エリーシア戦記
...Record Of Ariesia War...
第57章 拱手傍観
【神聖紀1232年7月上旬】
――サッザ城。
フリオは大軍でサッザ城を包囲していた。しかし、意外にも援軍の見込みのない篭城軍の士気は高く、逆に攻城軍では、厭戦気分が漂っている。
7月に入って、長期戦の様相を呈し始めると、次第にフリオの顔に焦りが見え始める。統帥府に提出する戦況報告書も、白紙のまま長く机の上に放置されていた。
――負けてはいない……。
大きなミスも犯してはいない。緒戦で尖兵を破り、出城を尽く落とした。叛乱はセレーネ半島全体に波及することなく、完全にサッザ城に封じ込めた。だが、サッザ城の城壁に傷一つ与えられず、一人の兵士すら侵入させていない。
「陛下のご誕生日までには、セリアに吉報を送りたい……」
フリオは業を煮やし、参謀長のカスティーヨに総攻撃を打診した。しかし、そのカスティーヨの返答は、他人事のように冷ややかだった。
「今、力攻めする必要はありません。包囲網は完成しています。そのうち力尽きましょう」
フリオとカスティーヨの関係は、必ずしも良好とはいえない。フリオは遠征軍司令官としての力不足を素直に認める勇気がなく、カスティーヨも、台命によって参謀長に就任したことを鼻にかけて、フリオを軽んじるような態度を垣間見せる。
フリオは、次第にカスティーヨを疎んじるようになり、口当たりのいい事ばかり言う側近を周囲に集めるようになった。
その側近の一人が城内と交渉を重ねて、ついにトンマーゾから、領地を安堵するならば開城するという条件を得た。そして、恭順の証として、家宝『クライム&ペナルティの雌雄一対の魔剣』をフリオへ差し出してきた。
「早速、助命嘆願書をセリアへ送ろう」
魔剣を受け取るフリオに、この側近は、出頭したトンマーゾを捕らえて、さらに、城内を焼き討ちしましょう、と囁いた。
これにフリオは戸惑いながらも、「戦争なのだ」と自らを納得させる。
出頭前夜、フリオは親しい貴族や旗本勢を集めて、勝利の前祝いとして酒宴を開いた。明日、眼前に広がるであろう阿鼻叫喚な光景から、一時的にでも逃げ出したかったのだろう。
しかし、その夜明け前、奇襲部隊が、密かにサッザ城を抜け出して、フリオの本陣に襲い掛かった。
酒宴に集まっていた者達は忽ち四散して、フリオも、命からがら、本拠のある北エスピノザへと敗走した。
遠征軍は総崩れとなる中、北エスピノザからベアトリックスが、援軍として駆けつけた。事前に、ミカエラから依頼されて、北エスピノザで後詰を務めていた。
スピノザ家の家臣団は、全てフリオが率いていたので、彼女はミカエラから与った資金で浪人を2000人ほど雇い、速成軍を作り上げていた。
「フリオは警戒を怠っている。古来『敵軍の投降を受け入れる時は、臨戦態勢で臨む』とある。これは極めて危険だ」
ベアトリックスは、冷静に戦況を把握すると、透かさず出陣を命じる。そして、
「状況が不利な場合は、守りに徹せよ、と古来より言う。高台へ向かうぞ」
街道を見下ろす丘の上を目指すと、軍勢を二つに分け、一方を麓に、もう一方を中腹に布陣させた。
「フリオの首を取れぇ!!」
夜が明けると、サッザ城軍は執拗にフリオを追撃する。
この朝は、小川の上一面に白い靄がかかっていた。
「待て。放て」
指揮官は、その靄の中へ、一度矢を放った。
「吶喊!!」
反応を慎重に探り、伏兵がないことを確認すると、一気に川を渡ろうとする。しかし、先鋒が川靄を突き抜けた瞬間に、眼前に無数の矢が迫ってきた。
ベアトリックス軍兵士は、じっと地に伏し、矢が飛来しても声をもらさず、一切の音を消して耐え抜いた。そして、靄の中から馬の嘶きが聞こえると、一斉に矢を番えた。
ベアトリックス軍が先手を取ったが、所詮勢いがまるで違う。
「怯むな! 敵は最後の足掻きぞ!」
サッザ城軍は、味方の人馬の死体を渡河の足場にして、次々に新手を繰り出していく。
麓の部隊は、忽ち押し込まれる。その時、中腹に布陣していた部隊が、逆落としを敢行した。敵の側面を討って、瞬く間に先鋒部隊を蹴散らしてしまう。
そして、敵の後退に合わせて、再び元の位置に戻って態勢を整えた。
「えいえい」
「おお!!」
ベアトリックス軍が、景気よく勝鬨を上げていると、追撃軍は再度麓の部隊を攻め立ててきた。
「もう一度蹴散らせ!」
再度、逆落としを行う。
しかし、ベアトリックスが坂を下りると同時に、サッザ城軍の別働隊が、尾根が回りこんで山頂を奪った。
ベアトリックス軍は、下から多数に包囲された上に、上からも狙い打たれた。
「もはや策は破れた。戦力を集中して平野で決戦する」
地形を利用した戦いを諦めると、全軍を平地に降ろし、軍勢を再編して、遮二無二に突撃を繰り替えた。
戦いは敵味方入り乱れての激戦となる。
サッザ城軍の方が数で勝り、さらに挟撃の形にある。それでも、ベアトリックス軍将兵は、敗走する友軍のために時間を稼ごうと、必死に戦い続けた。戦死者は後を絶たず、指揮官を失った部隊を整えるために、ベアトリックス自身も前線を這い回って戦い続けた。
しばらくすると、この消耗戦を嫌って、サッザ城軍は速やかに退却を始める。
当然の如く、ベアトリックス軍に、これを追撃する余裕は残っていない。
全軍をまとめると、速やかに後退する。そこへ、参謀長のカスティーヨが、四五の貴族軍をまとめて援軍に駆けつけた。
「これは偶然か……?」
ベアトリックスは、篭城軍に空恐ろしいものを感じた。
その時、副官に「見て欲しい」と呼ばれ、槍を杖代わりにしながら疲れた体を運ぶ。
「見てください」
「これは?」
思わず、ベアトリックスは絶句した。と同時に、胸に痞えていた物がさらりと流れてしまうのを感じた。死体の中に、アルティガルド軍の参謀士官がいた。
――アルテブルグ。
「これは如何に?」
スピノザ侯爵家の使者が、質問状を送りつけてきた。
サッザ城への参謀士官の派遣は、和平条約に違反する。スピノザ家からの追及に、すは再戦か、とノイエ・シェーンブルン宮殿は、騒然となっていた。
閣僚たちは、大会議室に土色の顔を寄せ合った。
「すべての責任は、私が取る――が」
この時、会議の中心にいたのが、大将に昇進し、軍務尚書代理を務めていたマックス・ゴールドシュタインである。
「が、これは死者が勝手にやったことだ。私には関係がない。関係ないことで糾弾されたのでは、悲憤の涙なきを得ない」
ゴールドシュタインが、顔を鬼の如く真赤にして、唾を飛ばしながら言う。
彼は、唯一生き残った遠征軍幹部である。先の大敗は、アルティガルド軍を著しい人材不足に陥れた。軍の上層部には、ぽっかりと大きな穴が空き、容易にその席を埋めることはできないと思われた。この窮地を委ねるには、経験豊富なゴールドシュタイン以外にいないだろう、と老いた重臣達は、ため息混じりに支持を表明した。
だが、ゴールドシュタインの人柄を知っている若手や中堅は、これに強く反発した。
『日頃口では、責任を取ると言っているが、失敗を部下に押し付けて、手柄を独占している』
そして、若手と中堅が対抗馬に担ぎ出したのが、ジークフリード・フォン・キュンメルである。
父親は地方役人を如才なく勤めて、副県令まで出世した。母親は貧困農民出の側妾で、名前さえ記録に残っていない。
正妻に子がなかったために、跡取りとして大事に育てられたのだが、成長するにつれて、周囲から向けられる視線に、冷やかな嘲りがあることに気付いてしまう。
それが母の身分の低さに由来していると悟った時、『札付きの悪童』と渾名されるまでに素行が荒れた。
父親が早世すると、親族が集まり、廃嫡の相談を始め出した。そんな時、姉ヴィヴィアンがヴィルヘルム1世の後宮に納められて、彼の人生が一変する。
母親ゆずりのその美貌は、『絶世の』との冠を頂くほどで、忽ちヴィルヘルム1世の寵愛を独占した。
寵姫が自分の安定のために、親族を取り立ててもらう事は一般的によくあることで、彼女も弟の出世に尽力する。ヴィルヘルム1世もまた、姉に劣らない氷のような美貌を持つこの青年を可愛がり、何かと目をかけてきた。
15歳で近衛師団の少尉、18歳で少佐、20歳でグリューネル大使館の参事官、22歳で副大使と、経歴は絶句するほどに華々しい。
