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g_03.gif エリーシア戦記

...Record Of Ariesia War...


[back.gif第五十四章] [本棚] [next.gif第五十六章]
第55章 流連荒亡


【神聖紀1231年11月、セリア】
 セリアの街は俯瞰すればワイングラスに似ている。
 元々は、北の紫川と南を流れる翠川に挟まれた区域に、一辺約5キロの正方形の都城として建設された。東には良港が開け、西の高台にルミナリエ宮殿が建つ。この二つを『カール大帝大通り』で結び、大通りの上下の区画に、貴族や官僚の館が並んでいた。
 後に、湾曲する海岸線は、次々に埋め立てられ、埠頭や運河が造られていく。そして、商業の町『エウロス市街地』として、大きく発展していくこととなる。
 特に北東側は、セレーネ半島への出入り口として、権勢を握った重臣たちが別宅を構えたことから政治の中心ともなり、『カイキアス新屋敷街』と名付けられた。
 対照的に、南東側の『アペリオテス新市街』は、庶民の活気溢れる享楽街となっていく。
 また、セリア中心の北方、紫川の北岸には、歴代皇帝の霊廟や由来の大聖堂が並び、聖エリース教会の総本山も移ってきた事から、いつしか『ボレアス聖域』と呼ばれるようになった。
 一方、発展する場所もあれば衰退する場所もある。翠川は度々氾濫を繰り返して、ついに下セリアは放棄されて、葦が生い茂り荒地になってしまう。同様に、軍人や下級騎士たちの町だった『ゼピュロス武家屋敷街』も焼失した後、長らく放置された。
 このように、中心地を北へ移しながら、帝都セリアは繁栄を極めてきた。
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 しかし、近年の一連の戦役で、政治宗教の中心地だった紫川北岸地域は荒廃し、湾岸地域の治安は悪化、ルミナリエ宮殿はアルティガルドの手によって、ノイエ・ルミナリエ宮殿に生まれ変わってしまう。
 ディーン政権は、セリア支配の根拠として、カール大帝大通りの南側の湿地に、新たな宮城の建設を始めていた。その規模は、全セリア市街地の三分の二に及ぶ。
 元は、『春の離宮』があった場所で、軟弱な地盤のために、大きな建物はなく、桜の名所として知られていた。普請責任者は、主殿の建設は無理だと報告したが『ユー、浮かしちゃいなよ』という無責任な鶴の一声で、『黄金の浮遊塔』案が採用された。以後、立て続けに三人の普請責任者を過労で倒しながら、工事は進められていく。

 11月、冷気を含んだ雨が、しっとりと霧のように降る。行進する戦士たちの肌を冷たく刺激していた。
 オーギュストは、アルティガルドとの決戦に勝利し、セリアへ凱旋した。
「せっかくのセリア凱旋が、雨とは……」
「セリアか……みな懐かしい……うっ」
「陛下!」
 騎乗で、気分たっぷりに伏せたオーギュストを見て、親衛隊隊長の刀根小次郎は慌てて叫んだ。
「ただの二日酔いだ」
 横を進むリューフが呆れた声で告げる。
「なぜ泥酔するまで飲まなければ、家に帰れんのだ。情けない奴だ」
「お前には分からんよ……」
 馬の鬣に顔を埋めたまま、オーギュストは拗ねた声で呟く。
「小次郎、お前は気の強い女を選ぶなよ。そうだな、メルちゃんのような心優しい娘にしろよ……ハァ」
「いい加減にしろ。おい、見えたぞ」
 雹を散りばめた盾を構えた髭男のレリーフで有名な門、カイキアス城門が見えてきた。セリアの北東に位置する。
 霧雨の幕が、民衆の熱狂的な歓声で吹き飛ばされる。若き独裁者をひとめ見ようと、人々が集まっていた。
「皇帝万歳! サリス帝国に栄光あれ!」
 セリアは沸き返っていた。祈りの言葉は、勝利を祝う歌となってみちている。オーギュストが手を振ると、感動のあまり泣き出す者もいた。
 オーギュストは馬車に乗り換える。と、その馬車に、彼の母親がチョコチョコと小走りに駆け乗ってくる。
「……」
 状況が飲み込めず、オーギュストはただ唖然とした。そのうちに、付き添っていたクリスティーも飛び乗る。
 この場にティルローズもいたが、ギュスママを警戒し過ぎたせいで出遅れ、馬車に近付く事さえできなかった。結局クリスティーに主役を奪われてしまう結果になった。
 三人は『アレクサンドル3世大通り』から『カール大帝大通り』を通って、ノイエ・ルミナリエ宮殿に至る。
「これより、ルミナリエ宮殿を預からせて頂きます」
 オーギュストは宮殿の大手門で、カール大帝の霊廟に向かい、深々と頭を下げた。それから、その遺影を先頭に入城していく。そして、大広間で勝利宣言を行った。

 戦勝式典の最中、オーギュストは密かに回遊式庭園を進んでいく。池を回りこんで、人気のない茶屋に至る。用心深く周囲を警戒してから、中に入った。しばらく格子窓の影から覗いていると、また雨が降り始めた。霧のように音もない雨だったが、みるみる庭の飛石を濡らしていく。
 池の向こうでも、雨だ、という声がしている。慌ただしく人々が建物に避難する様子が伺えた。しばらくすると、微かにもれ聞こえていた式典の賑やかさも消えて、次第に強くなっていく雨音だけが耳につくようになった。
 オーギュストは雨の音に耳を澄まして、少し俯いた。身体にたまった鬱憤を深い吐息ともに足元へ落とす。その時、目の端に動く影を感じて、顔を上げた。
 息を切らして駆けて来る女性の姿を見つける。顔が見えないのに、すぐに、メルローズだと分かった。
「……どうして?」
 一人呟いて、急いで扉を開ける。
 メルローズは、オーギュストの前で立ち止まると、弾む胸を押さえて、白い息を激しく吹いた。
「どうしたの、濡れているじゃないか?」
 動揺を隠し切れない声で問う。
「歩いて行くのが見えたから……ああ苦しい」
 メルローズは輝くような笑顔で答えた。
「……」
 刹那、オーギュストの胸に、小さな喜びが灯った。思わず絶句するほどの可憐さが目の前にある。
「上着も着ずに……」
 ようやくメルローズの身体が冷えている事に思い至ると、オーギュストは上着を脱いで、白いドレスの上にかけてやる。
「感謝致します」
 すぐに、純な感謝の言葉が返ってきた。
 オーギュストは茶屋の暖炉に火を点ける。
「パーティーを抜けるなんて、疲れていらっしゃるのね」
「少しね……」
 はっきり言って嫌気が差していた。常に女性陣たちは、華やかな笑顔の翳で、立ち位置などの小さな争いから、政局の絡んだ大問題まで、激しく火花を散らしている。そして、一時的に敗者に回った者は、責めるような視線をオーギュストへ投げ掛けてくるのだ。
 さすがにティルローズは念願が叶った夜だけあって大人しかったが、今度はミカエラが頗る不機嫌である。
 ミカエラが整えた宰相府だったが、その九卿に、人事権を握るジューク・スレードは、サイア系のテクノクラートを多く抜擢した。何とかミカエラの派閥に元老院の席を用意することで納得させたが、当分は荒れが続くだろう。
「わたくしたちの所為ですね……申し訳ありません」
 メルローズは、まるで女性全体の罪を詫びるように、恥じらいにみちた顔を下げていく。
 その濡れた髪が、憐れに思えた。ふとあの夜の白い裸体が鮮やかに甦り、オーギュストは慌てて俯き視線をはずす。
「あの夜の事は忘れよう……」
 オーギュストがカラカラに渇く喉から、ようやく言葉を紡ぎ出した。義妹との関係は、余りにも危険であり、全てを失いかねない。
 すでにあの部屋には、フリオが居た、という根回をしてある。メルローズがぐずっても、それで押し通すつもりでいた。
「……」
 薄い水色の瞳が、じっとオーギュストを見詰めている。
「分かっていますよ」
 小さく微笑んで、唇をゆっくりと開いた。その声に哀切の響きが含まれていた。
「あれは私の我侭です。決してお兄様にご迷惑をおかけしません」
「……」
 そのひたむきな情熱を秘める瞳に魅入られて、オーギュストは全身が痺れてしまった。何もかも曖昧に誤魔化そうとする自分に、強い嫌悪感を抱く。
「私は貴方を愛しています」
 そこへ、メルローズの白い顔が迫ってくる。
「あのヴィオレート川のように穏やか静かに、そして、永久に思い続けます。その心を裏切ることは、死をもってしてもできません」
「俺は君に何もしてやれないよ……」
 こんな言葉しか言えない、己を恥じる。
「ふふ、見返りなんて求めていませんよ」
 メルローズは儚く微笑する。
「ただお近くにいて、少しでもお支えしたいのです」
 そっとオーギュストの胸に顔を寄せた。
「いいえ、近くにいられなくてもいいの。ただこの思いと、救って頂いたこの命を抱いて、静かに生きれいければいいのです……」
 その時、オーギュストは己の足元に広がる闇を見た。その奥で、美しい火花が無数に散っている。
「メルちゃん……」
 思わず抱き締めていた。瞬間、闇の底へ繋がる梯子を一歩降りたのだ、と思った。しかし、薄暗い恐怖は、メルローズの身体から伝わる温かさで麻痺したように薄い。

