮官の心理を巧みに利用し、結果、引きずり出すことに成功した。
「陛下!」
「うむ」
 ローテヴェイクに参謀達の視線が集中する。
「伝令、先鋒の騎兵へ伝達。打って出よ!」

 ロードレス軍の両翼が、左右に釣り出されていく。
「どういうことか!」
 アフロディースは大股に一歩踏み出して、大きな声を放った。
「命令はまだ下っていないぞ!」
 部下をすぐに走らせようとするが、オーギュストはその肩を掴んだ。
「正面が動き出したぞ」
「えっ」
 その絶妙なタイミングに、アフロディースは戦慄を覚えた。

 パルディア軍の先鋒騎兵は、一門衆で固められた最精鋭である。ロードレス軍の矢を掻い潜って、前へ躍り出た。
「長弓から短弓へ切り換えよ」
 前線のロードレス人司令官が、矢継ぎ早に指示を与える。すぐに前線の兵の配置が変更されて、パルディア軍の先頭へ矢の焦点を定める。
「よく狙え! なっ?」
 その時、突然、パルディア騎兵が直角に曲がった。その横腹を無防備に晒して、眼前を横切っていく。
「放てぇ!!」
 慌てて命じたが、射程距離に足らず、短い矢が、尽く騎馬の足元に突き刺さる。
 ロードレス軍将兵の視線が、騎馬の姿を追って、横へ流れていく。と、その影から、第二陣の騎兵が飛び込んできた。
「しまった!!」
 先の騎兵に気を取られて、完全に、見落としていた。
「槍で対応しろ!」

「何をやっている!」
 アフロディースは、すべての床机を蹴り倒して、その後、地面を掘るように何度も蹴った。美人が本気で怒っている姿は、壮絶である。
「前線を一旦下げて、陣形を建て直し、敵が退くタイミングを見計らって反撃しろ」
 そして、前線の立ち直しのために、伝令へ指示を授けた。
 オーギュストは、隣で聞き耳を立てていたが、ヤンを手招きして、「ハポン、ウラキ、ベアールを呼べ」と命じた。
 三将が到着すると、オーギュストはさっと図を描いて、そっと耳打ちする。
「ウラキとベアールは、弓隊と戦車で射線を作れ。敵にもその射程範囲が分かるように派手にやれよ。目的は敵の進路を狭める事だ。ハポンは前線へ出て、敵騎兵を引きずり回せ」
「御意」
 三将が頷く。
「だが、決してお前から仕掛けるな。敵が突撃してくるまで――」
 オーギュストは人差し指を立てると、くるくると回し始める。
「のらりくらりと動き回れ。最善は――」
 言いかけて、ちらりとアフロディースを見る。彼女は熱心に参謀達と打ち合わせしていた。
「ロードレスの先鋒に突撃させて、相殺させることだ。分かったな」
「はっ」
 足早に三将が退去すると、アフロディースも額に垂れた前髪を直しながら、オーギュストの隣に戻り、倒れた床机を立て直した。
「長引きそうね」
「そうだな」
 オーギュストはアフロディースとは反対側の肘掛に体重を預けていく。

 ロードレスの前衛部隊は、部隊を二つに分けて、一方が敵を牽制している間に、もう一方が全力で下がり、ある程度下がれば反転して敵に備えた。このように、役割を入れ替えて、交互に退却を繰り返していく。
 パルディア先鋒騎兵も、ただで逃がすつもりはなく、追撃を行う。
「進め、進め!」
 と、その横斜め後方に、ちらりとサリス軍が射撃態勢を整えているのが目に入った。これは罠かと思い、その射程ギリギリで一旦留まる。
「狙いはどっちか?」
 このまま後退する前衛部隊を追うか、それとも、のこのこと前線に出てきた防御力の低い弓隊に狙いは定めるか、指揮官は王の決断を待つ。
「我が王よ、どっちにするのだ?」

 戦場の中央を眺めて、ローテヴェイクは険しい表情をしていた。中央部は、二つ騎兵部隊が、敵先鋒を押し出して、どっしりと居座っている。明らかに、戦いの主導権を握っている、と断言できる。
「ええい、歯痒い」
 それでも、ローテヴェイクは不機嫌だった。
 両軍の騎兵は、互いに死角に張り込もうとして、同じところを行ったり来たりしていた。一向に衝突する気配はない。
「このままでは埒が明かんぞ……」
「分かっている!」
 アポロガイストの声を、ローテヴェイクが大きな声で遮る。
 騎兵は、高い破壊力を有しているが、防御力は低い。喩えるなら、ガラス窓を拳で叩き割る事に似ている。拳は潰れてしまうだろうが、窓の突破には成功する。それほど危険性の高い兵種だが、その見返りは計り知れない。
 その重要な役割の一つは、敵陣へ果敢に突進して、血路を開き、戦況を打開する事にある。それ故に、当然激しい抵抗を受けて、大きな被害を出し、最悪壊滅も覚悟しなければならない。
 今、中央部を支配するパルディア騎兵を、このまま正面から突撃させれば、必ず、敵前衛部隊を蹴散らすことだろう。しかし同時に、パルディア騎兵も、著しく戦力を失うことになる。
 数で勝るのは、パルディア軍である。一般的に、双方の前衛部隊が消滅すれば、剥き出しになった敵の本陣に向けて、新手を繰り出せば勝勢は疑いない、と思われる。
 しかし、オーギュストにすれば、何もこの地を決戦にする必要はないのだ。一旦退いて、別部隊と合流して再戦すればよい。
 一方、最精鋭の騎兵を失えば、オーギュストを追撃する事もできないし、背後を脅かしているリューフ軍やロックハート軍との再戦も苦戦が予想される。
 さらに、前線に出てきたサリス騎兵は、決して自分から戦おうとしていない。これは明らかに、先のローテヴェイクの迷いを読み切って、パルディア騎兵に消耗を強いるつもりでいるのだ。すこすこと敵の策に乗るのも、総大将として不甲斐なく、不本意極まりない。
「歩兵の動きが鈍いぞ。もっと騎兵を援護させろ」
 アポロガイストがもっともらしく言う。
「分かっている」
 再びローテヴェイクが怒鳴った。アポロガイストが言うとおりに、事実、歩兵の展開が遅い。もし騎兵に続いて、戦場中央へ押し出していれば、騎兵の負担も軽減するに違いない。
 だが、多くの将兵は、北辺地域の略奪で懐が潤っている。これを郷に持ち帰らずに、死ねるはずがない。死をも恐れぬパルディア兵だったが、それはもはや過去モノとなっていた。
――どうする……?
 ローテヴェイクは決断できない。
――どうして俺は王になったのだ……。
 一軍の将のままなら、兄を臆病者となじっていればよかった。
「ええい……」
 ローテヴェイクはペンを取り、『副王』の地位と『100億Czの領地』を確約する誓約書を書き上げた。
 ペンを置くと、額から滴る汗を腕で拭った。激しい動悸が一向に治まらない。誓約書を伝令に手渡すと、さらに全身に汗が噴き出て、ちかちかと焼けるように痛んだ。
――何とかなる……さ。
 後に、これがどのような結果をもたらすのか、今は何も考えたくなかった。
「……」
 しばらくすると、のそのそと象のように、歩兵が前へ進む。それを、苦虫を噛み潰したような顔で見守った。

 ようやくアフロディースの顔に、鮮やかな色彩が戻っていた。
「両翼の制御が回復した」
「それは良かった」
 オーギュストは笑顔で答えて、コーヒーを注いで手渡した。アフロディースは一口飲んで、コーヒー色に染まった息を大きく吐く。
「まあ、ごろうじろ」
 そして、勝気な大きな瞳を輝かせた。
 間もなく、その言葉が現実となる。
 右翼が急転して、パルディア騎兵の側面に進出した。
 これに驚いて、パルディア騎兵が下がる。彼らにはまだ決戦の指示が下っていない。
 しかし、正面では、ロードレス前衛部隊が陣形を立て直している。このままでは、十字射撃を浴びかねない。騎兵指揮官は、護衛の歩兵の出遅れを、そして、総大将の決断の遅さを呪いながら、焦りで混乱した頭脳で、後退を決めた。
 一つの功なく、ただ馬の体力を消耗させただけで、パルディア騎兵が下がり、歩兵と入れ替わった。
 ロードレス軍右翼は、ハポンの進路を埋めるように前へ出た。さらに左翼もその背後について、重深陣を敷いた。