しかし、ベレンホルストは生前、寵姫の弟の台頭を疎い、決して爵位を与える事と軍中枢への昇進を許さなかった。
運命の歯車が再び動き出すのは、権勢を掌握した故ジギスムント・ザンデルスによってである。キュンメル男爵家を継承し、大佐として軍中枢へと進出する。
サリス侵攻作戦時には、国境守備隊に属していた。連隊を率いて、補給部隊の護衛を無難に務めた。
占領地域を往復する安全な任務の筈だったが、主戦場で主力軍が惨敗したために、突然戦場に取り残されてしまった。
「我々が殿を務めて、味方の撤退を援護しましょう」
生粋の軍人である副長のシュヴァルツ少佐が言う。
「……」
ジークフリードは、強烈な眩暈に襲われて、返事すらできずに立ち尽くした。
「来た! 諸君、今こそ武名を高める時ぞ!!」
シュヴァルツ少佐が潔く剣を抜く。
「……」
追撃するディーン軍が、すぐ側まで迫っていた。まさに絶体絶命である。しかし、彼の本当の幸運はここから始まる。
「でも、お前が勝ってよかったよ。これで、あのアルティガルドの姫様もお前のものだな。コレクションの完成も近いんじゃないのか?」
マックスは、屈託なく笑った。
「何ですとォ!」
言われた瞬間、凶事の正体が分かった。
「全軍、追撃中止!」
透かさず、本陣中に響く声で叫んでいた。
「如何なさいました?」
小次郎が問う。
「敗走する敵を討って、そこに正義があるとでも思っているのか!」
オーギュストは怒鳴り散らした。無防備な小次郎の顔に、唾が飛ぶ。
「敵は大アルティガルドだ。どんな伏兵があるかもしれん。一旦兵を退け」
今度は戦術論として、攻撃中止の言い訳を語る。
――拙いぞぉ……このままでは和平の証にあの小娘が押しつけられるぞぉ……。
余りのおぞましさに、総毛が立った。
「ウソぉ……」
眼前にまで迫りながら、ディーン軍精鋭が、まるで潮が引くように退却していく。
「俺は生きているのか……」
ジークフリードは、生命の継続を股間の冷気で実感した。
九死に一生を得て、本国に帰還すると、大賞賛の声で迎えられた。
『サリスの最精鋭部隊を打ち破り、ディーンの逆侵攻の野心を打ち砕いた救国の英雄』
それが彼に与えられた、新しい渾名となった。
緊急にヴィルヘルム1世が出席しての御前会議が開かれた。
ヴィルヘルム1世は、締結された和平条約により、オーギュストと同じ上帝という立場に就いている。アルティガルド王には、嫡男のフェルディナント4世が即位する予定であったが、急に体調を崩して即位式が延期になっていた。そのために、王国の公式行事も、ヴィルヘルム1世が継続して務めていた。
そして、ジークフリードとゴールドシュタインが対決する。
「参謀本部が勝手にやったことだ」
「貴方が発した命令書が残っている」
ジークフリードは証拠の書類を提出する。白皙の美男が凛々しく発言すると、それだけで一枚の絵画のように見栄えがいい。
「捏造だ。謀略だ!」
逆にゴールドシュタインは、どうにも胡散臭く見えてしまう。
「我々はサリスに一敗地に塗れたが、降伏した訳ではない。国益のために、貴方が策謀を廻らすのなら、何の問題もないのだ。だが、貴方は迷わず部下の責任にした。そのことこそが我々の懸念である」
ジークフリードは舌鋒鋭く言う。そして、満を持して、ある書類を差し出した。
「サッザ城の他にも問題はある」
ジークフリードは、経理部の内部告発を発表した。ゴールドシュタインは、ゴールドマン商会に、軍の公金を無担保融資して、焦げ付かせていた。
「ワシは知らん」
否定したが、これが致命傷となった。
「……」
怒ったヴィルヘルム1世は、唇を震わせながら玉座から立ち上がり、厳しい一瞥を残して、無言で立ち去った。
――セリア。
アルティガルドで汚職が問題になっている頃、サリスでも、大規模な疑獄事件が発覚していた。
32式サリスアーマーの発注を巡って、複数の重臣が、企業から莫大な賄賂を受け取っていた。これを切っ掛けに、次々に不正が明らかになり、軍事物資を贔屓の御用商人に格安で払い下げた者、偽の証文を使って不動産を差し押さえた者などが摘発された。
この新政権の腐敗は、後世において、若くして高い地位を得た者達の間に、『誠実に生きるよりも、上手に生きろ』というモラルの欠如した価値観が蔓延っていたためであろうと指摘されている。
苦労して得た権益だから、当然有益に活用してよい、と真剣に考えていた者は少なくないだろう。
これに鉄槌を下したのが、最も上手に生きる術を知っている女、クリスティーであったことは皮肉としか言いようがない。
ミカエラ派の大物ルカ・ベルティーニ宣威将軍を改易の上蟄居、三家宰の一人でカレン派の重鎮ヨハン・ファンダイクを役儀取上げの上閉門、元聖騎士アラン・ド・パスカルを四分の一に減封処分の上逼塞とした。
オーギュストは、執務机に坐っている。
机の上に、白紙の用紙を広げ、その脇にずらりと『烏口』が、並んでいる。烏口は製図用のペンで、ペン先の形状が烏の嘴に似ているので、そう呼ばれている。
その中から一本を手に取る。握り具合などを慎重に確認した後、ナットを回してペン先に隙間を作り、そこへインクを注いだ。それから、紙に一線を画き、さらに、ナットを調節してより細いシャープな線を画いた。
「これも違いなぁ」
しかし、その出来を気に入らず、ため息を吐きながら窓へ視線を移していく。窓ガラスにうっすらと、眉間に深い皺を刻んだ顔が写っている。
「雨か……」
朝から降っていた霧のような雨が急に激しくなり、剣の稽古をしていたランと香子の二人が、慌てて親衛隊の宿舎に向かって走り出している。その時、空気を叩き割るような雷鳴が轟いて、辺りを輝くような白光で閉ざしてしまう。二人の傍らの大木に雷が直撃したらしく、裂けて焚火のように焦げている。
「きゃぁ」
二人は悲鳴をあげると、低く屈み、頭を庇いながら長屋に逃げ込んでいく。
「ちぃ、おしい」
オーギュストは舌打ちした。
「陛下!」
その時、ドンと勢いよくミカエラが机を叩く。
「ベルティーニは、伊達なところがあり、軽く見られがちですが、武勇に優れ、功績は誰もが認めるものです」
「分かっているよ。ちょっと休養すると思えばいい」
「それでは一年で戻してもらえるのですね?」
「鋭意努力するつもりだ」
ミカエラの問いに小さく頷いて、オーギュストはまた線を描いた。
「どうもしっくりこないなぁ……」
再び眉を顰めて、烏口を不審そうに眺める。
「さっきからこれ何?」
「知らないのか、線には魔性がある」
「知るわけないでしょ」
「そうだ。サイトの内田屋にでも行ってみるか」
烏口を放り出して、そっとミカエラの手に触れた。
「一緒にどうだ?」
「嫌!」
ミカエラはきっぱりと払い除けて、それから、けがらわしい、と呟く。
「どうして?」
オーギュストは、不平に口を尖らせた。
「フリオが必死に戦っているのに、不謹慎な事ばかり考えて。女神エリースに必勝祈願として、セックス断ちするとか思わないわけ?」
蔑むように睨むと、頑固な口調で言い放った。
「えーーー」
「ぶーぶー言わない。フリオの為でしょ!!」
その頃、ランはシャワーを浴びて、香子のマッサージを受けていた。
ランはピンク色のシーツを張った狭いベッドの上にうつ伏せになり、そして、香子はその傍らに立って腰を丁寧に押している。
「――はぁ……あっ……ンン……ン」
「すごいこってますね」
「うう……上手いじゃないの?」
気持ちよさに、声が蕩けてしまう。
「ええ、大師匠(オーギュスト)直伝ですから」
香子ははにかむ。そして、より一生懸命につぼを押した。
「あーぁ、んん、そこっ、そこそこ〜ぉ」
ランは心地良さそうにぐっと顔を顰めた。
「もっと声を出して下さいね。その方が、身体にたまった汚れが出易いそうです」
「そ、そうなの?」
顔を横に向けて、片目を開き、その端に香子を捉える。
「ええ、身体の手入れは大事ですよ」
得意満面に小鼻膨らましている香子を見て、ランの瞳が急に冷めた。
「ふーん、そんで他にどんなこと習ったわけ?」
「ああ、剣ですか?」
即答されて、ランは赤くなった顔を慌てて枕に顔を隠した。
「別に特別なことはないですよ。基本の反復練習です。ああ、(一人のとき)裸で鏡の前で型を練習するように言われました。結構、効果ありましたよ」
「そ、そう……」
ランは目の回る思いだった。
――は、裸……???