 雨が止むと、メルローズを本館へ帰した。オーギュストはその道とは逆の方角へ歩き出した。しばらく歩くと、赤いレンガの宝物庫が見えてくる。
「時間潰しにはなるか……」
 軽い気持ちで、宝物庫へ向かう。そこで、木彫り熊を鞄に詰め込もうとしている人物を発見して、その手元へナイフを投げる。
「もう盗みはしないんじゃないの?」
「ギュス君やるじゃない。お母さんに気配を感じさせないなんて」
 オーギュストは顎でしゃくった。
「それ、戦場の暇潰しに彫った物だから、全く価値ないよ」
「あら、そうなの」
 舌打ちをして、元の場所に戻した。
「全部アルティガルドが持っていった。ここにあるのはレプリカばかり。母さんが欲しがるような物は残っちゃいない」
「そう、それは残念」
 ため息をつくと、鞄を床に落として、蹴った。オーギュストは仏頂面で近付いていく。そして、母親の少女趣味な格好を見て、顔を顰めた。
「何だ? その格好は! あんた幾つだよ」
「必要なら何歳にでもなるわ。老婆でも女子高生でも。私は女優よ」
「泥棒だろうが!!」
 オーギュストの怒声が暗い室内に響く。
「全く恥ずかしい」
「何が恥ずかしいよ。嘘付きは、リュパン男爵家代々の特技じゃない。なのに、ギュス君はちっとも奥義を覚えないし、船乗りになっちゃうし。でも安心したわ。こんなにも立派に、国を盗んじゃうんだから」
 涙まで浮かべ見せる。思わずオーギュストは叫んでいた。
「バカなことを言うな!!」
 と、母親は大きな声で笑い出した。そして、ぐっと声が低くなる。
「マジになりなさんな。ふーぅ、じゃ行くわ。小娘たちをからかうのにも飽きたところだし」
 母親は背中を向けると、結っていた髪を解く。
「あ、そうそう――」
 振り返らずに、右手を上げる。
「遊びの後始末はきちんとしないよ。中途半端に放り出すのは半人前のする事よ」
「分かっている」
 一々うるさい、と忌々しげに答える。
 母親は、背中を向けたまま手を振り、悠然と裏口へ歩き出した。

 この後、オーギュストは、ノイエ・ルミナリエ宮殿を式典のみ使用に留め、旧オルレラン公爵邸を仮政庁とし、私邸をテルトレ離宮に定めた。
 ティルローズはノイエ・ルミナリエ宮殿に移る事にした。そして、ローズマリーは、ボレアス聖域にある『シャルル3世大聖堂』に滞在して、政治とは一線を画した。メルローズは、ティルローズが使っていたカイキアス新市街にあるグリーズ離宮に入った。
 ちなみに、テルトレ離宮は、カイキアス新市街とボレアス聖域の間にあるテルトレ森の中にある。
 それ以外の女性陣は、セリア内に屋敷を構えて、新宮殿完成を待つ。
 特に、クリスティー、ユリア(アフロディースの代役)、カレン、ミカエラ、テレジア、エルザ=マリアら六人は、建設中の新宮殿に、自前の御殿を与えられることになっていた。


【12月、カイマルク】
 氷のような雪が舞い、寒風が吹き荒ぶ中、カイマルクが炎上していた。
 ガノム連邦を構成する教会国家のひとつ、リーア連邦領主大司教領のベムーリン大司教が軍勢を率いて進撃してきた。すでに城門は破られて、街の主要な建物に、ガノム兵が火を放っている。
「マックス・ゴールドシュタインは何処だ?」
 ペーター・リリエンタール州刺史が、主席秘書官に、友人のマックス・ゴールドシュタイン都督の居場所を訊ねた。
「すでに帰国されていらっしゃいます」
 主席秘書官は、沈痛な表情で報告する。働き盛りの年齢に達して、顔の染みや皺に威厳のようなものが芽生え始めていた。
 州刺史の執務室は、町を焦がす炎で黄昏時のように赤く染まり、煙もドアの隙間から流れ込んでいた。
「恥知らずめ……」
 まだ若い次席秘書官が、吐き捨てる。
「口を慎め」
「申し訳ありません……」
「奴には奴の考えがあろう」
「はい……」
 窘められて、次席秘書官は俯いて答えた。
「閣下は如何なさいますか?」
 改めて首席秘書官が問う。
「そうだな。護衛の兵もいないのでは、もはや脱出は不可能であろう」
 小さな微笑を口元に浮かばせ、さばさばした声で告げる。そして、ゆっくりと立ち上がると、背後の棚から、自慢のビンテージブランデーを取り出し、残った部下一人ひとりに、一杯ずつ注いで回る。
「今日までよく私についてきてくれた」
 グラスを掲げて、感謝の気持ちを伝える。
「閣下……」
 部下達は咽び泣く。
 この直後、火が執務室を吹き込んだ。