「厚い……」
 ローテヴェイクの傍らで、若い参謀が呟いた。見渡せば、本陣の全員が、顔を青くしていた。
 戦場の中央を騎兵で抑えて、圧倒的優位を確立しながら、結局は振り出しに戻っている。いや、敵の陣形の方が、整備されているだろう。
「このまま消耗戦を続けるか?」
 アポロガイストが耳打ちした。
「もうウラジオストクは墜ちている筈だ。ここに長居しては、何もかも無駄になるぞ」
「……」
「この八方塞がりの状況は、逆に撤退の好機ではないか。敵も疑わんさ」
「……」
 ローテヴェイクは、固く眼を閉じた。
「……分かった」

「敵が撤退を始めました」
 情報士官の声で、本陣が沸きかえっている。
「追撃しますか?」
 ヤンが問う。
「当然だ」
「しかし、ローテヴェイク王にしては、タイミングが早過ぎます。ここは用心された方がよろしいかと」
「お前の成長、嬉しいぞ」
 ヤンの進言に、オーギュストは声を上げて笑った。
「成長しないのは、こいつだけだな、は〜あ」
 そして、ちらりとランを一瞥すると、深刻なため息を落とす。
「やんのかッ、ごりゃぁ!」
 ランが八重歯を牙のように剥いて、ファイティングポーズをとる。
 それでも、ヤンは軍服の背筋を伸ばして、真顔を保ち続けていた。
「陛下」
「お前の忠告は、顧慮すべきものがある。素直に従うとしよう。さて」
 オーギュストは微笑んで言うと、顎に手を当ててしばし考える。
「さて追撃はウラキ将軍に任せよう。ヤンの言の通り、何か策があるようだから、深追いに注意するように、伝えよ」
「はっ」
 ヤンが深く頭を下げた。
「俺はリューフと合流する。後は頼む」
 オーギュストは、アフロディースに勝鬨を上げさせた。


【8月中旬、セリア】
 グランクロス宮殿。
 ついにオーギュストの居城グランクロス宮殿が完成した。絢爛豪華な装飾を至る所に施し、その最も顕著な例が、黄金の浮遊塔である。
 白い石を敷き詰めた人工池から5メートル程空中に浮かび、その眩い姿を水面に映している。
 人々は、これを見上げて、オーギュストの権勢をまざまざと実感した。
 現在、この城の主は不在だが、その女主人の座をめぐる激しい争いが始まっていた。
「ふん、私がマルガレータ・ドロテーア・フォン・シュタウフェンであるッ。下賎の者どもよ、平伏せ!」
 グレタは、後宮に、大勢のスタッフを引き連れて入った。護衛から家庭教師まで後宮での争いを援けるために、国中から優秀な人材を集めた。
 護衛には当然マルティナ・フォン・アウツシュタインが、そして、家庭教師には、ルイーゼ・イェーガー中佐など高学歴者が名を連ねていた。
 彼女らは、徹底してアルティガルド風を貫き、後宮をアルティガルド宮廷作法で塗りつぶすつもりでいた。
 そして、この日も大行列を組んで廊下を進んでいく。
 と、彼女達の前に立ち塞がる者がいた。
「ふん、何処の雑魚だ。この私のロードを邪魔する者は?」
 グレタが腰に手をあてて、睨む。
「やれやれ。研修から帰ってみれば、変なのが居ついている……」
「ふん、小娘、命が惜しかったら、そこをどけッ!」
「笑止、このハイパー天才に命令できる者など、この世に存在しない」
 ユリアが、腕組みして仁王立ちしている。
「小次郎、何年私の従者をしている?」
 ちらりと背後に侍る刀根小次郎を見た。
「まだ二ヶ月弱です……」
 大砲の技術提供のために、小次郎はユリアの言い成りになっていた。
「ハイパー天才土俵を用意しろ」
「はい……」
 ユリアが言うと、小次郎は背負っていたトントンゲーム盤を廊下に立てた。
「この私に、トントンゲームで挑んでくるとは、何者だ?」
 グレタの瞳に幾つもの星が輝く。
「私は名もなき美し過ぎる天才。またの名を、ディーンの将星。この頭に流れるのは天才の血。他の五星は将星の衛星にすぎん」
 廊下が騒がしいので、人々が集まり始めていた。そこに、この一言である。忽ち、不穏な空気が流れ出した。小次郎は、あちこちに頭を下げながら、「ただの年功序列です」と弁解していた。だが、人々は「6人目って誰かしら?」と囁き合う。
「ふん、よかろう。戦う資格をあるようだ」
 牙を剥くグレタに、ユリアが嘲笑で返す。
「勝負!」
 グレタとユリアが同時に叫んだ。
「出でよ。ガラダK7、ダブラスM2」
 グレタが、高価な市販品の駒を二つ並べる。
「テンサイガーRX」
 ユリアは手作りの駒を置いた。
「なんだ、その不細工な猫は?」
「猫ではない」
「じゃ、たぬきか?」
「おのれぇ、マリー様を侮辱したな!」
 ユリアは怒りをこめて、両腕を振り上げた。
「勝利の方程式は、決闘者の熱い魂が解き明かす。感じる……狼の駒から伝わってくるマリー様の熱い思いがッ!」
「戯言を! 勝利者は常に、駒の優劣で決まるのだ」
 グレタが盤を叩き始めた。そして、ユリアの小さな手が動き始める。
「ディーン家一子相伝、必殺、天才連舞の型」
「なゅ」
 戦いは呆気なく決まった。ローズマリーが作った狼の駒が素早い寄せで、グレタの駒を二つとも押し出した。
「ま、負けた……こんな訳分からんやつに負けるなんて……私の決闘者としての人生も終わった……」
 グレタは駒をそっと土俵の上に置いて、去っていく。
「お前もまた強敵だった……」
 ユリアは言う。


【8月下旬、北辺】
――メダルーザ要塞
「あれか?」
 馬上のオーギュストが目を凝らす。
「ローテヴェイク王が、逃げ込んだ施設というのは?」
 視線は、谷の奥へ突き抜けて、古い建物を捕らえていた。
「酷いねぇ、まるで廃墟だな」
「はい、私たちが焼きましたから、徹底的に」
 答えたのは、フェルディア州牧代行のライラ・シデリウスである。異端者は許さないと、迷いのない声で告げる。
「あっ、そう……」
 ライラの話では、元は絶対神教の神殿跡だったらしい。敵対していたフェルディア勢の襲撃を受けて、破壊された。
「恐いねぇ……」
「何か言いました?」
「何も」
 オーギュストは馬を本陣へと急がせる。
 本陣は、正方形の一郭を堀で囲み、前に二郭を備えている。一郭の中心に、切妻の建物があり、そこが総司令部となっていた。
 大広間では、ウラキ将軍が、投降したパルディア武将を従えて待っていた。
「ローテヴェイクを見限ったか?」
 オーギュストは、跪く彼らの前を歩きながら、辛辣な言葉をぶつける。
「お前、今、何をした?」
 その時、将の一人の手が微かに動いたのを、オーギュストは見逃さなかった。そして、投降した武将の反応を待たずに、その腕へナイフを投げていた。
 大広間中の視線が集中する中、武将の手から何らかのスイッチが零れた。
「……これは?」
 オーギュストは、鋭い眼光でスイッチを見詰める。
 その間に、親衛隊長のナンが、武将を捕らえようと飛び掛るが、逆に片手で投げ飛ばされてしまった。
「これでお前も――」
「うるさい」
 言い終わる前に、オーギュストの蹴りが武将の首を折っていた。
「静かにしろ。集中できないだろ」
 自分の掌を注意深く見詰める。そこに僅かな空間の歪みを発見した。
「魔術結界のパワーを上げろ!!」
 弾かれたように、慌てて叫ぶ。
 その次の瞬間、巨大な閃光が窓から総司令部へ注ぎ込まれた。一郭を掠めて、太陽を思わせる白熱の炎が走った。一瞬にして、大地は焦げ、石垣の石は熔け、塀は灰すら残さず燃焼し、堀は跡形もなく消えてしまう。
「何処から攻撃された?」
「索敵何をしていた」
「捕虜を連行しろ。それから、そのゴミを処分しろ」
「被害状況を報告せよ」
「魔術結界のパターンを変更。結界を強化せよ!」
 士官たちが、慌ただしく走り回る。
「敵砦に、強力なエネルギー反応あり、しかし、弾道は確認できま…せ……ぇ……」
 ヤンが、情報をまとめて報告するが、オーギュストの顔を見て、心臓が止まった。
「おい、俺はそんなに温い男に見えるか?」
「……」
 ヤンは無言で立ち尽くす。声を出したくても、どうしても出し方を思い出せない。
「あ〜ぁ、イライラする……」
 オーギュストはぐるっと首を回して、軍服の首元を緩めた。
「あれほど神代の禁断魔術は危険だから勝手に使っちゃだめよ、と優しく諭してやってきたのに――」
 その場の全員が、蛇に睨まれた蛙のように、動きを止めていた。
「結構ぉ、俺、頑張ってきたよなぁ? なのに、世間の評価はゼロかよ」
 これが死神の気配と言うものなのだろう。血も凍るような戦慄、稲妻のような苛立ち、地獄の業火のような怒りが、波のように押し寄せてくる。
 小指一本動かせば、その血の瞳に標的にされ、その長い指で魂を鷲掴みにされてしまうだろう。
 今はただじっと、喩えムカデが体を這おうとも、我慢していなければならない。このまま気付かずに通り過ぎてくれれば、明日も昨日と同じように何事もなく生きてゆけるのだから……。
「なあ〜んだ、俺は世界の笑いものなんだ。俺が必死こいて頑張ってるのを見て、みんな腹抱えて笑ってたんだぁ?」
 オーギュストは、近くから一人ずつ言葉を投げ掛けていく。この時、全員が心で「ローテヴェイクが早く死ね」と呪った。
「あ〜ぁ、ムカつく!」
 ボキボキッと指を鳴らした。