そこまでしなければならないのか、と剣の道の険しさを思い、一人心が翳る。
「わあ、すっごい緊張してますね。もっとリラックスしてください」
「ええ……」
ランが上の空で頷く。強烈な睡魔が襲っていた。頭は白く眩んで、知らず知らず口を半開きにして、涎をダラダラたらしている。
「それじゃ、特別なツボを衝きますよ」
「ひいいッ、あイイ」
思わず奇声を上げてしまう。まるで香子の指が身体の深いところまで入ってきて、澱みを攪拌しているような感覚である。忽ち、滞った血が、脈打って流れ出して、ぽっと全身が熱くなる。
「いひぃいいい!」
「いい感じですね。もっと大きな声を出して下さい。ストレスを発散しましょう」
「うぃい……」
虚ろに返事した。
「さあ、もっと身体を開きましょう」
香子に促されて、ランは仰向けになった。そして大きく脚を開く。
「あ……や……」
香子はたっぷりの蜜を掌に載せて、優しく太腿をさすりだす。ランの引き締まった脚が、輝くように潤っていく。
「は――ぁ」
ランは荒れる呼吸を抑えようと、口を手で覆った。
――すごい、おかしくなっちゃう……!
香子は再び蜜を手に塗して、ゆっくりとランの胸を擦り始めた。初めは、外から掬うように揉み、持ち上がった乳ぶさを柔らかく揺らす。
「は――ぁ、はぁん」
と、香子の指の間でランの乳首が固く勃起している。
香子はそれを素知らぬ顔で、中指と薬指で挟んでいく。
「だ、だめ……」
「じゃもう止めます?」
香子が耳元で囁くと、ランの顔がぞわぞわと震え出した。
「つ……続けて……」
「ああ、お姉さま、かわいい」
香子はランの乳ぶさに吸い付いた。
「ひぃあああん!!」
その時、ドアが開いた。
「ここがリラックスルームよ。女性ばかりだからといって、はしたなくて大きな声を出したらダメ。もう学生じゃないのだから。他に、分からない事があったら何でも……」
開けたのは、新入隊員にオリエンテーションを行っていたアンである。
「あ、ご、ごめんなさい」
ランと香子の姿を見て、慌ててドアを閉めた。しかし、一旦閉まったドアが勢いよく開き直して、目を吊り上げて言った。
「アンタ達、何をしているのッ!!」
「ち、違う。こ、これはっ、これは違うの!」
しばし氷のように固まっていたランだったが、稲妻のような鋭い痛みがぴりぴりと肢体を走り、続けて、熱い衝撃が全身の細胞を焼く。不快な汗を噴出しながら、必死に弁明し始めたが、その横で、香子が茶目っ気たっぷりに舌を出しているので、どうにも説得力がない。
午後になって、オーギュストは港の外れに来ていた。雨は上がったばかりで、草木の上に、うっすらと日が射しかけている。
神社は、元小島だった周囲より一段高い丘あり、その頂に、まるで崖に引っ掛かるように建っている。
「女難退散!」
オーギュストは、インスタントのアップルティーを奉納して、その湯気の中、一心不乱に祈った。
崖の仮設階段を降りると、七のつく日に開かれる蚤の市で賑わっていた。手に傘を持つ人が多いが、今は日が照りわたり、舗道の水たまりを眩しく光らせている。
「――というわけで、即刻解雇すべきです」
ぶらりと露店を覗くオーギュストに、アンが強い口調で言う。
「まああれだな」
オーギュストは、アンの声に素っ気なく答えると、腰を屈めて、不規則に並べられている商品を覗き込む。
「うむ……」
骨董品の中から、銀の皿を一枚拾うと、無造作にナンの持つ籠へ投げ込んだ。それから、顔を上げてナンを細い目で見た。
「ナンはどう思う?」
「皿と何とかは新しい方が……」
「そうじゃないでしょ!!」
アンが血相を変えて怒鳴る。しかし、オーギュストは取り合わない。
「本当に良いものは、使い込むほどに味わいが出るものだぞ」
「はい」
素直に返答するナンの横で、アンは激しい頭痛を感じていた。
「うむ?」
と、オーギュストの瞳が、煤だらけのペンダントに引き寄せられた。
「来たかいがあったかも」
思わず、ほくそ笑んでいる。
「古いようですが、良い物なのですか?」
ナンが素朴に訊ねた。
「ほらここを見てみろ。魔低力付与のルーンの下に、薄っすらと防御力付与のルーンが見えるだろ。何度も人の間を渡り歩いたのだろう。よく見れば、かすかに、魔法力付与のルーンも感じる。これはもはや『禁呪』と呼んでいいだろう」
オーギュストは嬉々として語った。悪名高い『魔術アイテム狩り』によって、少しでも魔術と関わりのありそうな物が、市場に流出していた。
「さて、時間だ。行くか」
一転して表情を曇らせると、徐に立ち上がる。その時、さっと警護の手を掻い潜ってひとりの少女が近付いてきた。そして、花冠を照れながら差し出す。
「また来てね」
「ありがとうよ」
オーギュストは再び屈んで、頭に被せてもらうと、少女を抱えて立ち上がった。
「チャー・シュー・メン!」
クリスティーは、大きなスウィングでボールを飛ばした。ゴルフは、棍術の達人ゴー・リューフの技が起源とされている。彼は、棍で球を打ち、遠距離攻撃で敵を打ち倒した。その打撃法を簡略化して、球を遠くへ正確に飛ばすスポーツとなった。サリスでは、貴婦人たちの護身術の一つとして、趨滑襲などと並んで人気を博している。
「ナイスショット!」
透かさず、白石弥生がパチパチと下から盛り上がるように、烈しい拍手を加えて、媚びた声で言う。
「もうOKですね」
「パターぐらい握らせてよ」
クリスティーは苦笑した。
「ちょっと曲がったかも?」
軌道を確認しながら首を傾げる。
「いいえコースの方が曲がっているのです。不埒なコースなので直ちに改修します。でもその前に、このアーマーの説明を……」
「さあ、ファンダイク夫人の番ですよ」
「はい」
クリスティーは弥生の相手を程々で切り上げて、ヨハン・ファンダイクの妻へ爽やかな笑顔を向けた。
このゴルフ会には、軍関係者の夫人や娘がたくさん参加している。ファンダイク夫人は、処世術に疎い夫に代わって、クリスティー派に近付く事で、生き残りに一縷の望みを繋いでいた。
「それにしても――」
軽やかに歩きながら、クリスティーは話す。
「ミカエラさんも大変ねぇ」
堪え切れずに、笑いが零れてしまう。
「陛下のところに、直談判したそうよ」
「まあ!」
弥生は、芝居がかった仕草で驚いてみせる。
「左様ですか……」
ファンダイク夫人の声が震えている。恐ろしくて、クリスティーの目をまともに見ることができない。
「そんなことしても、無駄なのにねぇ」
クリスティーの声は勝ち誇っている。
「……ですね」
ファンダイク夫人はただ頷くしかない。
「学歴は立派なのかもしれないけど、ほんとお金がただの数字にしか見えないのね……ふふ。サッザ城なんて、一兵も損なうことなく落とせるのに」
クリスティーは、サンドウェッジを振り切り、盛大に砂を舞い上げたが、バンカーを脱出することはなく、足元をグリーンとは逆方向へボールが転がっていく。
「OKでーす」
弥生が威勢よく叫んだ。
オーギュストは、オイゲン邸を訪問した。
マックスは書斎で昼寝の最中だったらしく、全身の筋肉が重く、緩慢な動作で、冷めた紅茶を淹れた。
「出涸らしだが」
「構わんさ」
「忙しいのだろ?」
マックスは紅茶をすすりながら、上目遣いに見た。その目に、小心そうな懸念の色が浮かんでいる。
「心配するな。不正調査は、クリスがやっていることだ。俺は関係ない」
「そうかい」
マックスは頷いたが、まだ気弱そうな笑みは消えていない。素知らぬ顔でオーギュストは、紅茶をすすった。
「おかげで、魔術狩りに専念できている」
「確かに、大した女だ」