「ああ、我が母なるカイマルクが燃えている……」
 炎上するカイマルクを見て、仮面の武人アポロガイストが崩れように膝をついた。それを、ヴィユヌーヴが静かに振り返る。
 ここはバラム公国軍の先鋒を務めるヴィユヌーヴ軍の陣中である。アポロガイストとともに、カイマルクのアルティガルド軍と対峙していたが、横から突如、ガノム地方から湧き出てきた、リーアのベムーリン大司教の軍勢にカイマルクを奪われてしまった。
 仮面の中では、アポロニアの魅惑的な美貌が、悲しみに濡れていた。
 きりっとした太目の眉が、わなわなと震えて、くっきりとした二重瞼には、絶望の色が滲んでいる。日頃の高飛車な態度からは想像できないほど、弱々しい泣き顔だった。
「なぜ、このような仕打ちを……」
「アポロニウス殿……」
 ヴィユヌーヴが無感情に声を掛ける。
「ここも危険だ。撤退するぞ」
「ああ……」
 アポロニアは徐に立ち上がり、仮面の奥から呪い言葉をもらす。
「覚えておけ。必ずお前達の街を燃やし尽くしてやるぞ。そして、私の手で、お前たちの首を全て切り落とし、根絶やしにしてやろう。如何なる手段を使ってでも、だ」


【神聖紀1232年1月、セリア】
 テルトレ離宮には、大と小、長方形、正方形、扇形とさまざま会議室があり、かつ、各室の機能もバラエティーに富んでいる。中でも、最も視聴覚的性能や安全性の高い会議室に、ティルローズ、クリスティー、カレン、ミカエラ、テレジア、ベアトリックス、刀根留理子が集まっていた。名目上は、自作の詩を朗読し合う会である。
 会議室には窓がない。高い天井には、巨大なダイヤモンドを思わせるシャンデリアが吊り下がり、灰色の絨毯の上には、円卓が置かれている。
 四方は鏡張りで、その幾つかは隠し扉になって、会議室を取り囲むように通信室、資料作成室、記録室、機器操作室、警備室などに繋がっている。
「ベムーリンとは何者だ?」
 ティルローズが質す。
「残忍で冷酷、短気で傲慢な自信家と聞いています。体格は熊の様に大きく、顔は頬が垂れ下がって醜いとか」
 留理子が答える。
 この会議は非公式だったが、実質、宰相府、元老院、統帥府よりも上位の発言力があった。
「トラブゾンにローテヴェイク、カイマルクにベムーリン、このままでは北辺は大変な事になりましょう」
 テレジアが緊張した声で発言する。
「アフロディース殿からも、援軍の要請があります」
 エルザ=マリアが、テレジアの声に被せるように力強く付け加える。
「今、軍勢を動かす事は出来ない」
 対して、ベアトリックスが低い声で突き放すように言った。先のアルティガルドとの大戦で、主力として戦った将兵はまだ疲労が癒えていない。さらに、予想されるドラゴン戦に向けて、編成を変更している途中でもある。
「そうです」
 ミカエラが毅然と頷く。
「何も不安定なのは、北辺だけではない。セレーネ半島にも、親アルティガルド勢力がサッザ城に集って不穏な動きを見せている。こちらを先に成敗するべきだ」
 ベアトリックスが静かに頷く。彼女はこの会議での軍事の指南役であり、誰もがその発言には一目置かざるを得ない。ちなみに、この二人は学生時代からの親友でもある。
「ともかく――」
 じっと眼を閉じていたクリスティーが、ふいにエキゾチックな薄茶色の瞳を開いた。
「今はアルティガルドとの和平が先決だ」
 一方、政治的なセンスでは、クリスティーが一歩抜け出ているだろう。
「どこまで進展しているのだ?」
 ティルローズが問う。何となく進行役になっている。
「国境を元に戻る事は、一致しているようです」
 留理子が答える。現在、サイトでは家宰マザランとアルティガルドの代表が和平会議を行っている。
「ただ、皇帝僭称を無効にするつもりはないようです」
「プライドだな――」
 クリスティーが苦笑する。
「陛下の下に置かれる事が許せんのだろう。小さな男だ。元々人の上に立つ器ではない」
 全員が厳しい表情で頷く。ここに集っている女性たちは、その身をもって、国を、民を、家族を守っている。
「国境を戻すのならば――」
 沈黙していたカレンが、ようやく口を開いた。
「取り戻した土地は、論功行賞で分配するのではなく、新政府の直轄地とすべきです」
「中央集権国家ですか?」
 クリスティーが意外そうな顔で、笑いながら聞き返した。
「そうです!」
 カレンはここぞとばかりに息巻く。
「変革には時期がある。我々は由緒正しい秩序を取り戻したばかり」
 ミカエラが反対の声を上げるが、いつもの鋭さがない。彼女自身、中央集権国家であるアルティガルドで政治行政を学んだために、論理的に否定し切れない。
「その議題は大きい。陛下を交えて議論すべきだ」
 結局、ティルローズが仲裁する。
「ならば、その陛下は?」
 カレンが問う。
「今日もオークションよ」
 深いため息が、一斉に溢れた。
 この後、全員でハーブティーを飲んで、会議は解散となる。椅子の上に立って頭上高くに掲げた急須からティーカップに注ぐ。そして、音をたてて飲む。ギュスママが残して行った作法だった。

 会議が終わって、女性たちが一斉に出てきた所為に、テルトレ離宮の玄関が急に騒がしくなった。執事や侍女が走り回って、馬車を呼び込み、送り出している。
「そっちじゃない。こっちが先だ」
 采配を振るっているダリ・カスティーヨは、女性の順番に注意を払いながら、ソツなく女性たちを捌いていく。一度、カレンとミカエラの馬車が、どちらも道を譲ろうとせず衝突事故を起こしたことがあり、その後従者同士の大乱闘に発展した。故に、カスティーヨの目配りにも気合が入っている。
「陛下から聞いていると思うけど……」
 順番を持つミカエラが、馬車へ歩き始めたティルローズに声を掛けた。
「フリオとメルローズの件?」
「そう」
「それなら、メルが断るそうよ」
「どうしてかしら?」
 ミカエラは嫌悪感を隠そうとしない。年齢的にも、家柄的にも吊り合っている、と思う。
「知らないわ」
 ティルローズはさらりと他人事のように答えた。そして、ふいに脳裏に感情が吹き上がったのだろう、「不甲斐ないからじゃなくて」とからかうように付け足した。
 ティルローズにすれば、敢えてスピノザ家との繋がりを強化する理由はない、と思っている。
「あなた、もしかして」
 ミカエラの目が細くなり、口調が低く沈む。
「陛下に献上して、機嫌を取るつもり?」
 無論本気で言った訳ではなく、軽い牽制のつもりだったのだが、これに対する反撃は、彼女の思惑を上回る激烈なものになった。
「そんなことになるなら、あのクズを殺して、私も死ぬわ!」


 朝、ゴンドラが色彩の欠けた運河を進んでいく。灰色の空からは、ぼた雪が絶え間なく降り続いていた。
「積もるか?」
「無理だろう」
 セリアでは10年に一度ぐらいしか積もる事はない。マックスは、何か言い出しにくいように渋い表情をしている。
「どうした、里心がついたか?」
 オーギュストは、瓦版から目を上げてからかう。
「別に……」
 珍しく、腹に一物あるように口篭った。それを気に留めながらも、オーギュストは記事の方に意識を傾いていく。
 船がオークションハウスの船着場に着岸する前に、二人は慣れた仕草で跳ぶ。
「敬礼!」
 すでに、護衛の親衛隊が先乗りしていた。先頭に、顔に絆創膏を張ったランがいた。その顔に、オーギュストは、無言で瓦版を貼り付けて歩き去った。
「……どういうこと?」
「姉御、何でしょう」
 ランの背中から回り込んで、猪野香子が瓦版を読む。
「えーと、新春剣術大会において、またも敗れた一番弟子……。無様、ブストスに場外へ突き飛ばされる……。天才剣豪、必ずしも名師匠にあらず……」
 ランの頭から湯気が立ち上り、顔には、汗が滝のように流れている。
「姉御、アイツ怒っていますよ」
「わかっとるわい!」