 細い円柱が立ち並ぶ薄暗い部屋。
 円柱は緩やかなカーブを描いて、若干下が太くなっている。表面は黒く煤けて、縦溝の角はかなり削れていた。
 奥には祭壇があり、約18メートル巨象が立っている。その前に、黄金の直径二メートルほどの薄い皿があり、縁には複雑なルーン文字が刻まれて、窪みには鏡のような液体金属が溜められていた。
 円を囲んで、赤、青、黄、桃、緑の五色のローブを着た魔術師が坐って詠唱を行っている。全員が、全身の毛をそり、ルーン文字の刺青を施している。呪文の声に反応して、その刺青のルーン文字が、白光を繰り返していた。
「外れたのか……」
 少し離れた柱の影から声が聞こえる。戸惑うローテヴェイクである。
「何、結界の推定値に誤差があっただけよ。修正すれば済む問題だ」
 アポロガイストの声が、生々しく弾んでいる。如何な冷徹な仮面でも、この興奮は隠し切れないようだった。
「第二弾、準備!」
 意気揚々とした声で命じる。
「エネルギー100パーセント、発射準備よし!」
「瞬間魔力転送装置、正常」
 五色の魔術師の頭上にはそれぞれ大きな瓶が吊り下がり、中では赤い炎を燻ぶっている。そこへ白衣のロードレス人が梯子を登り、一滴の赤色物質を落とす。その直後、巨大な火柱が立ち上った。
 次第に五本の火柱は、互いに引き寄せ合い、渦を巻くように合体して、巨大な火球へ成長した。それが天井に貼り付けられた凹レンズに反射されて、液体金属の中心点へ向かって落下する。
 一斉に、五色の魔術師が両手を挙げた。その時、全身の刺青が輝き、目から耳から血を噴出して倒れていく。
 強烈な火焔は、液体金属の中へ沈んでいく。
「ふっふっ、発射!」
 アポロガイストが手元の水晶球を睨んで、余裕のある楽しげな声を発した。
「どうした?」
 長い静寂が過ぎても、水晶球の中は何も起こらない。
「な、何故爆発しない?」
 震える手で、水晶球を掴んで揺する。
 次の瞬間、鳥の囀りが列柱空間に轟いた。
 黄金の大鳥が、液体金属の上に顔を出し、大きく羽ばたいた。
「ガルダゾーネ……」
 アポロガイストが、驚愕の声を吐く。
「だれだ……」
 液体金属の水面に綺麗な波紋が生じて、静かに人影が上がってくる。その肩に、黄金の大鳥『ガルダゾーネ』が、舞い降りた。
「ちわー、訪問販売でーす。地獄の苦しみは如何すかぁ?」
 ポケットに両手を突っ込んで、オーギュストが陰湿に言う。
 オーギュストは、膨大な魔力を瞬間移動させた時空の裂け目を逆に通り、さらに巨大な火球を使って、ガルダゾーネを召喚した。
「愚かなり。宵の虫の明燭に赴くが猶し、よ。殺せ!!」
 アポロガイストが、護衛の部下に攻撃を命じた。
 即座に、緑色の鎧をまとった集団が、斧を振りかざして、オーギュストへ挑んでいく。
「とっ」
 オーギュストがポケットに手を入れたまま、足首の力だけで皿の縁を飛び越えて、床に下りる。そして、その靴音を切っ掛けに、爪先と踵で床を踏み鳴らし始めた。その曲に合わせて、背後でガルダゾーネが、美しい声で歌うように囀った。
 緑色の鎧の集団が、オーギュストを囲む。彼らは巧みに視線を交差させて、役割分担とタイミングを揃えていく。
「はーぁ」
 そして、頭上に、肩に、腰に、と各々が得意の形で斧を構えて、揃って息を吸った。
 その瞬間、ガルダゾーネが羽ばたき、黄金の波が緩やかに流れる。
「あっ」
 摩訶不思議な事に、彼ら全員の眼前に、オーギュストが立っていた。
 それぞれのオーギュストは、鋭くポケットから手を振り出す。その先には、小さなナイフが握られて、凄まじい衝撃波を放った。
 刃のような衝撃波が、四方八方へ走り、石の円柱を次々になぎ倒す。
 緑色の鎧の戦士たちは、振り上げた斧を下ろすことも、吸った息を吐く事もなく、体を真っ二つに切り裂かれ絶命していた。
 その直後、ガルダゾーネが羽を納めると、オーギュストは元の場所にただ一人立っていた。その周囲には、赤い霧が円筒形に立ち昇り、その外側に石材の白く細かい破片が舞い上がっている。
「さて、俺を愚弄した奴は、どいつだ?」
 一歩踏み込んだ時、白と赤の靄を切り裂いて、一筋の風が吹き抜ける。
 赤い瞳は、眼前を通り抜ける鞭の軌道をしっかりと捉えた。しかし、鞭が発する高熱で、前髪を焦がし、頬を火傷させてしまう。
「実体が影で、影が実体か?」
 筋のような火傷に指を当てると、忽ち白く氷りつく。そして、口元に余裕の嘲笑するような笑みを浮かべた。
「惜しいね。セリアにいた頃の鈍った俺なら、危なかったぞ」
 青い鎧をまとった戦士が、再び右手の鞭を振って突っ込んでくる。護衛隊長なのだろう。動きが先程の連中より良い。鞭もまるで生きた蛇のように変幻自在に襲い掛かってくる。
 しかし、オーギュストは、軽やかにステップして、鞭の連打をかわし、一瞬の虚をついて、戦士の懐へ踏み込んだ。そして、素早く右手を振り抜こうとする。
 その瞬間、戦士の腰に宛がっていた左手の指先が鈍く光った。指先に、魔弾の細工が施されている。遠くへ飛ばせる能力は持っていないが、鞭をかわされた相手を、ゼロ距離射撃で仕留める威力はある。
「ちいッ」
 オーギュストは小さく舌打ちすると、左の手をポケットから抜き出す。左右の腕を交差させて、鮮やかな十文字の閃光が描き出した。
 戦士は、青い鎧ごと体を四つに分断されていた。
「これは、極…十字斬……」
 ローテヴェイクが愕然と唸る。だが、すぐに平常の顔付きに戻り、眼光を研ぎ澄ました。その横を一歩前に出て、アポロガイストが烈しい感情を剥き出しにした。
「む、酷い。お前はどれほどのロードレス人を殺せば気が済むのだ?」
 震える声で言う。
「俺は体を分断しただけだ。それで死ぬかどうかは、本人の自由だ」
「屁理屈を並べるな!! 体が半分だけで生きていられる人間がいるかッ!!」
「今までいなかったからと言って、これからもいないとは限るまい。まして、多くの人間がそれを望んでいることは、学会では常識とされているし、現にアメーバは分裂で増えている。もはや人の分裂なくして進化は語れない――」
「その汚らしい口を今すぐ閉じろ!」
 アポロガイストが魔術師のローブを剥ぎ取る。全身を赤い鎧で覆っていた。
「これはロードレス人が流した血だ」
 鎧の胸を叩く。
「で、あんた誰?」
 オーギュストは訝しげに、首を傾げた。
「アポロガイストが若い女というのは、世間の常識だろ?」
「……」
 ローテヴェイクがぽかんと口を開けて、アポロガイストを見る。
「ふふふ、もうよかろう」
 アポロガイストは、徐に仮面に手をかける。
「我が名は――」
「ああ、いいや。面倒だから」
 オーギュストは右手のナイフを投げる。しかし、アポロガイストは一瞬で姿が消えてしまい、ただナイフの突き刺さった仮面だけが床を転がる。
「っき、消えた……」
 いきなり隣に立っていたアポロガイストが跡形もなく消えて、ローテヴェイクは動揺を隠せない。
「うわわ……」
 さらに、その頭上に、原因不明の大量の石の破片が落ちてきて、混乱に拍車がかかった。