「ところで、細君はいるかい」
空になったカップを下に置くと、ようやくオーギュストは本題に入った。マックスは少し驚いた顔をした。
「ルーシーかい?」
「ああ」
マックスは不思議そうに呟く。オーギュストは言い辛そうに、顔をそらして、髪を掻いた。
「実は、白石東洲に泣き付かれた。倅の島二朗が、お前の女房と不適切な関係を続けているらしい」
「……」
聴いた瞬間、マックスの顔から血の気が引いた。打ちひしがれた顔で俯き、しばし何も答えなかった。
「老人も心配性でね。世間に洩れたら、双方の破滅だとね、言うんだ」
「……」
「島二郎は、商才はあるのだが、俺同様女の方がだらしない。もういい大人だから、親の言う事など聞きやしない」
オーギュストは言ってから苦笑いしたが、マックスは固い表情を全く変えない。オーギュストは軽く咳払いしてから、話を進めた。
「そこで、俺にね、こっそりと片付けてくれというわけだ。どうだ、嫁を説教してもらえないか?」
「とんだ道化だな……俺は……」
独り言のように呟くと、岩のような顔が、急に顔が赤らんだ。
「俺が言うのもなんだが、気持ちは察するよ」
「……」
マックスはすすり泣いている。オーギュストはマックスの頭を見て、少し薄くなっているように感じた。
「で、どうする?」
同情の気持ちがわく一方で、その情けない態度にいくらか腹が立ってくる。
「お前から言ってくれ。俺じゃ、聞きやしない……」
「分かった」
マックスは立ち上がり、部屋を出た。代わりに、ルーシーがやってきた。
「お久しぶり」
ルーシーは気さくに言った。そして、紅茶を淹れ替えた。幼馴染のもてなしを眺めて、オーギュストは「昔と変わらないなぁ」とぼんやりと思う。少年の頃、才色兼備の彼女を高嶺の花のように思っていたことを静かに思い返した。何もかもが蒼く儚かった。
「お互い……」
「え?」
オーギュストは熱い紅茶をすすった。
「いい大人になったな」
「女性に失礼でしょ」
ルーシーはくすくすと笑う。その仕草がまるで少女のようで、島二郎が惹かれた気持ちも理解できた。
「そうだな。君はまだ若いらしい。周りの迷惑も考えられない」
「何を言うの?」
ルーシーは怪訝な目をした。
「相手の親にばれているぞ」
オーギュストは声を顰めた。
「へーえ、ばれちゃったんだ……」
平静をよそおっているが、目の下が微妙に震えている。
「本気なのか?」
「そんな。ほんの暇つぶしよ」
ルーシーは笑いながら言った。
「そんなに暇か?」
オーギュストの肩にどっと疲れが圧し掛かってくる。
「ここの人たちは、皆さんご立派な方ばかりらしくて、サン・ミッチェル記念大学出のあたしじゃ何もやることがないの……」
不意にルーシーの顔から色が消えた。
「それが浮気の理由か?」
「ええそうよ」
ルーシーは強い眼差しでオーギュストを見た。そこに、満たされぬ思いが行き場を失って暴走しかけているのを感じる。
「アンタと寝ただけで、苦労知らずのお嬢様が、世界を動かしている。何もかも馬鹿らしくなってくるわ……」
「君からそんな下世話を聞きたくなかったね」
「ふん」
拗ねたように鼻で笑った。
「とにかく、本気でないのなら、大袈裟になる前にきっぱりと別れてもらう。いいな」
「ええ、同郷ですもの貴方の顔を立てましょう。どうせもう飽きちゃってたし……」
口元に擦れた薄い笑みを浮かべた。
オーギュストは、季節はずれの寒さを背筋に感じつつ、立ち上がった。
帰宅途中、馬車がメルローズの住むグリーズ離宮の前を通る。
まるで明かりに吸い寄せられる蛾のように、視線が離宮奥へと向かう。西日を浴びた前庭に、馬車が並び、ひとが忙しげに出入りしていた。
「……ハァ」
オーギュストは深いため息をガラス窓へ吹きかけた。全身が、火がついたように熱く、汗がどっと溢れ出てきた
所詮、ルーシーを非難できるような人間ではないのだ。
優等生だったルーシーは、セリアでの成功を夢見て故郷を出てきた。きっとその時の彼女の瞳は、純粋で、キラキラしたものだったろう。オーギュストに出来ているのだから自分にもできる、という自負もあったに違いない。
しかし、彼女が格下だと思った男は余りにも規格外であった。溝が埋まることなどなく、立身出世の夢は儚く散った。
とは言え、同情したり、責任を痛感したりしているわけではない。彼女が勝手に競争相手にし、そして、破れていったオーギュストにも誤算はあった。
目的のために、女を利用するだけのつもりだった。それが何時の間にか、国という器が出来上がっている。しかも、その器は見栄えばかりの良い粗悪品で、中身では多種多彩な材料がごった煮され、底から怪奇な汁が漏れているのだ。
これほどに重い荷を背負うとは思ってもみなかった。人生とは、その第一歩を意気揚々と踏み出す時に想像したよりも、少しばかり塩辛くできているのだろう。
「ルーシーはもう一度やり直すならば、ウェーデリアに留まることを選ぶだろうか……」
一つの淡い疑問が浮かべで、すぐに消えた。その次に深い自問が訪れる。
「俺ならば、何かを捨てるだろうか……」
その瞬間、ぶるっと体が震えた。愛する者たちの顔が脳裏を走り抜け、氷の柱が体を面にたような寒気が襲ってきた。
「兎に角も……」
喩え砂であろうとも、この国は、幸せを求め続けて戦い続けた日々の実りであり、瞬間ごとに繰り返した決断の証である。この国の一片でも捨てると言うならば、それは、己の血と肉を一緒に捨て去る事に他ならない。
男の一生とは、少なくとも一家を背負う男というものは、縦横無尽に飛び交う殺気を巧みにかわし、浴びせかかる罵詈雑言を耐え切り、怒涛の如く押し寄せる要求に踏み止まり、膨れ上がる我侭を堪忍しつつ、時に、破れる堪忍袋を幾度も繕い、喉まで出かかった火のような不満を飲み込み、七重の膝を八重に折ってでも、辛抱強く家を保っていくべきものなのだろう。
「あれ……目から汗が……」
西日がやけに目に染みた。
夕刻、グリーズ離宮で、パーティーが始まった。
湖に面した庭に、白いテーブルが並べられて、豪華な料理が載せられている。その間をたくさんの人が行き交っている。
「みんな――」
メルローズがグラスを二度三度と叩いて、注意を集める。
「ユリピーの誕生日だよ」
盛大な拍手が巻き起こった。
「今日は集まってくれてありがとう。偉大なる神々の御慈悲があらんことを」
ローズマリーとともに、ユリアは壇上に上がり、立派に挨拶を行った。
「ひゅーひゅーだよ」
これを合図に、音楽の演奏が始まった。
それぞれに、ユリアへの挨拶を終えて、ルグランジェとカザルスがアルコールのカウンターへ来ていた。
「盛況だな」
「皆思うところは同じだ」
「うむ」
ティルローズとペルレスが、ノイエ・ルミナリエ宮殿に篭もった事で、サリス人たちの受け皿がなくなり、自然と彼らの足は、メルローズへ向かった。
「見ろ」
ルグランジェが顎で指す。そこには、エルザ=マリア・ファン・デルロースとニナ・カーンの姿があった。
「セリア大学とサイア大学の共演か」
クリスティー派の台頭により、カレン派とミカエラ派は大きなダメージを受け、影響力の低下したカレンに換わって、北サイアの勢力(元ホーランド朝)などが、メルローズの加護を求めるようになっていた。
「当然といえば、当然だが、それにしても、ユリア様のあの懐きよう」
「うむ、アフロディース様もメルローズ様を支持しているということかもしれん」
それが事実ならば、軍事力でも政治力でも、クリスティー派にも引けをとらない。
「とても一枚岩とは思えんが、反クリスティー派としては十分だろう」