 軍用コートを脱ぎ捨てると、立派な正装姿が現われる。そのオーギュストに、アメリアとそれに仕えるサラが、進み出て、恭しく挨拶を行った。
 アメリアがこの日の相手を務められるように、サラは粉骨砕身した。大戦以後、オーギュストは極力諸侯との謁見を避けている。女難の相で悩んでいるのだが、他人には分からない。その憂鬱とした態度が、あらぬ噂と疑心暗鬼を生んでいた。特にルブランでは、セレーネ半島北岸地域への転封の噂が耳に入り、戦々恐々としていた。
「それでは、こちらを!」
 胸の谷間を大胆に見せて、オークショニアが、赤い幕を滑るように取り払う。と、スポットライトの下に、『ぶち猫と三毛猫の絵』が現われた。
「どっちが私だと思います?」
 アメリアがまるで試すように訊く。
 アメリアは、オーギュストに会うと必ず質問攻めにした。初めの頃は、一般的な道徳に関するものだったが、次第に文学芸術に及び、最近ではアメリア個人に関する質問が殆どである。
 彼女の中には、根強いオーギュストに対する不信感がある。その才は認めるが、とても人徳があるようには見えない。この男に、ルブランを、世界を任せていいのだろうか、と不安だった。
「ぶち猫」
 即答に、思わずアメリアは目を点にした。
「どうして分かったのですか?」
「アメリアのことなら、何でも分かるよ」
「お上手ですね」
 こういう、誰にでも優しい、というような態度がいやらしい、と思う。だが、ふいに、頬が弛んで笑いが零れた。瞳の中には、星が瞬いている。
「じゃ、次の問題ですね……」
 烈しく動揺している。その所為で、声がやや上擦ってしまう。
 どんな無理難題、荒唐無稽な質問でも、オーギュストはアメリアの気持ちを言い当て、的確な答えを返してくる。もはや偶然とは考えられない。そうなると、何やら不思議な繋がりを意識してしまうのも、年頃の乙女とすれば仕方がないことだろう。
 種明かしをすれば、サラを手懐けたことで、アメリアに関する情報を自由に引き出せるようになっていた、からである。喩え、アメリアが宇宙人やら未来人やら超能力者などと言い始めても、一切動じる事はない。そんなレベルに達している。
 だから、アメリアの欲しい物を絶妙なタイミングでプレゼントしたり、手紙にアメリアの心を射抜く口説き文句を並べて見せたりできる。
 今回の件も、少女時代に『ぶち猫』を飼っていた事も、時々自分と猫を混合して話す癖も、事前に聞かされていた。
「何だっけ……あ、陛下……」
 オーギュストは、アメリアの髪をそっと撫でる。と、アメリアは自然に身体を寄せて、肩に頭を傾けてくる。
「アメリア、かわいいなぁ」
 オーギュストが微笑む。正直、心安らぐものがあった。改め観ると、少女らしい可愛い笑顔と成熟した見事なスタイル、年齢も程同じで、メルローズに酷似している。
「おお、ここだ、ここだ」
 その時、背後のカーテンが揺れて、マックスが巨体を精一杯縮めて入ってきた。その背後にもう一人屈強な男がいる。
「いや〜ぁ、迷ってしまった。そうしたら、偶然、出会った」
 わざとらしい口調である。
「……」
 オーギュストの顎で指示して、アメリアとサラは退室させた。
――あれは、ウェーデリアの……。
 その際、しっかりとサラは男の顔を確認した。
 カーテンの揺れが治まるのを待って、マックスが若者を紹介する。
「こちらがウィリアム・ロイド伯爵でいらっしゃる」
「皇帝陛下のご尊顔を拝し奉り恐悦……」
 挨拶の途中で、オーギュストは手を振った。そして、親しみのこもった声をかける。
「止してもらおう。我ら世代で、貴方の名と武勇を知らない者はない」
「恐れ入ります」
「これと私は、義勇軍の研修時に、貴殿の弓の講習を受けているのだ」
「恐れ多き事」
 マックスに促されて、ロイド伯爵は席に着いた。
 彼は、ウェーデリア公国の有力者であり、グィネビィア妃の兄でもある。弓の名手として国内外に名が轟き、才気煥発、眉目秀麗、ウェーデリア第一の騎士として広く知られる存在である。オーギュストよりも一世代上であり、誰もが憧れた。
「これは私に贈らせて貰いたい」
 ロイド伯爵は、人差し指を一本上げて、競りに参加する。そして、28万Czで落札した。
 無論、この会合が偶然などと言う事は有り得ない。今までアルティガルドに憚って、オーギュストに距離をおいていたウェーデリア公国の方針転換を意味している。この成果として、オードリーが新宮殿内に御殿を持つことが許された。

「今日はやりすぎだな」
 帰りのゴンドラの中で、オーギュストは頬杖をついて囁く。マックスは横を向いて口笛を吹いた。
「嫁がどうしてもって言うから……」
「まだ一緒に居るのか?」
「まあ腐れ縁という奴だな」
 マックスは照れて頭を掻いた。それを誤魔化すように、切り返した。
「俺のことよりもお前の方こそ、今日はよかったのか?」
 オーギュストは不機嫌そうに腕を組む。
「政権を維持すると言う事は、薄汚い行為で手を穢す事も有り得る、と言う事だ。彼女たちは、その自覚も覚悟もなく、呑気に政治ごっこをしている。その空気が寒くて耐え切れない……」
「なるほど」
 ややウェーデリア訛りを語尾に残しつつ、マックスが頷く。
「しかし、北辺はどうなる?」
「パルディア、バラム、ガノムが一枚岩になるなら、俺が出張る必要もあろうが、奴らの中にそれだけの人物がいるとも思えん」
 言いながら、オーギュストは頭を乱雑にかき始め、深い思考の世界に嵌まる。
 バラム公国は単独では兵力が足りない。長い兵站を維持するだけの国力はない。
 パルディアのローテヴェイクは獰猛だが、所詮リードで繋がれた番犬である。テリムのヴィレム3世に使者を送り、停戦を申し込めば動きは容易に止まる。
 ベムーリン大司教の憎悪の対象、あくまでもヴィルヘルム1世であろう。聖エリース教会から使者を送り、聖者と称えてやれば、コントロールは可能であろう。
「なるほど。自滅するのを待つと?」
 それほど簡単な話ではない、とオーギュストは思う。
「戦争に勝つ方法は三つ。武勇で制する。和親で騙す。そして、金品で惑わす」
 カフカが生きていたなら、すべて任せておけばよかったのだが、何処かに代わりはいないかと暫し悩む。
――こいつじゃ、役に立たないなぁ……。
 頬杖をしてため息をつく。