「猊下の、祖国の仇だ!」
「俺を恨むのは筋違いだろう」
 超高速の世界で、脳波が通じ合う。
「黙れ! 女を篭絡して……」
「ああ、嫉妬か?」
「黙れ、黙れ!」
「分かる。あれはロードレス百年に一人の美女だからな」
「俺を貴様のレベルまで下げるな!」
 オーギュストの眼光に、良からぬ思惑が過ぎって、怪しげな色に澱んだ。
「ロードレス男の矜持を見せてみろよ」
 不適に言い放つと、空いた右手を背後のガルダゾーネへ向ける。ガルダゾーネは一声囀ると、体を黄金の粒子に変えて、オーギュストの右手へ流れていく。
「俺が試してやるぞ」
「貴様にロードレスを語る資格はない」
 粒子は黄金のボウガンとなる。それを素早く構えて、黄金の矢を連射した。男は、残像を残しながら、左右にステップして尽くかわす。ただ円柱だけが砕け散って、破片を宙に舞い上げていた。
「そんなものが当たるものか! 貴様のスピードはそんなものか?」
「その被っているのは、スカロス亜人の髑髏か?」
「おうよ。これで3倍のスピードで動く事ができる。俺の動きについてこられるか……ふふ。俺がお前を試してやる」
 男は、角のある黒い髑髏を被っている。その影響で、超高速で動く事ができるようだった。
「発掘したモノは、ちゃんと届けろよ」
「バカめッ!!」
 踏み出そうとした男の足元を、炎の矢が襲う。男は飛び上がって避けた。
「うむ?」
 宙に浮いた姿勢でオーギュストと目が合う。否、この超高速の世界にいない筈のローテヴェイクも、しっかりと男を見据えていた。
「推進剤を知っているか?」
 オーギュストが言う。
「何?」
「まあ知らんだろうな」
「うわわあ」
 重力加速度に従って、ゆっくりと降りてくる男へ、オーギュストが矢を放った。

 窪んだ穴の上に、炎上した男が横たわる。
「うががぁ」
 苦痛の呻き声を上げる男に、オーギュストは近付き、その顔を強く踏みつけた。
「ロードレス男は、こんなものか?」
 腰を屈めて、冷笑交じり呟く。
「くっ……」
 焼けた頬に、一粒小さな滴が流れた。
「綺麗な物を見れた。これだから、美女狩りは止められん」
 オーギュストは男の黒い顔を踏み潰す。
「お前は殺さん。安心しろ」
 そして、ローテヴェイクを見て、ボウガンを投げ捨てた。くるくると宙を舞って、ガルダゾーネに戻ったが、その体は小鳥程度に縮んでいる。
「次はパルディアの美女を根こそぎ頂く。その時、お前はどんな涙を見せてくれるかな?」
「……」
 ローテヴェイクは、無言で長剣を抜くと、大きく左足を踏み出す。体を低く沈めて、脇構えに構えた。まるで虎が地に伏せて獲物を狙うようで、さらに、虎の尻尾のように、腰から後ろに剣が揺れている。
「ほお、南陵万虎流か?」
「……参る!」
 大きく見開いた瞳に燃えるような闘志を漲らせて、滑るように一歩踏み出す。
――速いじゃない♪
 見惚れるほど見事な足捌きである。揺るぎない信念が生み出した、剣の極致であろう。この土壇場で、これを出せる精神力は賞賛に値する。
 オーギュストは、左手のナイフを投げた。
「うぐぅ!」
「お?」
 ローテヴェイクはそれを躊躇なく左肩で受け止めて、些かも速度を落とさず、前傾姿勢を保ったまま突っ込んでくる。これにオーギュストの顔に、やや驚きの色が過ぎった。
「ぬしゃ!!」
 横から渾身の一撃を振り切る。
 オーギュストは後退りして、寸前で斬撃を回避した。その際、指を鳴らして、小さな衝撃波をローテヴェイクの顔へ当てる。
「そんなものッ!!」
 その程度の反撃などものともせず、ローテヴェイクは、左の腰に剣を添えて、再び横に振る。
 再度、オーギュストは後退して、またも弱い衝撃波を放つ。
 ローテヴェイクは追い、電光石火の剣を繰り出し続ける。繰り返すたびに、反動がつき、速度を増していく。しかし、剣を振り切った瞬間に、必ず顔面に衝撃波を浴びる。初めは鼻血、次に唇を切り、次第に、瞼が腫れて、視界が狭くなっていく。
「あれ?」
 オーギュストは背後に円柱が迫っていることに気付いた。巧みに、追い込まれていた。
「はぁはぁ……追い詰めたぞ」
 荒く呼吸しながら、ローテヴェイクが吼える。
「これが最後だ」
 万感の思いを込めた、生涯最高の一撃を放つ。
「な、なに?」
 だが、急にガタガタとした鈍い衝撃が腕を襲う。目の前がいきなり暗くなり、その暗闇の中で、水滴が弾けけるのが見えた。
――何が起きた?
 不思議な事に、眼前に己の顔が浮かんできた。それは、疲労困憊して、目を背けたくなるほど傷付いている。
――なんだ。このありさまは?
 自問すると、次第に脳が働きだして、自分が両手両膝をついていることに気付く。そして、垂らした膨大な汗が床に溜り、鏡のようになっていた。
「俺は……はあはあはぁ……」
 軽い脳震盪を起こしてしまったらしい。
「どうだ? 俺を倒せると思った瞬間は?」
 頭上の遥か高みから、オーギュストの声が轟く。
「そして、勝利目前で、逆転される気分は?」
「あいにく、俺は真直ぐにしか走れん!」
 とにかく手で辺りを探る。指先に痺れがあり、上手く動かないが、運よく剣に触ることが出来た。最後の力を振り絞って、剣を握り、オーギュストを仰ぎ見た。
 オーギュストは、円柱に背を凭れ不適に笑っている。
「ぬおおお!」
「くだらん」
 オーギュストは右足を抱きかかえる風に上げると、ローテヴェイクの肩に突き刺さるナイフへ、蹴り出す。
「ぬがァァァ!」
 ローテヴェイクは激痛に悶絶して、後ろへ転がるように跳んだ。
「危ない、危ない。逃げてくれなかったら、心臓まで届かせるところだった」
 乾いた笑いを発して、一歩踏み出す。
 ローテヴェイクは肩を抑えながら、背で這うように逃げようとする。
――もう少し…だ……。
 彼が目指している床に、小さな丸い印が刻まれている。だが、溢れ出た自分の血ですべり、思うように進めない。
 その時、円柱の影が揺らぐ。空間の揺らぎは影を出て次第に速度を上げる。風景に切れ目が入り、めくれて、ついに、風にたなびき始める。
「死ね!」
 風に煽られて、羽織っていた『エルフのマント』が剥がれた。現われたのは、ミリヤ・ハマーライネンである。
「何をしている。俺に構わず逃げろ」
 その姿に気付いて、ローテヴェイクが叫ぶ。
「ほお、なかなかの美形だ」
 オーギュストは値踏みすると、辛辣な視線をローテヴェイクへ向ける。
「美女を差し出して、命乞いでもするか?」
「逃げろ。逃げてくれ!」
 皮肉など無視して、ローテヴェイクが叫ぶ。
「兄の仇!」
 ミリヤはダガーを突き出して、ローテヴェイクの首を貫いた。
「うがァ」
 頚動脈から血が噴出して、澄ました顔で立つミリヤを赤く染めていく。
 パチパチパチ。
 その凄惨な光景を眺めながら、オーギュストはニヤニヤと拍手した。
「恐いねぇ」
 ミリヤは何度も何度もローテヴェイクを刺していたが、ふいに顔を上げて、オーギュストを見た。瞳孔が開いて、狂気に満ちている。
「お前も終わりだ……」
 ミリヤは赤い顔で笑う。そして、ローテヴェイクの頭の先にある印の上に立ち、思いっきり踏み込んだ。
 一斉に列柱の中央部が爆ぜて、折れていく。続けて、天井も剥がれ落ちて、ついに部屋全体が崩壊していく。

 夕日が、落城した砦を赤紫色に染めている。
 突然、主要建造物が崩れ、パルディア将兵は、内通者を疑い、パニック状態に陥った。そこへサリス軍が総攻撃を始めたため、為す術なく攻め落とされてしまう。
 立ち込める黒煙の間を縫って、オーギュストが壊れた壁の上を跳ぶ。
「陛下、ご無事でしたか?」
 真っ青な顔をしたナンが駆け付けてきた。
「あたり前だ」
 オーギュストは不満そうに呟くと、抱えていたミリヤを渡した。
「お、重い……」
 ナンの腰がくだける。
「落とすなよ」
 オーギュストは苦笑いすると、ヤンも近付いてくる。
「ローテヴェイク王の遺体は回収できません」
「平面蛙なんてどうでもいいんだよ。王冠を探せ。誰かが持って逃げているはずだ」
「はい」
 オーギュストは、気絶しているミリヤの寝顔を見る。
「それにしても、どうして自由落下なんだか。磁力とかあるだろう……普通。……俺は不本意だ」
 小さくぼやいた。