「ああ、パスカルのような扱いは、ゴメンだ」
二人は笑い合う。それから声を顰めた。
「昨日パスカルに会ってきた」
「しょげていたか?」
カザルスは首を振る。
「呑気なものだ。暇だから久しぶりに掃除をするといって、また散らかしていた」
「その無頓着さで、足をすくわれたというのに……」
ルグランジェが苦笑いする。パスカルは、重要書類の紛失などで、罰せられた。
「ある意味、ロックハート将軍封じかもしれんぞ。両将軍閣下」
そこへ、若いウーゴ・ド・ベアールが近付いてきた。
「貴公も来ていたか?」
「ええ、小官も生き残りたいので」
「髭も生え揃っておらぬのに、小癪な」
同時に、鼻を鳴らした。
「それより、ロックハート将軍は本気でしょうか?」
ウーゴは左右を素早く警戒してから、低い声で問う。
「養女(リン)が、カーン一族の末裔だというのは本当らしい」
「奥方のローラ殿が、頻繁にエヴァ・ディアン様に会っているそうだ」
「意外な物を偶然拾ったせいで、野心に火がついたのだろう」
「ついているのか、いないのか……」
「ところで、アポロニア・フォン・カーンはどう動くでしょうね」
三人の密談が突然途切れた。メルローズがショーを始めたのだ。
「ユリピー、よく見ててね」
メルローズは湖の生簀の前に立っている。
その前には、ユリアとローズマリーが籐の椅子に坐っている。座席は三つあり、一つが虚しく空いていた。ここにティルローズを迎えるつもりでいたようだった。
この時期のティルローズは、皇帝として、古式に則った規則正しい生活を送っていた。
早朝四時に起床して沐浴し、先祖の廟に礼拝する。それから、早朝の謁見を行う。これは儀式化していて、臣下の朝の挨拶である。
午前八時に朝食をとり、その後、奏上された文書を見て、側近と議論する。
昼食後は、一時間ほど昼寝し、それから、側近たちと弓槍剣術の稽古や学者の講釈を聴講して過ごす。
入浴の後に、夕食をとる。たいていは一人で、家族といえども、煩わしい手続きを経なければ、同伴することはできない。
夕食後は、書物を読んだり、絵を画いたりして、早めに就寝する。
とても非公式の場に出る余裕はなかった。
と、湖面を大きな影が跳ねた。
「いいもの食べているのねぇ……」
ローズマリーは、唖然とその姿を見守る。
「カッキーン!」
メルローズが5番アイアンで玉を打ち上げると、巨大鯉は、10メートルはあるだろう人工の滝を軽々と登った。
「すごッ」
「でしょう!!」
驚くユリアに、メルローズは、自慢げに、満面の笑みを見せた。
「はい! ジャンガ、ジャンガ、ジャンガ、ジャ〜ン♪」
屈みながら、両手を胸の前で交差させ、そして大きく広げていく。
夜、生温かな霧が立ち込めて、人気のないテルトレ宮殿の中庭は、湖の底のようにほの暗く、静かだった。
時より、地を這うような音が轟く。音は、海嶺のようにひっそりと佇み築山の影から聞こえ、ぼんやりとした灯りが、一つ浮かんでいた。
鍛冶小屋の中で、オーギュストは小型の鉄鎚を振っていた。
「やっと分離できた」
鉄鎚を置くと、額の汗を袖で拭う。そして、特殊なピンセットで、銀製品の中から浮かび上がったマーブル模様の膜を拾って、素早く魔法瓶の中へ仕舞う。
「疲れたぁ」
隠し扉を二つ抜け、二度階段を上り、二度降りて、隠し扉を抜けて、寝室に付属する浴室へと向かう。
「ふんふんふん……」
白い泡の溢れる浴槽で、アメリア・アレッシア・ド・スフォルツは、鼻歌を歌っていた。
「さて」
オーギュストは、赤いトランクスを脱ぎ、突進する。
「あっ!」
突然扉が開いたので、本能的に、アメリアが驚きの声をもらす。
水面に、二つの豊かな膨らみをぷかぷかと浮かんでいた。
オーギュストは、浴室に音が響くほど喉を鳴らした。そして、いそいそと浴槽へ片足を入れていく。
「遅い」
アメリアは頬を膨らませて、拗ねてみせた。
「オナニーしてただろ?」
「そんなことしませんよう、だ」
少女のようにすっぱに言った。そして、白い泡を手で掬って、無邪気に吹く。オーギュストの顔に泡が飛ぶと、大きく口を開いて笑った。
「ふふ」
清楚な顔立ちの中に、口元に小さな笑いを残し、上目遣いにオーギュストを見た。瞳が妖しげに底光りしている。まるで男心を惹き付ける魔力が宿っているようで、オーギュストは血が昂ぶった。
胸へと手を伸ばす。
「変なこと言う人には触らせません」
ぷいっと後ろを向いてしまう。そして、意図的に豊かな円を描く美尻を水面の上に浮かべた。
以前、ヴァレリーとともに召された際、オーギュストは二人を左右に侍らせ、乳ぶさを同時に揉んだ。さらに、二人の量感たっぷりの乳ぶさを寄せて、尖り合った乳首を重ねて一度に舌で舐めた。
――す、凄い……。
アメリアは間近に見るヴァレリーの胸に、感嘆した。スタイルには自信があったが、胸の大きさでは負けを認めざるを得ない。
――比べられている……。
そう思うと、胸を見られるのが嫌になる。
しかし、尻は全く劣ってはいない。張りと大きさではほぼ互角であり、腰からの長い脚にかけての妖艶な曲線では、やや上回っているだろう。
自慢の尻を持ち上げて、アメリアは目尻を赤く火照らせる。
オーギュストは、首筋から背中にかけてゆっくりと手を滑らせて、焦らずに為を作っていく。
「ううん」
小さく鼻を鳴らして、アメリアが腰を左右に揺らし始めると、脇の下から手を差し込んで胸をもみ、さらに、首筋に舌を這わせていく。
ぐらりと、アメリアは悶えて裸体を捻る。
「あああ……」
オーギュストは、ゆっくり背中から尻へキスを繰り返して下げていく。
「アン、アン、アン……」
一つ一つに過敏に反応する。身体の裏側に、消えない刻印を刻まれているようで、得体の知れない興奮を繰り返す。
細い腰周りから、むっちりと肉が付いた尻へとオーギュストの唇が至る。
「ううン……」
アメリアは四つん這いのままでモジモジと腰を蠢かす。
オーギュストは、柔らかな尻肉を鷲掴みにして、荒々しく揉み、そして、左右に広げてみた。
清楚な菊門の下には、秘唇が妖しげに濡れ光っている。オーギュストは徐に舌腹を這わせて、ねっとりと舐め上げていく。
「ひぃッ」
アメリアは肩甲骨を浮かび上がらせて、短い悲鳴を上げた。
じゅるじゅるじゅる。
オーギュストが音をたてて、淫蜜を吸い上げる。
「ひぃ、ひぃ、いっ、いいん!」
アメリアは仰け反り、清楚な口を大きく開いて、烈しく喘いだ。下半身の唇も左右に割れ、隠れていた肉芽をみるみる固く尖らせていく。
「うううん!」
オーギュストは肉芽を啄ばみ、そして、甘く噛んだ。アメリアはおよそその整った美貌からは想像できない。けたたましい雄叫びを上げた。
「クリ、いい。イク、わ、わたくし、イキますぅ!」
卑猥な言葉を吐くごとに、身体の芯がぞくぞくと震える。はっきりと欲望を曝け出せば、羞恥心が快楽へと変わり、数倍の快楽を作り出すことを知った。
「ああぁああああ!」
太腿が揺れ、腰がガタガタと崩れる。アメリアは、クンニで、最初の絶頂を迎えた。
「ああっ! ま、またっ! あん! あん!」
また、子宮口を突き打たれた。それまで浅く速く動いていたペニスが、不意に強く深く食い込んで来るのだ。
一際きわどい衝撃が、雷の如く子宮から脊髄を駆け抜けて、脳天まで突き抜ける。忽ち、思考の全てが極彩色の法悦に塗り尽くされた。
えも言われぬ甘美感に瞳が揺れ、だらしなく開かれた口から涎が零れる。
「ああっ…ああっ…うっ…こっ…だめっ…破れてしまうっっ!!」
烈しい接触で、膣壁が今にも壊れてしまいそうだった。死と紙一重のギリギリ感が、さらに肉欲を昂ぶらせる。