 夜、オーギュストは『ゼピュロス武家屋敷街』にあるルブラン邸を訪れた。猫の絵をアメリアに届けようと思ったからだ。
 館の主、ルブラン公マテオは、玄関に出迎えて、横に控えて平伏した。臣下の礼である。
 すぐに酒宴が用意されて、二人は舞踏家の演技を並んで鑑賞する。
「オルレランのイッポリート殿が病気とか?」
 マテオは、オーギュストのグラスに酒を注ぎながら問う。イッポリートは大戦での疲れが抜けず、起き上がれない状態にあった。
「らしいな」
「オルレランの名跡はどうなりましょう」
 口へ運びかけたグラスが止まった。
「さあ、カレンがどうにかするだろう」
 新政権の政策では、爵位と領土は比例しない。イッポリートは公爵家を正式に継承したが、現在の領土は、サイアに僅かばかり。アルティガルドから返還されるヴァロア州に加増が予定されているが、合わせても10億Czにしかならない。オルレランの旧領土を与えられる話は微塵も聞こえてこない。これにマテオは危機感をつのらせていた。
 故カール5世は、マテオをローズマリーの許婚に指名し、何れは帝位を譲るつもりでいた。この事情から、当初はオーギュストを嫌悪していたが、ともに戦ったことを契機に、自身と家名の命運をオーギュストにかけてみることにした。
 そして、一族髄一の美女のアメリアをオーギュストに差し出したり、アルティガルドとの大戦でも、オーギュストに呼応して戦ったりした。しかし、思うような戦果を上げられず、新政権内での発言力を強化できていない。
「アメリアはお気に召しませんか?」
「そんな事はない。ただちょっと若いせいか、疲れるなぁ」
「……左様ですか」
 マテオは落胆した。

 アメリアが伽の準備をしている最中、オーギュストはサラを洗面室へ引き込んでいた。
――アメリア様には知られてはいけない……
 背中を刺すオーギュストの熱い視線。それを意識すると、罪悪感がこみ上げてくる。
「あ……やめて……」
 オーギュストは白く細い首に吸い付き、紺色の服の上から、胸や尻を撫で回す。
「ああ……」
 忽ち、タイトスカートの中では、じゅっ、という音が鳴り、ショーツを濡らし始めてしまう。
「ほんとうに、ダメです……」
 サラは沸き起こる淫靡な疼きに胸を焦がしながらも、必死に拒絶の言葉を紡ぐ。
 だが、オーギュストはそんなサラの体裁を見透かしたように、大胆にタイトスカートの中に手を入れて、下着の上から秘裂をなぞり出す。
「ああン」
 人差し指の第二間接を噛みながら、甘い喘ぎを零す。溢れ出す愛液で、ショーツはすっかり濡れ切り、レースの縁から白い肌へと滲み出てきている。
「ああ、うう……」
 ふわりとした陶酔感に襲われる。それに不覚にも酔ってしまうと、熱く蒸れた肉襞の内側に、ひんやりとした指の感触を感じる。秘裂をかき回された途端に、股間の奥に快楽の炎が燃え上がっていく。
「あ、あ、あぅん、ん」
 サラの膝がわなわなと震えて、崩れるように前の洗面台に手をつく。そうなると、自然に尻をオーギュストへ突き出す格好となる。
「ああ、お…お尻恥ずかしい……」
 オーギュストはスカートを捲り上げて、濡れたショーツを、容赦なく膝まで擦り下ろす。白桃のような尻が晒され、谷間には蜜に塗れ秘唇と菊座が丸見えとなった。
「嫌がっていた割には、凄い濡れ方だ」
「ああ……ひどい……」
 言葉で嬲られると、甘美な衝動が頭を駆け巡っていく。ぐらりと理性が転倒して、顔が淫蕩に火照り、ひとりでに腰が蠢いてしまう。
「ひ……ッ」
 今にも溶解しそうな秘唇に、オーギュストの指が食い込んで、さらに、クリトリスを小刻みに刺激していく。
 サラはビクンと背筋を反らして、悲痛な呻きを張り上げた。
「あっ、あっ、あっ……」
 ぐちゅ、くちゃ、と掻き乱されると、感度よく反応して、まるで操り人形のように喘ぎまくる。
 淫靡な水音と熱い喘ぎ声が耳を、眼前の鏡に映った雌の本性を現した顔が目を、犯す。
 倒錯的な世界に、膣穴の粘膜はねっとりと溶け出し、熱い波動が秘部から全身へと広がっていく。
――狂っちゃう……また…でも……
 この期に及んでも、サラはアメリアへの忠誠を忘れずにいる。しかし、その背徳感と罪悪感は、言い表せぬ痺れとなって背筋をせり上がり、脳までも痺れさせていく。
 叫びたい、泣き喚きたい、この肉の疼きを口に出したい。
「アアッ……ウ、ウウゥゥ……」
 女の渇きを脳裏に浮かべた瞬間、サラの肉がブルッと痙攣する。蓄積された官能が一気に決壊し、その衝撃の肢体へと忽ち拡散していく。その激しさに、刹那、快楽に我を忘れてしまった。
 エクスタシーに達しても、一旦火の点いた女体の疼きを満たし切れない。すぐに、肉壷の奥深くまで貫いて欲しい、グチャグチャに攪拌されたい、と思う。
 サラは期待に濡れた瞳を、無意識に、オーギュストに向けていた。
「ああ……」
 余りにも切なげな泣き声が洩れる。
 オーギュストは好色に笑いながら、男根を秘唇に宛がう。
「ふぁあっ、あーーん!」
 狂おしい程の欲情を、赤い唇から吐き出す。
「もうダメ、我慢できないのぉ!!」
 サラは夢中で腰をゆすった。その拍子に、匂い立つように熟した膣穴に男根が嵌まる。
「あっ、ああっ!」
 その瞬間、灼熱の官能が身も心の焼き尽くしてしまった。擦れる結合部分から、待ち焦がれた悦楽が迸って、全神経を独占し尽くしていく。もはや肉欲以外の感覚は、何ひとつ残っていない。
「うッ!! あっ、あっ、ああっ!」
――ああ……だめ、この男なしじゃ、生きていけない。もう何も関係ないわ。この快感はあたしだけのものよ!
 何もかも初めから分かっていたのだ。だから、あれほど嫌悪した。もし少しでも触れ合ってしまえば、忽ちその虜になってしまうと理性が警鐘を鳴らしていた。
「気持ちイイーッ! ああ、ああん、はぁっ、あっ、ああああ!!」
 サラはクールな美貌からはおよそ想像できない、獣のような喘ぎ声を連発する。そして、腰は、まるで独立した一匹の獣のように、貪欲に振り立てられていく。もはや己が、掛け値なしの淫乱である事を認めざるを得ない。
 オーギュストは腕を伸ばして、胸を揉み解し、さらに気合を入れて、一度二度とダイナミックに打ち付ける。
「あっ、あっ、あっ、ああんっ!! もっと…もっと激しくおまんこ突いてぇっ!!」
 そして、サラは新境地のエクスタシーへと達していった。
 失神したサラを残して、寝室へ向かう。
 そこに、アメリアがいた。マテオに何か言われたのだろう、表情が冴えない。
「無理をすることはない」
 オーギュストは優しく言った。
「でも……」
 アメリアは俯きかげんに、縋るような表情をした。自分の態度が、オーギュストを不快にしていると思ったからだろう。
「君は人をよく観る。だが、見え過ぎるということは、他のものが見えないと言う事でもある」
 珍しく諭す。それもやはり似ている所為なのだろうか……。オーギュストは遡って、何故今夜ルブラン邸を訪れたのか、と疑問を感じ始めた。
 オーギュストは庭を望むソファーに腰を下ろした。
「俺の機嫌をとっても、何の益もない。今、ティルの腹に子がいる。生まれたらすぐに皇位を譲るつもりだ」
「退位なさるのですか?」
「退位かぁ……そうはならないだろう」
 オーギュストは思わず失笑する。
 ホーランド朝を名乗っているのも、ルミナリエ宮殿に入っていないのも、将来ティルローズとその子の為に、ホーランド朝の降伏という形を取るためである。サリスの歴史の中に、違う血を紛れ込ませるのは得策ではない。
 カール大帝以来、十二代300年の血の歴史を、500年、1000年と伸ばすことで、誰もが皇帝の血に確固たる権威を認めるだろう。その時、皇帝は絶対不可侵の存在へと昇華する。
 だが、その場合、ホーランドの汚名を背負って、メルローズと二人でセリアを離れる事になるのだろうか、ふとそのことに思い至った。
「陛下?」
 アメリアの声が、思考の海に沈んだオーギュストを呼び戻す。
「何れにしても、ドラゴンを退治してからだ」
「ドラゴン……恐ろしい」
 アメリアは呟き、身を固くする。その名を口にするだけで、身体の芯が氷る。
「俺の役割は、人類全体の危機を回避することにある。その後のことは、君たちが考えるべきことだ」
 ああ、この人は天才なのだ、とアメリアは漠然と思った。
――分かる筈がない。
 凡人とは違い価値観で生きている。故に、その心が量れず、周りから誤解されているのだ。
 天才の仕事、とアメリアは口の奥で囁く。 途端に、闇の中に光が差し込む。そして、直接脳へ、天才を援けて世界を救え、と女神の啓示が轟いた。
「男は所詮消耗品と言う事さ」
 オーギュストは道化る。が、その空気を無視して、アメリアは平伏した。
「少しでも、陛下のお役に立ちたいと思っております」
「う、嘘……」
 意味が分からず、オーギュストはただただ目を泳がせる。