【9月初旬、カイマルク】
 北辺の乱が終わると、カイマルクも落ち着きを取り戻しつつあった。しかし、度重なる戦火で、北辺のオルレランと謳われた、往年の繁栄は見る影もない。
 深夜、アポロニア・フォン・カーンは、広場で馬車を降りる。
「……」
 広場中央には銀杏の大木があったが、今では折れて枯れている。
 アポロニアは石畳を東に歩いて、漆喰の欠けた建物に挟まれた路地裏へ入っていく。路地裏を抜けると、小さいが、センスのいい通りに出る。港から登ってきた通りで、先で二股に分かれている。その鋭角三角形な敷地に、古風な玄関をもつホテルが建っている。
 アポロニアは、ホテルの制服を着ていた。白い清楚なシャツに、黒いチョーネクタイ、ベスト、タイトドレス。フロントの前を通りぬけ、奥の階段を上った。螺旋階段で最上階に至ると、スイートルームへ入る。
「只今戻りました」
 会議室には、すでに長老達が揃っていた。
「遅かったですね」
 奥に坐る車椅子の老婆が、冷たく言う。
「では続けましょう」
「ローテヴェイク王が死んだとなると、これで外の力を利用する作戦は使えんな」
 末席に座りながら、アポロニアは白い髭の老人の声を聞いていた。
「時代が変わったということだ」
「左様」
 長老達は感慨もなく頷き合う。
「私は――」
 アポロガイストが発言を求める。
「これからは、セリアが戦場になると思います。すでに分裂した一方に食い込んでいますが……え?」
 老婆が手を上げて、アポロニアを制した。
「ディーンという男の力は絶大だ。時代の流れを見誤ってはならぬ」
「それは……」
 意外な言葉に、アポロニアは唖然と立ち尽くす。
「ディーンと取引します」
 長老達は異議なしと声を揃えて答える。
「待って下さい」
 アポロニアは声を荒げた。
「それでは、今までの戦いがすべて無意味になってしまいます」
「そうではないよ。ニアちゃん」
 親しい長老の一人が、柔らかい声で諌める。
「我らは好条件を勝ち取ったんだ。即ち、この町の自治だ」
「左様、我らカイマルク人は商人だ。このままトラペサ大河の物流が滞っておっては、全員干上がってしまうぞ」
 ひび割れた声が続ける。
 サリス軍の北辺遠征特需でカイマルク商人は一時的に潤っていた。折角作った中原とのパイプを商人たちは失いたくない。
 アポロニアは直感した。この場の全員が、オーギュストに買収されている、と。
――おじいさま……。
 もはやカイマルク独立運動は頓挫したも同然である。
――あの男が約束など守るはずがない……。
 サリスからの譲歩は、カイマルク市街地を自治区とするものだった。セリアから派遣される領主は、市街地の西側に、新たな城砦と街を作り、カイマルクには一切干渉しないと誓約した。
 しかし、これは、強い自律性を持つカイマルク人を、城壁の中に押し込めて自由を奪い、じわじわとその躍動感を侵食するつもりだ、とアポロニアは読み切る。
 考え込んでいると、長老達がぞろぞろと立ち上がり始める。老婆も無愛想な老僕に車椅子を押させる。
「そう言う事で、ニア」
「……はい」
「隣の部屋へ行きなさい」
「なっ」
 思わぬ言葉に絶句する。
「それで全ての契約が成立する」
「……私を売ったのですか?」
「お爺さまもとんでもない子を拾ってきたものだ――」
 老婆が深いため息を吐く。
「全く何処を気に入ったのやら。遣る事為す事失敗ばかり。少しは責任を感じなさい。最後ぐらい、自分から役に立とうという気になったら可愛げもあろうに」
「私は…精一杯……私なりに……」
 視界がぐるぐると回る。ドアが閉まる音にも全く気がつかない。それでも、老婆の言葉通りに、よたよたと縺れる足で、隣の部屋へ歩き出した。
 隣の部屋は、白を基調とした清潔な部屋で、奥の窓には、街の屋根と煙突が重なって見えている。
「よぉ」
 モスグリーンのベッドカヴァーの上に寝転んでいたオーギュストが、欠伸しながら起き上がる。
 その姿を見て、アポロニアの瞳に輝きが戻る。
「ふふ、たった一人で乗り込むとは、なんと愚かな。ここから生きて帰れると思うなよ」
「帰らない。今日からここは俺の別宅だ」
「なに?」
 アポロニアは窓へ走った。玄関からアポロニアの仲間達がぞくぞくと退去して、代わりに、親衛隊が入ってくる。
「おばあちゃんは、リンゴ園のある荘園がお気に入りでね」
「……」
「他にも豹の毛皮やら女神の絵画やら、結構強欲だった」
「……ふざ――」
「じいさんたちも、初めは何やかやとかっこつけていたが、高価な者を贈られて喜ばない奴はいない」
「……ふざけるな!」
 アポロニアが怒鳴る。瞳には、澄んだ涙が浮かんでいた。
「人の心は金で動かせても、正義は、名誉は絶対に揺らがない」
――そう、この悪夢を打ち砕けるのは、おじいさまから託された、揺るぎない気高さだけなのだ!
「私は負けない!」
「ほお」
 きりっとした太目の眉が、ふっと吊り上がり、くっきりとした二重瞼に、怒りの色が差し込む。まさに太陽のような輝きだった。
 与えられた責任が高飛車な態度を、過酷な環境が大人の雰囲気を、そして、時折見せる少女のような表情は、その純真な心が作り出しているのだろう。
「私を陥れようが、第二、第三の戦士が、カイマルク独立の精神を受け継ごう。私自身も、いかに穢されようとも、決してカイマルク人の誇りを失ったりしない」
 アポロニアは射るような視線でオーギュストを睨む。
「その心だ――」
 その強い言葉を聴いて、オーギュストの顔がぱっと晴れた。
「最近面白いモノを見てね。男の悔し涙もいいが、女の狂気は捨て難い。どうだ俺を刺してみないか?」
「……」
 意外な表情を垣間見せたが、すぐに探るような目付きをする。
「だが、失敗すれば、お前の大切モノを一つずつ壊していく。どうだ面白そうだろ?」
 オーギュストは、笑いながら言う。
「狂っている……」
 アポロニアの怒りが沸点を迎えた。
「いい瞳だ。惚れるねぇ」
 オーギュストは、いきなり抱き寄せる。
「おばあさまへの約束は、必ず守って頂くぞ」
 それでも、気丈さを崩さずに、約束の厳守を迫る。
「俺は自分の女が悲しむようなことはせん、……基本的に」
「もう一つ、カイマルクの他の女を巻き込むな」
「嫉妬……じゃないね」
 オーギュストは失笑すると、いきなり唇を奪った。
「うう……」
 思わず、アポロニアは呻いてしまう。本能的に瞳を閉じてしまい、挿し込まれる舌を拒もうと、必死に歯を食い縛る。
「おいおい、大袈裟じゃないか?」
「……当たり前だ。お前のような男が相手では、薄気味悪さで狂いそうだ」
「はいはい」
「……早く済ませて貰おうか、陛下」
 アポロニアは、強気な口調で言う。
 オーギュストは薄く笑った。そして、その端正な顔へ、唇を近付けていく。
 唇を重なると、アポロニアは苦しげに顔を顰めた。
 唇の上をオーギュストの舌が這う。
 アポロニアは、限界を超える屈辱に、無意識に身を反らして逃げようとする。
 