「こっ、こわいぃ……イク、イってしまうぅ!」
ふいに、視界がモノクロに霞む。まるで意識が何処かで飛んで行ってしまいそうで、自分が自分でなくなりそうで、アメリアは恐怖に慄いた。
「ひっ…ひぃぃぃぃ! ああ…すっ…すごいッ! あぁぁぁッ!!」
その時、白い闇の中で、鮮やかな光がスパークする。まるで脳細胞が艶美な炎に焼き尽くされていくようだった。きっと今自分は馬鹿になったのだ、と惚けながら思う。でも、この快楽のためならば、それも仕方がないことだろう、と思う。その瞬間、すべての箍が弾けた。
「うわぁぁぁ…あっ…めぇぇ…ひぁぁぁぁぁ!!」
本能の赴くまま、絶叫した。大きな尻が、水中に落ち、意外なほど大きな音が轟く。
翌早朝、空は今日も今にも降り出しそうな暗い雨雲に覆われている。
オーギュストは、朝練に欠席したランを見舞った。
寮の薄暗い部屋の中で、湿っぽいベッドの上に、ランは寝ていた。
「おい」
オーギュストが声をかけると、ランは熱に魘された顔を上げる。
「うう……じゅるじゅる」
短く呻いて、鼻をすする。
「熱はどうだ?」
オーギュストは、上から覗き込み、手を額に当てた。
「し、師匠……」
ランは忽ち涙目になる。
「このままずっと一人で……ぐしゅ……死んじゃって……一週間ぐらいあとに発見されるんじゃないかと……ぐしゅ……」
「はいはい分かった」
オーギュストは適当にあしらって、手の脈を調べ、次に胸の音を聞いた。
「まあ風邪だろうな」
「うい……」
こくりと頷く。
「裸で遊ぶからだ」
「ちゅ、ちゅがいまちゅ、あれはぁ……ぐしゅん」
「姉の縁談に響くぞ」
「……」
ランは、猿のように真赤になっている顔を布団で隠す。
「まあ俺が一発で直してやろう」
オーギュストは景気よく言うと、さっとランの布団をはいだ。寒さに、ランは肩を抱いて震えている。
「おねがいちぃます……な、なにを!」
一旦は神妙に頭を下げたランだったが、すぐに血相を変える。いきなりオーギュストは、ランを横向きにすると、パジャマのパンツを摺り下ろしてしまった。
「熱には座薬だろ」
平然と言いのけた。
「いや、いや、それだけはいやッ」
烈しく首を振るが、熱のせいで上手く逃れる事ができない。
「よく見えないな」
オーギュストはランの脚を揃えて、素早く持ち上げた。
「はぁ〜ぁ」
蚊の泣くような弱々しい声がもれる。
――う、うそーーーぉ!!
あってはならぬことが今まさに起きている。秘唇にも菊座にも、紛れもなく新鮮な空気が吹き込んでいる。
「行くぞ」
「ダメ、ダメ、おかぁさんに怒られる……ぅ」「せいの」
「たあ〜はぁ……んん」
いとも簡単に異物が入ってくる。
「これで一眠りして汗をかけば、完全に治るだろう」
オーギュストはランのパンツを元に戻して、恩着せがましく呟いた。
――も、もう、お嫁にいけない……ぃ。
薄れ行く意識の中で、ランの心の叫びがこだまする。そして、鉄のようの重たくなっていく瞼を閉じると、その裏側に、耳まで口を裂いて、しゃっしゃっと忍び笑うオーギュストの顔が映っている。
【7月下旬】
――北辺。
7月、パルディア王を僭称するローテヴェイクは、3万の軍勢を率いて、国境を越えてトラペサ大河北岸へと侵攻した。
ゴーラクには、バラム公国軍のオスカル・ド・ヴィユヌーヴが、5千の軍勢とともに篭城していた。
バラム公王オットー4世は、義兄を救うために、自ら2万の軍勢を率いて、ゴーラムの北方まで進出する。
戦いは、これで膠着すると思われた。
しかし、8日、大雨が降った。
後世から見れば、歴史を動かす重大な決断であったが、ローテヴェイクに何処までの大局観があったかは不明である。
ともかくも、ローテヴェイクは、これを好機と判断して、出陣を命じる。
「お待ち下さい。この雨では戦えません」
重臣の言葉に、ローテヴェイクは首を振る。
「戦いは気合だぞ。敵に油断があるのなら、雨だろうが雪だろうが、俺は奇襲するぞ」
「しかし……」
渋る部下に、「もうよい」と言い捨てて、ローテヴェイクは、直参の千ばかりを率いて本陣を出た。
偽装工作など端から頭にない。ローテヴェイクは、泥濘を避けながら、縫うように通行可能な道を進撃した。
しかし、叩きつけるような雨である。偶然にも、雨音が兵馬の足音が消してくれた。ローテヴェイクは、バラム軍の哨戒網を抵抗なく抜けて、ゴーラクとオットー4世の本陣を繋ぐ砦を攻めた。
守備側は、雨の日に戦闘はないだろう、と高を括っていた。不意を衝かれて、守備兵は恐慌状態に陥った。さらに、ここまで攻め込んだからには、もう全軍が崩壊してしまったのだろう、と勝手に錯覚して、我先に敗走していく。
「何が起こったのか?」
翌9日、オットー4世は普段と変わらぬ朝食をとっていたが、突然、砦の失陥を聞き、大いに慌てた。
「ローテヴェイクの狙いは、恐れながら、公なのかもしれませんぞ」
重臣が重々しい声で告げる。
「もしかすると、ヴィユヌーヴ将軍が、敵に寝返っているのかもしれません」
さらに、別の者が言う。
「義兄にかぎって、そのような事はない」
言い切ったが、ふいにオットー4世の顔が蒼褪める。
君主となり、一国を動かすようになると、様々な思惑と直面するようになり、幾多の裏切りを目の当たりにしてきた。いつしか、この世に絶対などありえない、と荒れた想いに心を縛られることもある。
「申し上げます――」
そこへ偵察が帰ってくる。
「敵は別働隊にあらず、ローテヴェイク自身が陣頭で指揮をしております」
「これは……」
オットー4世はしばし呆然と立ち尽くす。
情報が錯綜していた。ローテヴェイクの目撃情報から、パルディア軍の全軍が攻め込んできた、と首脳陣の誰もが信じてしまったのだ。
「参謀長、どうする?」
「あの雨の中を進んできたのです。敵の意気込みは、並々ならぬものがあります。敵の士気が充実している時は戦いを避けるべきです。一旦兵を引いて、敵に肩透かしを食らわしましょう」
短髪の老将が答える。
「……」
オットー4世は、なおも悩む。
「ご決断を」
若い近習に強く促されて、躊躇いを残しながらもようやく決断を下した。
「……撤退するぞ」
ローテヴェイクは、これを勝機と捉えていた。この時何処までの勝利を目論んでいたのかは、分からない。一見すれば、目の前にぶら下がった勝利に喰らい付いているだけのようにも見える。
「進め進め、武勲が落ちているぞ。拾って、家名を上げよ!!」
ともかく、ローテヴェイクは、足の遅い部隊を残して、撤退するバラム公国軍を、自ら先頭に立ち、猛追した。
あまりにも果敢であり、かつ、電撃的であったために、パルディア軍の他の部隊では、ついてこられない者も現れる。しかし、パルディア軍将兵の大半は、まるで安売りに群がる民衆の如く、バラム軍の将帥目掛けて殺到していく。
一方、バラムの武将も、背中から一方的に矢を受けては勝ち目がないと、果敢に立ち止まって、反転迎撃を行う者もいた。が、如何せん後退中の混乱状況である。連携のない単独行為では、忽ち、武勲に目を血走らせたパルディア兵に取り囲まれて、一騎また一騎と討ち取られていった。
「参謀長、参謀長は居らぬか?」
「姿は見えませんね」
「将軍は何処だ?」
「申し訳ありません。混乱を極めており、何方が何処に居られるかは、全くの不明です」
「そ、そんな……バカな……」
オットー4世は国境の峠で、態勢を立て直して、一挙に反撃するつもりでいた。が、それまでに受けた被害は、予想をはるかに上回る甚大なものであり、とても戦える状態ではなかった。