 一度覚悟を決めた女は、大胆である。アメリアはベッドに向かうと、仰向けになり、そっと眼を閉じる。
 身にまとっているのは、白い夜着。パーンという音が聞こえそうな爆乳が、荒くなるばかりの呼吸に合わせて、躍動的に薄い生地を上下させている。
 その未熟な心の中では、想像した事もない嵐が吹き乱れていた。恐怖と期待が激しく鬩ぎ合って、一時も安らぐ事がない。
「お嬢さん、人の話し聞いてますぅ?」
 一方のオーギュストにすれば、まるで切り株の前に坐っていたら、ウサギが勝手に頭をぶつけたようなものだろう。だが、だからと言って、目の前の美味の肉を前にして怖気付く男はいない。本能の命じるまま、手を伸ばして腰の帯を解く。
 夜着を剥ぐと、そこには美の女神の偏愛を受けた裸体が存在した。
 胸と腰の辺りに、くっきりと白い水着跡が残り、活発な少女らしいかわいらしさに溢れている。そして、桜色の乳首は小さく、その脇の小さなホクロと合わさって、初々しさを感じさせた。
 しかし、胸は十二分な成長を遂げている。鞠のような爆乳であり、仰向けになっても崩れることなく、見事な半球形を保っている。思わず感嘆のため息をもらしそうになる。
「……」
 まず、腹部に舌を這わせた。
「……」
 そして、両手で乳ぶさを揉む。その量感は素晴らしく、掌にとても治まり切れない。
「……」
 それから、その間に顔を挟む。まさに窒息死しそうな弾力である。
「……」
 その後で、片方ずつ、桜色の小さな乳首をしゃぶった。
「……っ」
 それでも、アメリアは声を洩らさず、唇を強く結んでいる。しかし、目尻には快楽の兆しのように、赤い火照りが生じていた。
 オーギュストは決して焦らず、全身をくまなく舐め尽くしていくつもりだ。またとない、せっかくのご馳走である。その内側に潜む官能の掘り起こし、精神と肉体を存分に蕩けさせてから、じっくりと食さなくては勿体無い。
 腕を掴んで持ち上げて、開いた脇を舐め、そのまま横に倒して、首筋を舐め上げる。左手は乳ぶさを摘み、右手で髪をかき上げる。
「……ッ」
 露になった耳に舌を差し込むと、熱い息を吹きかける。
「……ぁ」
 耳から頬へ移り、それから唇を奪った。舌先で塞がれた唇を、開け、とばかりに衝く。
 アメリアは眉を顰めて、固く拳を握った。
 突然、オーギュストが乳首を抓った。全身を愛撫されて、さすがに乳首は固く尖っていた。
「ひぃッ!? ……むぐぅ」
 アメリアは思わず唇を割る。と、すぐに舌が滑り込んでくる。異物に口の中をおかされて、その余りの不快感に、閉ざしていた瞼に、さらに力を込めて、滑らかだった眉間に鋭い皺を刻む。
「……ん……」
 そして、小さな呻きをもらす。
 オーギュストは下を差し込むと、舌を絡め取った。
 ぷちゅ、ぴちゃ、と舌が縺れて、じゅるぅ、じゅちゅるぅ、と貪るように口を吸い上げる。
「……ん、ん……」
 一瞬、アメリアの裸身が、小さく震えた。そして、薄い唇から、微かなだけ熱気と情感を帯びた息が洩れ始める。
「ん…ん……んぅ」
 キスだけで、アメリアの思考は薄いピンクの膜に覆われて、意識が朦朧としていく。
 その隙に、オーギュストは手を下半身に伸びた。そして、淡い恥毛を掻き分けて、指先が秘唇に触れる。
「ああ……」
 アメリアは控え目な吐息が洩らす。
 オーギュストは真っ白で、しなやかにのびた脚を持ち上げた。
 アメリアは逆らう事ができない。肢体に感覚はなく、自分の身体ではないように、力が全く入らない。
 足先から丹念に舐め始める。足の指、足首、脹脛、膝の裏、太腿の内側と、舌は休むことなく這い続けて、最後に、両足首を持って大きく開くと、そこに顔を埋めた。
「いやぁ、きたぁ……あああっ」
 さも儚げに喘ぐ。
 オーギュストは、二本の指で秘唇を左右に開らいた。鮮やかな色彩の柔肉が外気に晒されて、そこから淫蜜が処女独特の甘酸っぱい香りとともに溢れ出てくる。
「いい香りだ」
「いやぁ……はずぅ…かしい……ぃ」
 メスの誘惑臭に引き寄せられて、オーギュストは膣肉へと舌を伸ばす。
 舌先で、まだ未開封の穴を塞ぐ。それから、舌の腹を押し付けて、新鮮な薄桃色の粘膜の舌触りを堪能しつつ、肉芽へ向かって舐め上げた。
 勢い余って、滴が飛び散る。
「ああっ……あんっ……ああんっ」
 堪らず、アメリアは身悶えた。余りの衝撃の大きさに、それが何なのか認識できない。ただ乙女の本能が警鐘を鳴らしている。無意識に、背で頭上へと這い上がろうとする。
 しかし、いつの間にか、オーギュストは肩の上にアメリアの脚を担ぎ、がっちりと腰を抱え込んでいた。もう逃げようもない。
「ん、んんんん、んんん」
 アメリアの泣きすする声が轟く中で、オーギュストは再び舌を愛液の泉へと沈めていく。そして、粘膜をかき回し、蜜を淫靡な音を立てて吸う。
「ああああーーーっ!!」
 長く喚き、秘裂からは愛液を勢いよく吹き零し、女の淫香を辺り一面へ振り撒いた。
 オーギュストは、もらさず飲み干す。
「ひぃあーーーーん」
 アメリアは、その悦楽な体験に思わず甘い喘ぎ声を発して、凛々しい口から一筋の涎をたらした。
「変になっちゃう、変なっちゃう……」
 そう何度も繰り返して、顔をねじりシーツの中へと押し込んでいった。
 オーギュストは頃合と見て、脚を肩から下ろす。そして、太股を脇に抱えると、未盗掘の膣穴へと狙いを定めた。
 その刹那、アメリアがもんどり打った。凄まじい衝撃が、脊髄を貫いて、脳まで突き抜けていく。まるで身体の中を雷の棒が通っているようだった。
「ひぃーッ! あっ、がっ、ぁーーーぁ」
 暴れ狂う苦痛に絶叫する。それから、白い歯をぐっと噛み締めた。
「いっ、痛い!!」
 身体を弓なりに仰け反らせて、シーツを掴んで捻る。そして、これ以上開かないというほど大きく瞳を広げて、涙を滲ませる。
 だが、オーギュストはまだまだ侵入は続く。
「あっ、はぁ、ああっ、はぁ、あっ……」
 パクパクと魚のように口を開き、息も絶え絶えに喘ぐ。膣内では、粘膜が抉じ開けられる度にパチパチと稲妻が走り、身体を引き裂かれるほどの電撃が、背筋を駆け登って脳を麻痺させていく。
「や、止めてぇ! あ、あ、もう無理よ」
 アメリアの勝気な美貌が激痛に歪み、悲痛な声で訴える。
「これくらいで弱音吐いてどうする」
 オーギュストはさらに奥へと、ゆっくり突き刺していく。そして、ついに最深部の壁まで到達した。
 その時、アメリアの動きが急に止まった。全身に張り詰めていた強い拒絶の意思を、もはや微塵も感じ取る事はできない。
「……あひぃ、あひっ、ひっ、ひぁん、ひはぁん……」
 もうその美しい肢体をすっかり明け渡してしまったのか、オーギュストに合わせて、奇声を発して、手を、脚を、腰を舞い躍らせているだけである。
 アメリアは身体がカァッと熱くなっていた。まるで全身が離反したかのように、何ひとつ感じるものはない。まるで肢体が他人のもののようである。ただ淫猥な鳴き声がどこかで轟いているのが聞こえてくるだけであった。
 オーギュストは会心の笑顔をたたえて、ゆっくりと抜き始める。
 手を伸ばして、美しい乳ぶさをこね回す。
 アメリアの顔は極限まで紅潮し尽くし、泣き声ともよがり声ともつかぬ喘ぎ声を発し続けた。
「ああ、私の陛下、私だけのギュス様。……もっともっと愛して……誰よりも…あたしを……愛してください……」
 アメリアは高熱に魘されるまま、甘えるように口走った。おそらく自分で何を言ったのか覚えてはいないだろう。理性が砕け、純な心の本心が露出したのだ。
 そして、メスの本能が最も楽で、より快楽を得られるように身体を動かす。脚が腰に巻きつき、腕がしっかりと首を抱く。自らキスを求め、口を吸い、舌を絡めた。一体感が言い様も無い満足感を与え、身体の芯が熱く膨張してゆく。自分が今満ち足りていると実感した。
「ああ、し、しあわせっ!」
 アメリアは恍惚の表情をして、高まりを極めていく。