「うっ……」
 苦痛に唇が開いた。その瞬間、オーギュストの舌が割り込んでくる。歯茎や頬の裏側を、余す所無く蹂躙する。
「うっ…ん……」
 さらに、奥深く潜んでいたアポロニアの舌を絡めとる。
「……あううン」
 アポロニアは美しい鼻腔を苦しげに広げた。長くしなやかな黒髪が、振り乱れ、汗ばんだ額や首筋に張り付いていく。
「んっ! ふぅんっ…! ちょ… やめっ……」
 烈しく顔を振った。
「どうした?」
 オーギュストが問う。
 唇が離れると、二人の唇の間に、一筋の透明な糸が渡っていた。
「わたくしなどに構わず、…うッ…陛下のご自由に……お楽しみください」
 見知らぬ感情が、胸いっぱいに膨らんでいる。それを押さえ込み、或いは、無視して、アポロニアは、あくまでも人形に徹しようとする。
「もっと、雰囲気を出せ」
 オーギュストは、悪しき呪文のように唱えると、両手で彼女の頭を強く掴んで、濃厚なキスを再開した。
「な、何を……」
 男の凶暴さを肌で感じて、女性の本能が警鐘を鳴らした。さすがに焦りの感情が顔色となって現われる。
 じゅるじゅる……。
「うぅぅーーン」
 オーギュストが、激しく吸い上げる。
 まるで唇から、全身の力を吸い取られたようだった。肢体が気だるく蕩けていく。
「ああ……ん」
 一瞬、意識が遠のく。意志の強い知性に満ちた瞳が、艶かしく、潤んだ。キスがこれほどいやらしいものだと初めて知る。
 オーギュストの胸の中へしだれた。もはや脚に力が入らず、一人で立っていることもままならない。
 その時、オーギュストが唾液を流し込んだ。
 口内が満たされる感触に、思わず、潤んだ瞳を見開く。
「ンッ… ンッ… ンッ…」
 舌はオーギュストに支配されて、どうしても拒む事ができない。喉をコクコクと鳴らして、唾液を飲み下す。
――身体が……熱い……。
 まるで強い酒のようだった。喉や胸が燃えるように熱い。顔がふわりと火照って、肢体が蜂に刺されたように、腫れてぼんやりと鈍る。
 しかし逆に、オーギュストから伝わる体温やら体臭やらは、鋭敏に感じ取っている。まるで真っ白なキャンバスに、オーギュストの色が塗り込まれるのに……。
「……んっ!(なんなの、これ? 反則じゃないの?)」
 オーギュストの手が、敏感になったアポロニアの白い肌に撫でる。そして、くびれた腰から豊満な尻へと流れていく。
「……はぁ…はぁ…はぁん……」
 振り払う余裕などなく、知らず知らずに、甘い吐息が漏れている。
「や、やだぁ……」
 脚を摩られる。促されるままに脚を開いた。スカートの裾から涼しげな風が吹き込む。その温度差こそが、股間が如何に蒸れた熱気を放っていたかを物語っている。
「ぃやぁ……」
 切なげに呟く。だが、臭気を放ち続けている脚は、膝がカクカクと笑うばかりで、閉じる事さえできない。さらに、肢体は、アポロニアを嘲笑うように、意志とは関係なく、腰を重く沈めていく。
 オーギュストは腕に力を入れて、腰を支えてやった。
 アポロニアは、その腕を支点にして背を反らし、だらりと首を垂らす。オーギュストへ胸を捧げるような卑猥な姿勢になってしまった。
「ふふ」
 オーギュストは、くすっと笑うと、白いシャツを高く持ち上げている胸へ顔を埋めていく。
「…ううう」
 アポロニアは、逆さまになった世界で、唸る事しかできない。
 そして、後頭部を支えられて、そっと黒曜石の床に倒される。投げ出された手脚には、些かの力も残っていない。肘や膝が不自然な形に曲がっていた。
 オーギュストはベストとシャツを同時に破った。一見ほっそりした肢体に不似合いなほど量感ある双乳が現われる。
「……」
 手で隠すことも適わない。アポロニアは唇をかんだ。キスだけでこれほど自分を見失ってしまうとは、そんな己の軟弱さが憎かった。
「念のために」
 オーギュストは両方の手首を掴むと、頭上で押さえつけた。
 露になった豊かで美しい乳ぶさが、挑発するようにプルンと妖美に揺れた。
 オーギュストは、魅惑的に揺れる白桃のような乳ぶさに、むしゃぶりついた。薄桃色の乳首を舌で転がしながら、時には甘噛みして、まるでヒルのように、ねちっこく吸い付く。
「あっ……ああんっ、うはぁ」
 アポロニアの喘ぎ声が、暗い室内に木霊する。
 オーギュストの体の下で、肢体が虫のように悶える。手足をじたばたと乱したが、濡れた黒曜石で無駄に滑ってしまう。
「はっ! いやぁー、ちがうぅ〜ちがうわ」
 見ずとも、その正体は分かった。そこは自らが吐き出した愛液で、小さな水溜りを形成しているのだ。これ以上ないほどの恥辱の中で、アポロニアは無意味な否定を繰り返し、首を振り続ける。
「すっかりその気じゃないか」
 嘲笑の声が、アポロニアの耳を否応なく刺激する。火が出ると思えるほどに、その耳を真っ赤にした。
 オーギュストは、脚を持ち上げる。そして、程よく脂の乗ったもちもちとした太腿をじっとりと舐め上げていく。
 いつしかアポロニアはすすり泣いていた。
「……(く、口惜しい)」
 愛撫されると、肉体が甘美に疼いてしまうのだ。
「感じてない…感じてないっ…感じてるはずない……」
 アポロニアは駄々っ子のように喚いた。
「あ……っ、感じてない…感じて…あーんぅ……」
 しかし、オーギュストに両方の乳首を同時に抓られると、肉体は意志を裏切り、官能の炎を全身に燃え盛らせるのだ。
「ひぃっ! んひぃぃぃぃぃぃいいーっ」
 乳首を噛まれた瞬間、瞳の奥で火花が散った。
 もう己の身体ではないようだった。だが、この官能の快楽は、あくまでも自分の心から生じたものである。女の身体を鎧で隠したように、心も厚い壁で覆ってきた。しかし、今、肉体は女であることを欲し、心は、女であることをこうも悦んでいる。全てが無意味だったのだろうか……。そう思うと、涙が溢れ出てしまう。
「た、たすけて……(ああ……お、おかしくなっちゃう)」
 朦朧とする思考の中で、アポロニアは夢を見る。桜色の湯気が立ち込める中で、裸体で自由に踊り回っているのだ。恰も、それが長年の願いであったように、嬉々としている。
「何が助けてだ。これだから女って奴は……。ほら触ってみろ。自分がどうなっているか」
 オーギュストは、アポロニアのわなわなと震える手を股間へと導かれていく。そこは、少女のような綺麗な割れ目から、見境もなく蜜が滲み出ていた。
「こんな…あっ…は…はぁ…はしたない、ま、真似を……い、いや、いやあっ! ああっ!」
 アポロニアはあまりの屈辱に、顔を少女のように歪ませて泣いた。そして、扇のように広がる黒髪の中へ顔を隠す。こんな顔を他人には見せたくはなかった。
 オーギュストはそのままアポロニアの指を使って、秘唇を左右に開いていく。閉じ込められていた甘酸っぱい香りが、一気に漂い出て、かつ、大量の愛液がどろりと滴り落ちる。
「ああっ、ひいっ、あっ!」
 秘唇を大きく広げたアポロニアの指先をオーギュストは巧みに操って、肉襞を撫でさせていく。たまらず、あえぎ声が口を衝いて出てしまった。
「っ、あひぃ」
 偶然指が折れて、肉襞を掻く。その時、脳までが痺れた。
 もっと……、
 もっと気持ち良くなりたい……。
 指で掻けば、さらに淫らな痺れが高まるのだろうか、とふと頭に浮かんだ。その思いがどうしても消えない。
「ン……い……や……ん……」
 愛液にまみれた柔肉を、指が何度も行き交う。ぐちゃぐちゃという音が卑猥に響き、浅瀬を何度も何度も往復する。オーギュストの手はただ添えられているだけになっていた。
「あっ…んっ…あぁ…あうぅっ!」
 そして、敏感な蕾みをとらえた時、求めているモノを見つけた、と直感した。もう夢中になって、ピンクの肉粒を弾き、強く擦る。
「あっ…くっうぅぅ!!」
 身悶えが一際高まっていく。
「うっ、あうぅぅ!!」
 アポロニアの腰が持ち上がり、がくがくと数回痙攣すると、歓喜の極みの声を発し、絶頂に達した。
 その圧倒的な悦楽の嵐に、声も出ない。まるで嵐に翻弄される木の葉のように、心は当て所もなく飛び続ける。
「くくく、自分の指で言った気分はどうだ?」
 オーギュストは、アポロニアの擬似的な自慰を鑑賞すると、楽しげに笑い上げた。
「欲望を解き放て…………己の望むままに、己の望むようにせよ……」
 そして、塩辛い頬をねっとりと舐め上げると、耳元で呪文のように囁いた。
 アポロニアは、荒い息を繰り返し、蓬髪の下からオーギュストを見遣る。その瞳は、もはや正気を失っていた。
――なんて、いい気分なの……。
 彷徨っていた心が、ようやく居場所を見つけたようだった。そこは、愛淫の世界。
 ついに淫欲が目覚めてしまった。
 アポロニアは若鮎が跳ねるように、二度三度と腰を痙攣させて、ぷしゅ、ぷしゅっと秘唇から愛液を噴射する。
 それを受け入れた時、まるで小鳥になって、青空を自由に羽ばたいているような、清々しい感覚に満たされてしまう。
 初めて味わった絶頂の法悦感に、自制心という心の楔が弛んでしまい、押さえ込んでいた色欲が開放されてしまったのだろう。この肉欲を知ってしまえば、もう後戻りはできない。ただ貪る事しかしならない餓鬼のように、快楽を求め続ける。
 何時の間にか、両脚を小脇に抱えられていた。オーギュストが密着してくると、アポロニアは薄笑いを浮かべて、飴をねだる小娘のように指を咥えた。
「……ああ」
 股間に何かが突き刺さる。途轍もない違和感を、そこに感じる。初めはただそれだけだった。
 次の瞬間、強烈な痛みが、稲妻のように身体を貫いた。まるで身体が二つに引き裂かれたような感覚である。
 激しくのたうち、白目を剥いた。
「大丈夫か?」
 オーギュストが優しく囁いた。
「……」
 アポロニアは呼吸もままならず、無言でただ苦痛に歪んだ顔を上下させる。
「もう少しの辛抱だ」
 オーギュストは挿入したままじっと動かない。横に広がった唇を、いたわるようにそっと口付けする。
「うぅ、はぁ……」
 ようやく、アポロニアは息を吐く事ができた。空になった肺が、オーギュストの息の混じった空気で満たされていく。
 この瞬間、自分が、この男の所有物であることを、理屈じゃなく本能で悟った。
――もう逃げられないのね……。
 はらはらと涙を流した。
「どうやら、分かったようだな。お前は俺のものだ」
 オーギュストが勝利宣言した。そして、本格的に動き始めた。
「ひぃっ! ふはぁう?」
 膣肉が擦れて、子宮口が叩かれる。その時、手足の先まで、ビリビリッとした衝撃が広がり、神経の全てが甘く痺れてしまう。
――こ、これは何?
 その想像を超える感情の爆発に、全ての神経が焼き切れてしまった。その後には、膣穴から溢れ出る得体の知れない情報だけが、一方的に全身へ伝達されていく。
 肉体の隅々が、細胞の一つ一つまでもが、この初めて感情に感染して、乗っ取られていくようだった。
 室内に淫靡な水音が轟く。
 この耳を塞ぎたくなるような雑音が、何故か、心地良い音楽のように、胸の鼓動を高めていく。
「んひいっ! いっ…いぃぃぃっ!!」
 高らかに敗北宣言ともいえる嬌声を叫び上げた。
 度重なる絶頂で、気高き魂の宿った肉体は、愛淫を欲する女体に置き変わってしまったのだろう。
――ちがう……本当のわたしはいやらしいだけのおんな……。
 脳の奥からもう一人の自分が囁く。
――スケベなことが大好きなのを、おじいさまに……他の人に知られたくないから、戦闘服で隠していた。すべて凛とした自分を演出するための小道具だった……。
 この肉体は、初めから官能の虜となる定めと決まっていたのだ。
「き、キスしてください……」
 アポロニアはオーギュストへ呟く。
――嫌がっていたのは演出……本当はもっともっと気持ちいいことを期待していた……。