もはや指揮系統などなく、ただ只管に敗走を重ねていく。この時、この遠征に参加していたオットー4世を支えるべき有能な武将の多数が散っていた。
翌10日、バラム公国軍はほぼ壊滅していた。オットー4世は、僅かな手勢に守られて、首都ワイドへ帰還した。
「誰か、誰か居らぬか!」
オットー4世の叫びが、がらんとした宮殿にこだまする。
この時、若いオットー4世に批判的な貴族などが、勝手にワイドを離れて、自領へと引き上げてしまっていた。どんなに堅牢な城門や城壁があっても、それを守る兵が居なくては、何の意味も持たない。
17日未明、ローテヴェイクは、ワイドへ雪崩れ込んでいく。
「奪え、ここに有る物は全て我等の物ぞ」
ローテヴェイクが部下を煽って、さらに士気を高める。
翌18日、北辺の真珠とも謳われ、繁栄を誇ったワイドは、焼き払われ、灰燼に帰してしまう。
「所詮、父殺しの罪からは逃げられぬか……」
ワイドの裏手に位置する歴代当主の霊廟へと逃れたオットー4世は、自らの手で女たちを刺し殺した。
「バラムの武勇は、ここにあり!」
そして、最期まで付き従う二十数騎を伴って、包囲網の一角へと突進した。見事、敵陣を突き抜けると、剣を天にかざして、大声で高唱した。
「我らが滅びるのは、我らが弱いからではない。ただ僅かに天運が足らなかっただけだ!」
言い終わると、剣を咥えて自ら落馬した。
こうして、フリードリヒ・トラブゾン以来、300年続いた名門は滅びた。
21日、ローテヴェイクはオットー4世の死を確認すると、いまだ燃え続けるワイドを放棄して、南へ取って返して、ゴーラン包囲戦線へと帰還する。
23日、篭城中のヴィユヌーヴは、オットー4世の死を知る。同時に、兵の脱走が始まった。
ヴィユヌーヴの兵のほとんどは、バラム公国からの借物である。一度士気が低下すれば、彼の元を離れる事は予測できていた。
「打って出るしかあるまい……」
本国が滅亡した以上、もはやこのまま篭城していても、意味がない。ヴィユヌーヴは自らの最期を華々しく飾るために、出陣を決意する。
「邪な思いから出た物は……儚い運命か……」
滅びの時が迫っているのを感じる。オーギュストへの嫉妬からサリスを去ったが、邪な思いでは何も事を為しえないのかもしれない、と静かに思う。
ヴィユヌーヴは、約500の直属の兵を従えて、ローテヴェイクの本陣目掛けて切り込む。
その攻撃は苛烈であり、本陣の前衛部隊を蹴散らし、ローテヴェイクに肉薄していく。
「はっ!」
ヴィユヌーヴは自身も馬上から槍をふるって、次々にパルディア兵を斬り倒していく。その戦いぶりは豪胆であり、武断で知られるパルディア兵も恐れるほどだったと言う。
しかし、所詮多勢に無勢である。ヴィユヌーヴの周囲を固める腹心達が、櫛の歯がかけるように、ひとりまたひとりと消えていく。
「誰か槍を寄越せ! 早く!!」
胸を貫かれた敵兵が、最期の執念で、ヴィユヌーヴの槍を折る。必死に、ヴィユヌーヴは手を伸ばすが、その眼前で、最期の側近が地に倒れた。
「セバスチャン、お前も逝ったか……」
ついに、従う兵の尽くが戦死した。
仕方なく剣を抜くが、剣では思うように戦えずに次第に劣勢となっていく。ヴィユヌーヴの焦った絶叫が、無常に轟いていた。
「……ええい!」
敵騎兵に追われて、梅の木の下を潜ろうとした時、兜が枝に引っ掛かり取れた。ばさりと髪が乱れて落ちる。呪うような声が、血の匂いがする喉から、搾り出た。
その時、本陣の中から悠然とローテヴェイクが打って出た。
「出たな。義弟の仇!」
その姿を目撃して、ヴィユヌーヴは小躍りして懸命に駆ける。
「我が名の引き立て役となれ!」
ローテヴェイクは、徐に馬上で矢を番えると、強弓をぎしぎしと音を立てながら引き分ける。
「でえええ!」
瞳を狂気に輝かせて、ヴィユヌーヴが気勢を上げて迫る。
「ヴィユヌーヴよ、俺からの手向けだ!」
静かに右手が弦から離れる。烈しい反動が、空気を震わせて、玄が鈍い音が奏でる。
矢は一筋の閃光となって、ヴィユヌーヴの額を的確に貫いた。
「ぐがぁ」
木の葉が舞うように、ヴィユヌーヴが落馬していく。
「ディーンよ。これが俺からの果たし状だ。臆病風に吹かれていないのなら、出てくるがいい!!」
暗い空へと雄叫びを上げた。
――セリア。
ローテヴェイクの噂は、千里を走った。
クリスティーは、派閥の柱石であるマルコス・サンス・デ・ザウリを呼んで、その意見を聞いていた。
「リューフ将軍までも負けたとか?」
問う。トラペサ大河を挟んで両軍はにらみ合ったが、雨の中をパルディア軍が奇襲に出て、リューフは持ち堪える事ができず退却している。
「あれは無理をしなかっただけです。勢いに乗っている敵に付き合う必要はありません。賢明な判断でしょう」
「だが、結果として、ローテヴェイクの勢いを増さしめた」
「メッキはいつか剥がれるものです」
「それまでに、何処まで侵攻されるか……」
渋い表情で呟く。軍略的に答えるザウリに、クリスティーは政略的な見地から、ローテヴェイクの権威が高まる事を懸念していた。
「できれば、アルティガルドの方へ無駄なエネルギーを向けさせたいものですな」
ザウリは言葉を結んだ。
そこへ、オーギュストの到着が知らされる。
「話が弾んでいるようだ」
クリスティーは一段高い上座の席を、オーギュストに譲り、脇に控える。
「アフロディースから、出陣の要請があった」
「御意」
ザウリは、それだけ聞くと、恭しく後ずさりしていく。
扉が閉まり、二人っきりになると、クリスティーはオーギュストの前に立つ。
「ご出陣になりますか?」
「ああ」
オーギュストがニヤリと口の端を上げた。
「リューフめ、俺に宿題を押し付けやがった」
「仲がよろしいのですね」
クリスティーは、紺のジャケットの中に、白いシャツとマーメードシルエットのスカートを着て、紺のリボンのついた白い帽子を被り、首にドット柄のスカーフを巻き、そして、アイボリーと紺のパンプスを履いている。徹底して、白と紺で統一されていた。
オーギュスト好みのエレガントなマリンルックであり、そのすきない姿は、洗練された美しさをたたえつつ、近寄りがたい気品を発していた。
「ヴィユヌーヴの家族は、フェルディアに逃れたそうだ」
「それはようございました」
妖艶に微笑みながら、クリスティーはゆっくりと服を脱ぎ始める。下着は、オーギュストを挑発するように紫色の上下を身に付けていた。
「相変わらず、美しいな」
裸体を眺めてオーギュストが囁くと、クリスティーは恥らうように俯いた。
「恐れ入ります」
そして、オーギュストに歩み寄ると、脚の間に両膝を立てて、椅子の上に乗る。オーギュストはしっかりと腰を掴み支えてやる。そして、クリスティーは覆い被さるように上から濃密な口付けを捧げる。
くちゅ、くちゃ……。
巧みに波の裏を舐め、卑猥な音をたてる。
一旦離れれば、氷柱のように、透明の糸が縦に立つ。
「この味も当分御預けか……」
「わたくしも、寂しいですわ」
「殊勝なことを言う」
再び、互いに舌を絡めて唾液を啜り合う濃密なキスをする。
「あん」
クリスティーは呼吸を荒げ、鼻を甘く鳴らしながら、上唇をまるで催促するように軽く啄ばむ。
オーギュストが口を開くと、唾液を垂らして注ぎ込み、さらに、深く舌を差し込んで、ねっとりと口腔を犯すように攪拌した。
同時に、シャツのボタンを外して、オーギュストの厚い胸を露出させると、しなやかな指を胸へ這わせていく。
次に、ベルトを緩め、パンツのフックを外して、長い指を差し込み、赤いトランクスの上から巨槍をゆっくりと擦る。