【2月、セリア】
 セリア西の郊外、翠川の上流に、エッダ村があった。セリア近郊という立地もあって、農村は繁栄して大きな屋敷が並んでいたが、今は大規模土木工事よって、村は跡形もなく消滅している。
 赤い大地を掘り返した現場脇の仮設歩道に二つの影があった。
「この人工中州で、翠川の水は内川と外川に3対7に分かれる。そして、水量が増した場合は、中州の裏側で、内川から外川へ水が流れ落ちる。内川は常に一定の水量に保たれる」
 オーギュストが大きな手振りで、工事現場を開設した。
「これで、セリアの水害はなくなりますね」
 アメリアはオーギュストの腕にしがみ付いたまま、嬉しそうに頷く。
「この辺も、森で覆われることだろう」
「素晴らしいですわ」
 寒風が吹く中、二人は身体を寄せ合い、馬車の方へと進む。
「イッポリートが亡くなったのは、聞いているか?」
「はい」
「空席のオルレラン公爵に、君の弟を指名しようと思っている。陪臣のままでは、肩身が狭かろう」
「それはお止め下さい」
 アメリアの否定的な言葉に、オーギュストの足が止まった。
「何故?」
「弟は未知数です。公爵の重責を全うする力があるのなら、何れ天より相応しい役割が与えられましょう」
「無欲だな」
 オーギュストはアメリアの頭を撫でる。アメリアははにかんだ笑顔を作った。
 その時、街道を西へと疾走する馬車を見つけた。その影に、漠然とした不吉な者を感じて、暫し見遣り続けた。
「陛下」
 アメリアの声に、オーギュストは我に返り、手を上げて作業員達の歓声に応えた。そして、二人は防寒着を脱いで、馬車に乗り込む。
 アメリアはチャコールグレイのオフタートルネックプルオーバーの上に、グレンチャック柄でウェストを絞った細身の上着を着て、下はツイードのパンツを穿いていた。装飾品は少なく、髪は品よく結い上げて、お姫様というよりも活動的な秘書という印象である。少しでも、オーギュストの役に立ちという思いの表れであろう。
「陛下……」
 アメリアはオーギュストの隣に坐ると、その体温を求めてぴったりと寄り添った。
 オーギュストは美しく忠誠と愛情を尽くす美少女に食指を動かされた。ぐいっと肩を抱き寄せて、荒々しく乳ぶさを掴んで、揺さぶった。と、アメリアの顔が、妖しく火照っていく。
「ああん」
 短く喘ぐ。
「ひ、人に見られてしまいます……」
 瞳の端で窓を捉えて、恐怖に眉を寄せて、必死に首を振り立てた。
「そ、そんなことになったら、死んでしまいますぅ……」
「大丈夫だ。もう君の身体は、視線さえも快楽に変えられる。さあ心を開きなさい」
 オーギュストが甘く耳元で囁く。そして、パンツの上から、股間を柔らかく撫で回す。
「……はい」
 か弱い声で、アメリアは頷く。
 オーギュストはアメリアの発情した顔を、窓ガラスへ押し当てる。そして、腰を持ち上げて尻を突き出させ、パンツとショーツを一緒に脱がした。
 ショーツには小さなシミがあり、つぅーと一筋秘唇まで糸を引いていた。
 アメリアは期待と不安の複雑に入り混じった瞳を、固く閉じた。ずずっと、男根が膣穴に侵入してくる。
「うぅ、ああん」
 下腹部の奥に、ジーンとした熱を感じる。
――し、子宮に当たっているぅ……。
「ふっ、ぎぃ」
 瞳の縁に涙が浮かぶ。
 しかし、その力強い躍動をはっきりと感じ取る事ができるようになっていた。異物との一体感は、不思議な安心と温もりを与えてくれる。
 オーギュストが胸を揉む。その大きな掌でも治まり切れない。
「ッーーーあ!」
 オーギュストが腰を打ち付ける。
 まるで押し出されたように腹の底から、深い息を吐き出した。眼前のガラスが白く曇る。
 アメリアは顔を手で覆った。その指の隙間から、揺れる風景が垣間見える。
「あっ、あっ、ああっ、あっっ」
 身体の奥で快楽が膨らんでいく。まるで制御できない怪物である。そして、風船のようにどこまで際限なく膨らんでいく。その果てに破裂を見て、アメリアは恐懼した。しかし、ずんずんと突き上げてくる衝撃とともに、熱い疼きが走り、白く霞む視界に凄まじい火花を散らしていた。
「きッ、気をやりますぅーーん」
 アメリアは覚えたてのエクスタシーに達した。回を重ねるたびに、落ちる官能の底が、深くなっているような気がした。