 数時間が経過した。二人は場所をベッドに移して、交わりを続けている。
 アポロニアは上気させた頬で、オーギュストの巨槍を咥えている。そして、頬を窄めて引き抜く。
 管に残った精液を吸い上げて、美味しそうに飲み込んだ。それから、長い舌を伸ばして、また巨槍にまとわりつかせていく。
 伸ばした舌は、そそり立つ巨槍を舐め上げ、舌先で先端を突っつき、巻き付くように溝を這う。忽ち、唾液で巨槍が濡れ光っていく。それはまるで愛しい男にするように熱の篭もった行為だった。
「ふふふ」
 オーギュストは満足そうにアポロニアの黒髪をなでる。
「ああ……ァん、すてき」
 アポロニアは、巨槍が硬度を増すと、嬉しそうに微笑んで、大きく口を広げて含み、激しく顔を上下させ始める。
「…私にお情けを下さい」
 媚びるように見上げた瞳が、妖美な輝きを放っていた。
 奉仕する事が、こんなにも気持ちいいことだったのかと、アポロニアは改めて思う。そして、それを認め受け入れると、身も心も、とろけるような快美感に包まれていくのだった。
「それでは失礼致します」
 アポロニアは片足を上げると、横たわるオーギュストに跨り、自分の手で巨槍を秘唇へと導く。
「深…いっ、あぅッ、んんーーーっ」
 腰を降ろし切ると、呆けた顔で、歓喜の声を上げた。
「奥まで、奥まで来ているのぉ」
「ほら、もう一度だ。もっと気持ちよくなるぞ」
「ほんと?」
 素直に腰を上げて、もう一度落とす。
「うっ! あっ、はっ、あっ、はっ、ああああっ!」
 快楽を貪るように、何度も何度も、腰を上下させ続ける。
「気持ちイイっ、どんどんよくなっていくぅ」
 オーギュストは下から、ボリュームのある胸の膨らみを持ち上げると、形が歪むほど荒々しく握り潰す。
「ひっ、くぅっ!!」
 白い喉を大きく反らせ、突き出した舌をびくびくと痙攣させる。
 快楽は極限を越えて、アポロニアの脳をショートさせる。
「また、またぁ…」
 上半身を身震いさせて絶頂の予兆に耐える。
「き、キスして下さい……」
 切羽詰った声で、懇願する。オーギュストが目で許すと、最後の力を振り絞って身を倒し、唇を重ねて舌を蠢かせる。
「イクぅ、イっちゃぅううんっ!!」

 アポロニアが意識を取り戻すと、対面座位の格好で繋がっていた。
「ああっ……まだ……」
 自分たちはまだセックスを続けている。なんとあさましいのだろうか……。
「もう…だ、だめですぅ…変になるぅ…」
 身体ごと大きく揺さぶられ、アポロニアは悲鳴のような喘ぎ声を繰り返す。
 オーギュストは、それを聞きながらも、一切スピードを緩めない。
「あああぁ…もう…お願いします……もう…終わりにして下さい…じゃ、じゃないと壊れてしまいますぅ……」
「じゃ」
 オーギュストは耳元で囁いた。
「…でも、…あっ、言えません……」
 アポロニアは子供のように泣きじゃくりながら、顔を横に振り、必死で拒絶の意志をアピールする。最後のプライドだけが、彼女を保っていた。
「なら、もう一度だ」
 さらに、強く腰を突き上げる。
 アポロニアの身体が宙に浮いた。
「……う、ううっ。わたしの子宮が……」
 本当に壊れてしまうと思った。
「わたしの淫らなオマンコに……」
 朦朧とする意識の中で、アポロニアは卑猥な言葉を口にした。すると、何とも言えない開放感に満たされた。
「もう一度、はっきり」
「わたしの淫らなオマンコに、陛下の精液を溢れ出すぐらい注いでくださいッ」
 オーギュストは満足そうに微笑む。
「お前は俺の女だ」
「はい、わたしは閣下の物です。いつでも好きな時にお使いください」
 アポロニアは媚びるように言った。そこには、オーギュストと渡り合った知略家の面影はない。
「くっ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃッ」
 次の瞬間、熱い液体が激しく噴き出し、アポロニアはそれを膣内で受け止めた。痺れるような快感が身体を走り抜け、圧倒的な快感の嵐のなかで、意識を失った。