「ふふ」
十分に勃起した事を確認すると、唇を、余韻を残しながら離し、首筋から胸へ口付けしながら徐に顔沈めていく。
手は、巨槍を取り出すと、はち切れんばかりに膨らんだ槍先を、優しく、柔らかくと包み込んでいく。
「はあ、はあ……」
オーギュストも荒い息を吐き、二人を中心に空気が淫らに腐っていくようだった。先程まで、王女としての威厳を放ちつつ、固い表情で政治を語っていた場所と同じとは到底思えない。
火を噴かんばかりいきり立つ槍先に、クリスティーは唾液を落とした。そして、濡れた巨槍を情熱的に擦り始める。
「熱いですよ……陛下」
瞳を色欲に潤ませて、クリスティーは然も嬉しそうに囁く。
「火をつけているのはお前だろう」
「はい、では、わたくしがお鎮め致しましょう」
ついに、身を屈めて、槍先を口に含んだ。口腔の粘膜が、槍先をすっぽりと納め、その生温かな湿っぽさ槍先を心地良く刺激する。さらに、唇をすぼめて、きつく締め付ける。
「うう……」
オーギュストはまるで深呼吸するように背凭れに凭れて、背中を伸ばす。その反応が、クリスティーの心に火を点けたのだろう。奉仕は、さらに過激になり、睾丸をもみ、顔を上下させて巨槍をしごく。さらに、刺激を偏らせない配慮なのか、巨槍を口から吐き、続けて睾丸をパクリと頬張ってしゃぶった。その間、手は巨槍を頼もしげに扱いている。
ペニスを十分に愛撫した後、舌は、まるで生き物ように這い動き、アヌスへと伸びていく。舌は錐のようにアヌスを侵し、存分に舐め回す。そして、上下する手の動きも極まっていく。
「うっ」
巨槍が脈打つと、素早くその気配を察して、口を大きく開いて、精液を受け止めた。それから、ねっとりと舌で唇の周りの精液を舐め取る。
「アア……美味しい」
ふいにクリスティーは幼稚に言った。それで終わらず、再び槍先へ舌を伸ばして、弾くように舌をからめた後、管に残った分を残さずすすった。
深夜、オーギュストは窓を開けて、風を浴びながらビールを煽った。その体は、汗が光り、筋肉が蒸気を吹くほどに火照っている。
その足元には、後ろ手に縛られたクリスティーが這っていた。その裸体は、ぐたりと力が抜けて、全身がヌラつく体液がべっとり張り付いている。時折、鮎が跳ねるように痙攣して、縄で縛られた乳ぶさを淫らに揺らしていた。
二人の姿が、長時間に及ぶセックスを思わせた。
二人の肉体の相性は抜群だった。と言うより、すっかりクリスティーは、オーギュスト好みに自分を変えてしまっている。服や下着だけでなく、娼婦のような奉仕の技を駆使したと思えば、処女のような恥らいを決して忘れない。オーギュストを喜ばせるためなら、何でも捨て、何にでも化けただろう。
「朝まで時間がある。もう一度だ」
戦場に出れば、この裸体を抱く事はできない。まるで別れを惜しむように、オーギュストはクリスティーを貪りつくす。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
大股開きで組み伏されて、再び押し入ってくる。その峻烈な快感に、思わずクリスティーは白い喉を反らせて呻き声を発した。
「ああ、やっぱりクリスは最高だ。これだけやっても、最初のように締め付ける」
精神は極度の疲労状態にあっても、膣肉はまだまだしっかりと絡み付いてくる。
「くぅぅ……はぁぁぁ…う、うれしい……ですぅ」
「本当に、クリスはセックスの申し子だな。生まれついての淫乱だ」
「はい、クリスはぁ……セックスのために生まれてきましたぁ……」
おそらく言葉の意味を理解できていないだろう。もう何も考えてない。そんな余裕はない。呼吸するのさえ煩わしいのだ。
「…ぃ…あッ、ひぁッ、あぁ…ッ…ぁ、あ、あ……ッ!」
数え切れぬ絶頂を味わった肉体は、数度の挿入でたやすく達していく。それでも、オーギュストは、手を、決して緩めようとはしない。
息絶え絶えに喘ぎながら、肉欲の桃源郷に至ったと思っても、さらに媚肉を抉られれば、忽ち更なる高みへと誘われてしまう。更新される法悦の極致に、際限などありはしないのだ。
「ああぁぁぁ… ひぃぃぃぃ… 」
もはや焦点は合わず、瞳は歓喜の涙で溺れている。ただ脳天まで響く突き上げを受けるたびに、か弱い少女のように泣く。
オーギュストはクリスティーのよがり泣く美しい顔を瞼に焼き付ける。どんな烈しいセックスをしても、クリスティーの美貌は損なわれる事は無い。返って、苦悶の表情の方が美しいとさえ思えた。
「――――――!!!! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
激しく痙攣しながら、断末魔を思わせる悲鳴を上げた。そして、魂のエネルギーが使い切ったように、クリスティーは悶絶した。
――アルテブルグ。
北辺を暴風が吹き荒れている時期、一つの事件が起きていた。
即位式を待っていた王太子フェルディナントが、食事の後、急に体調を崩した。一週間激しい嘔吐を繰り返して、治療のかいなく死去した。
ヴィルヘルム1世の落胆は大きく、葬儀の間中、一言も口をきかなかったという。
「今は何事も静かに。陛下の御心を安んじ奉ろうではないか」
宰相となったジークフリードの最初の仕事は、北辺の動乱に備えようとする軍部に対して、殺生を控えて、喪に服するように指示することだった。
一方、その症状から、フェルディナントの死に毒が疑われて、密かに調査が開始していた。そして、複数の証言から、その容疑者に生母のシュテファーニが挙がった。
シュテファーニは、大柄な女性で、ベレンホルストの孫娘である。彼女は、元々妾妃の中で身分の低い嬪でありながら、ヴィルヘルム1世の寵愛を独占して、同じ貴妃となり、さらにその弟までが宰相に取り立てられたことに腹を立てていた。そこで、ジークフリードを夕食に招き毒殺しようとした。
しかし、手違いが起きた。フェルディナントが、好物のチーズをねだり、ジークフリードは快く譲った。こうして毒はフェルディナントの口に入ってしまった。
ヴィルヘルム1世は、シュテファーニを離縁して実家に帰した。しかし、ベレンホルスト侯爵家では、濡れ衣だと反論し、ジークフリードの策謀だと言い張った。新政権は初手から分裂含みとなった。
この事件を切っ掛けに、ヴィルヘルム1世は、視力を急激に失っていく。そして、後宮の奥に篭もり、酒と美女に溺れる日々を送るようになる。
この最中、アルテブルグの港を一隻の船が出港していく。セリアへ向かう戦艦サルードである。
「ふん、オレには見える。このロードの先に、オレたちの最終決戦の舞台が待っている!」
グレタは、船首で仁王立ちしていた。
「オレが唯一、生涯のライバルと認めた誇り高き決闘者よ。貴様ももう気付いている筈だ。貴様を倒すのは、この世にただ一人、このオレだけだという事を! オレは貴様から引き下がらない!!!!」
波が高く、船の触れが大きい。
「ふふ、波間に、貴様の死に際の息遣いが聴こえてくるようだ」
その後ろ姿を心配そうに、マルティナ・フォン・アウツシュタインが見詰めている。
「姫、危険です。戻って下さい」
「もはやオレ達の戦いに、後戻りはない。星くずのようにはかなく散って行け!!」
船が波を切り、大きな飛沫がグレタを襲った。
「ふん、エリースも震えておるわッ!!」
全身ずぶ濡れになっても、グレタの闘志は些かも衰えない。
「セリアに上陸せよ。ガラダK7、ダブラスM2よ!」
猛々しく、二つの駒を掲げた。
後ろでマルティナが胃の辺りを押さえていた。
続く