 翌朝、ホテルはすっかり上帝府として生まれ変わっていた。
 オーギュストは寝室の隣の部屋で、ファルコナーに手伝わせて、礼服用の軍服に着替えている。
 その前には、
 鎮守直廊三人衆の、
 キーラ・ゼーダーシュトレーム、
 サンドラ・ジラルド。
 また、幕僚四傑の、
 ライ・ダーライア、
 刀根留理子、
 サーシャ・フェルンストレーム、
 そして、ライラが並んで立っている。
 麗しいレースとサテンを組み合わせたビスチェ。セットになっているGストリングショーツは、前を際どくV字型に切り上げ、横と後ろは細い紐となっている。スリムに鍛え上げられた躯や、長くしなやかな脚が、惜しみなく強調されている。
「これがニアだ」
 オーギュストは彼女らに、アポロニアを紹介する。奥からサリス軍の制服を着たアポロニアが現われた。
「これからは、作戦主任参謀になってもらう」
「よろしく」
 直立不動のまま、無感情に告げる。そして、誰も返事しなかった。
「分からない事は、留理子にでも聞いてくれ。では」
 それだけ告げると、オーギュストはドアへ歩き出す。
 大広間には、諸将が集まっていた。ここで、北辺の統治を宣言し、論功行賞を行うことになっていた。
 オーギュストが退室すると、女性たちはアポロニアを囲んだ。
 身長が一番高いのは、キーラ。
 逆に最も低いのが、サーシャ。
 尻が一番デカイのは、ライラ。
 巨乳なのは、サンドラであろう。
 アポロニアは、いつもの癖で、素早く観察している。
「その身体で、このカイマルクを守ったか。大したものだ」
 最初に口を開いたのは、ライラだった。そして、アポロニアの肩に何気なく手をかけようとする。これをアポロニアは激しく拒んだ。
「そんな恐い目をしない」
 サーシャが笑う。
「そう我々は敵ではない。我々はチームだ。偉い人々とは違う。それぞれに重要な任務を与えられている」
 サンドラが言う。
「親征中は、我らが陛下をお守りし、お相手も務める。よろしいか?」
 キーラが続ける。
「ええ……」
 慎重にアポロニアは頷く。
「ローテーションはすぐに作り直す。でも、陛下は、まだ貴方を調教し終えていないようなので、当分は貴方が夜伽担当でしょう」
 ダーライアが言う。
「どうしてそんな事が分かる?」
 アポロニアは眉間を険しくした。
「まだ『ブリッツェンジェル』は頂いてないでしょ?」
 刀根留理子が微笑みながら言った。優越感が滲んでいる。
「そ、それは?」
 全員は目で語り合い、一斉にショーツをずらした。
 股間には透明なジェル状の物体が挟まっている。これは、クラゲ型の守護幻獣『ブリッツェンジェル』の変化した姿だった。
「この貞操帯が、我々と陛下をつなぐ絆よ」
 留理子はきっぱりと言った。


 一週間後の夜、アポロニアは四つん這いになって、オーギュストに尻を捧げている。
「ああ……」
 右頬をシーツにつけ、尻肉を掴んで、左右に広げる。
「ああ、やっとお尻を使って頂けるのですね?」
 声が歓喜に震えている。
 これまであらゆる体位を経験し、どんな体勢でも奉仕する術を学んできた。そして、ようやく今夜、アナルセックスを躾けて頂けることになった。これをクリアーすれば、いよいよ『ブリッツェンジェル』を授けられるのだ。
「だいぶ俺の女らしくなってきた。よかろう」
「ああ、ありがとうございます」
 泣きながら感謝の言葉を述べる。その時、右の手をサーシャが、左の手を留理子がそっと掴んだ。
「おめでとう」
「よく頑張りましたね。これで貴方も立派な牝奴隷よ」
「はい……ううう」
 嬉しさのあまり涙が止まらない。なんと素晴らしい仲間だろうか、なんと素晴らしい居場所だろうか。これほどの幸せを感じた事はない。
「よし、躾けてやる」
 オーギュストは徐に、綺麗に洗われたアヌスに巨槍を添えた。
「あひぃーーーーーっっっつつ!!」
 アヌスが限界まで広がる。と、尻がぞわぞわと震えて、背筋を得体の知れない獣が這い上がっていく。
 これは人が決して知ってはならない背徳の陶酔であろう。また一つ戻れぬ道を進んでしまった。こんなところまで征服されては、もう太陽の下を歩く資格もないのかもしれない。だが、後悔はない。この広い世界の中から、自分を女の一人に選んでくれて、心から感謝している。
「いい締め付けだぞ。ニア」
「ううおおお」
 もはや言葉ではなく、牝らしく吼えた。
 そして、オーギュストを喜ばせる締りとは裏腹に、秘唇は弛み切って、滝のように倒錯の蜜を垂れ落として、膝を濡らしている。
 ポーン、ポ、ポン
 オーギュストは、尻肉に、腰をぶつけ始める。秘唇を貫かれるとは違い、内臓の奥へ、低い衝撃音が轟いてくる。
「おーっ、おお、おーぉっ!」
 その轟が口から吹き出た。口とアヌスは一つの管で繋がっていることを改めて認識する。
――ああ、あたしは一本の管なのね……。
 被虐の毒が、全身を侵していく。
「ひっ… ひぅっ… ひぅぅぅぅぅぅぅううううううーーーん!!」
 今や被虐こそが、快楽の最高の温床である。一気に絶頂への階段を駆け上っていく。
 身体中の毛穴が開き、牝の淫香を含んだ汗を吹き出る。口からは、断末魔の悲鳴が零れた。
 ぷしゅ、ぷしゅしゅ、ぷしゃーーあ。
 愛液が次から次に噴き出た。
「私よりも才能があるかも……」
 傍らで見守っていたキーラが、嫉妬と羨望の入り混じった声で呟いた。
「はは、とりあえずとどめだ」
 オーギュストは、アポロニアの腸の奥深くへ、おもいっきり吐き出す。
「ふぅ」
 しみじみと息を吐く。一人の女の全ての穴を征服して、自分の色をしみこませた事に達成感を抱いていた。
「……あ、ひぃ」
 一方、アポロニアは白目を剥いて、無様に涎を垂らし、無残に裸体を自分の体液で汚し、無防備に失神していた。


【9月中旬、カイマルク】
――港。
 輸送船が何隻も入港し、軍の帰国準備が進んでいた。
 そのすぐ隣の教会が、ロックハート軍の駐屯地である。その教会の脇に、テニスコートが一面あり、親睦を兼ねて親衛隊とロックハート軍が試合を行っていた。
 試合はダブルスで、親衛隊側からは、ランと香子の二人が出場していた。完全アウェーの中、どうにかデュースに持ち込んでいた。
「姉御、ここは任せてください」
 香子がランを制して、打つ。
「はっ! 閘打烈球」
 香子の強打が炸裂して、対戦相手をコートの外まで飛ばして、柵に磔にする。
「香子! 香子!」
 敵の陣営からも、香子のプレイに感動して、歓声が飛ぶ。
 アドヴァンテージから、香子は相手のサーブを打ち返して、前に出た。そして、敵とボレーの応酬となる。
「無限烈球!」
 そして、香子のラケットが相手の顔面を捉えた。
 反則だと、相手チームのコーチは抗議したが、もとよりテニスは格闘技である。審判は一切取り上げなかった。
「香子ッ! 香子ッ!」
 素晴らしいプレイの連続に、その場の全員が喝采を送る。
「どうも」
 香子は手を振って応えた。そして、味方の陣営に戻ると、若い隊員が駆け寄ってくる。
「師範代、お疲れ様です」
「ありがとう」
 たくさんのタオルが差し出されて、香子はそれらを受け取り、一枚をランに手渡した。
 親衛隊の宿舎に戻ると、二人は貯水槽から水を落として、汗を洗い流す。
「いやー、いい試合でした。十三人、血祭りに上げましたよ」
「……最近、評判いいね」
 ランは前屈みになって髪を垂らして、横目でちらりと見て言う。
「そうですかーぁ?」
 香子は澄まして脚を洗っている。
「剣術指南役の師範代に選ばれたし……」
「まあ下手な連中は私に任せて、姉御は自分の修行に専念してください」
「……修行ねぇ」
 ランは、香子の言葉に棘を感じてしまう。
 香子は青い競泳水着に着替えて、尻のラインをピンと弾いた。小柄で華奢な身体によく似合っていて、健康的な美に包まれている。
「何かスタイルよくなったね。また師匠からいいアドヴァイスもらったんでしょ?」
 ランが追いかけて言う。こちらも黒いハイレグの競泳水着を着ていた。
「そうですか?」
 香子はオーギュストのことにふれず、褒め言葉に照れた表情をする。
「またとぼけて。教えなさいよ」
 無意識に、ランの声に、妬みの色が滲んでいる。
「知りませんよ、ふふ」
 香子は意味深に笑った。
 更衣用の天幕を抜けて、香子がプールに出る。眩い光が降り注いでいる。香子は天を仰いで、額に手を翳した。全身をハレーションで包まれる。まるで古代の彫刻のような後ろ姿である。
 と、口笛が鳴った。
 プールサイドのパラソルの下、白い木製の椅子に坐っているオーギュストが香子を呼ぶ。
 周囲を警戒するキーラとサンドラの前を素通りして、香子はサーシャとハイタッチした。
 オーギュストが「占ってやろう」と気さくに声を掛ける。オーギュストの隣では、ダーライアがカードを並べて、それを留理子が眺めている。そして、プールからアポロニアが上がってきた。
「どいつもこいつも……」
 ランは三白眼で、その光景を眺めた。
――鎮守直廊の空席の一つって……
 厳しい残暑の中で、うるさく蝉が鳴いていた。


続く


[back.gif第五十七章] [本棚] [next.gif第五十九章]



[PR]≪看護師≫の専門求人サイト♪:週3日・長期で探す『医療介護ワークス』