 30分ほどで、馬車は仮政庁に到着した。
 執務室には、家宰のマルセル・ラマディエとヨハン・ファンダイクが待っていた。
「お帰りなさいません」
 挨拶する二人の前を進み、玉座に腰を下ろした。
「何か報せが入ったか?」
「はい」
 ラマディエが顔を上げた。
「サッザ城に立て篭もっている親アルティガルド残党軍に、オルレランの公子トンマーゾ殿が合流したそうです」
 続けて、ファンダイクが顔を上げる。
「トンマーゾ殿は、自分こそがオルレラン公の正統な継承者だと宣言したそうです」
「そいつは――」
 オーギュストは失笑した。
「結構じゃないか」
「はぁ?」
「そうか。奴は生きていたのか。知らぬ仲でもなかろうに、言えば、オルレランなどくれてやるものを。あははは」
 愉快に笑った。
――これがさっき感じだ、不吉の正体だろうか……。
 笑顔の中に、一筋暗い影が差す。


 一週間後、ウェーデリア邸の浴室で、オーギュストは生温い湯の中に横たわっている。
 その浴槽の縁にはオードリーが腰を落として、裸身を捻って屈め、オーギュストと粘りつくようなキスを繰り返していた。
 そして、アメリアの唇が、屹立した男根を、深々と呑み込んでいた。
「…んふっ…ふっ…」
 目を閉じて、酔い痴れた顔を上下させている。
 オーギュストは猫を撫でるように、アメリアの頭を優しく撫でてやる。そして、オードリーも法悦の窮みに染まった顔で、羨ましそうに見詰めている。
「…ん…ふぅん…んふっ…」
 アメリアは目を開くと、咥えたままオーギュストを見上げて、瞳に照れをのぞかせて、嬉しそうに鼻を鳴らす。そして、より積極的に赤い舌がべろりと出した。
 ちろちろ、とまるで蛇の舌のように巧みに動かして男根の先端を刺激し、続けて、ねっとりと舌の腹で全体を舐め上げる。忽ち、男根は唾液に塗れていった。
 そして、オードリーはオーギュストの胸へ舌を這わせながら、左指で睾丸を揉み、右指で男根の根元をきゅ、きゅ、と扱き立てている。
「…あ、あぁ、ん…すてき……」
 口を突き破らんばかりに勃起した男根に、アメリアはたまらず、知性のかけらもない嬌声をあげて悦んだ。
 オーギュストによって植え付けられた官能の芽が、アメリアの無垢な心身を苗床にして、見事な法悦の花を咲かせた。
 浴室には、オーギュスト、アメリア、オードリーのほかに、三人の侍女がお湯の入った壷を持って立っている。射抜くような視線のじりじり感じながらも、アメリアはそれらを被虐の快楽へと変換して、子宮の奥を熱く燃え滾らせている。
 女が男に狂う。肉の交わりがなくては生きていけない……。
 20年に満たない人生ながら、そんな深い性交があるとは想像もしなかった。
 人の喜びとは、慈愛の心を持ち、教養を磨き、生活を律して、誇り高く生きる中に生じるものだと信じていた。だが、今、男根を口いっぱいに頬張りながら、乳首を尖らせて、股を濡らしている。
――ああ、なんと至福の時だろうか……。
 もっともっと性の悦びを教えて欲しかった。
 初めてオードリーの前で抱かれた時、倫理観が悲鳴を上げた。
「こんなの異常よッ」
 切羽詰った叫びを上げたが、奥まで杭を打ち込まれた状態では、逃げることはできなかった。
 他人の視線に晒されて、じりじりと電流が全身を走り、汗腺が尽く焼かれていく。身体中が真赤に燃え上がった。
「ダメよ。こんなのっ!」
 世界が歪んでいく。ぞぞっと快感が全身を包んで粟立つ。そして、大量の潮を噴出していた。
「うぐぅぅぅぅううううん」
 不意に違和感が消えた。ただ次から次に訪れる肉欲に溺れていく。身も心も、もっともっとオーギュストの色に染め上げて欲しかった。
 アメリアは頬をすぼめて、懸命に顔を上下に振る。その為に、どんな奉仕でもすすんで行うつもりだった。
 やがて、アメリアは双乳を突き出すようにして、そそり立つ肉の柱へと近づけていく。そして、豊かな乳ぶさの谷間で包み込み、左右の乳ぶさを寄せて、上下にたぷたぷと動かして扱き始めた。
「こんな事もできるのね……」
 オードリーはこれを目撃して、驚嘆の声を上げた。そして、負けまいと、男根の先端へ舌を伸ばしていく。

「申し上げます」
 そこへ、カーテン越しにファルコナーの声がした。
「何だ?」
「家宰殿らが緊張の会見を望んでおられます」
「分かった」
 オーギュストが立ち上がると、オードリーとアメリアは不服の声を同時に上げた。
――ああ、仲良きことは美しき哉。
 オーギュストの心が感涙している。これも皇帝の権威なのだろうか。皇帝になってよかったと心から思った。

 ガウンを羽織って、オーギュストが執務室へ入った。
「お休みのところ恐れ入ります」
「構わん」
 オーギュストはソファーに坐る。
「先程、ベムーリンが殺され、カイマルクが旧カイマルク公国残党により占拠されました」
 ラマディエノ報告の後に、ファンダイクが続ける。
「彼らはカイマルク公国の復活を宣言致しました」
「やけに手際が良いではないか。詳細は分かっているのか?」
「はい」
 今度は刀根留理子が前へ出る。そして、潜入させていた部下の報告を伝える。
「聖エリース教会総本山より、ベムーリンの功績を称える親書が発せられ、さらに、陛下より空席になっている法王へ就任要請があったそうです」
「そんな話は聞いていない」
 オーギュストは失笑する。
「はい。確認しましたが、そういう記録は一切ありません。しかし、書類の書式、印などは本物と寸分違わずと言う事です」
「なるほど」
「ベムーリンは信じて、親書を携えて来た陛下の使者という者ともに、セリアへ出発しました。が、その道中、宿泊した村での宴の最中に暗殺されました。同時に、カイマルクへ軍勢が侵攻したということです」
「アポロガイスト、あの女か……」
 苦い表情で、オーギュストは呟く。
「間違いないでしょう。問題は……」
「手引きした人間が、我が陣営にいるということか?」
「ご明察、恐れ入ります」
「くだらん世辞はいい。すぐに見つけ出せ」
「御意」
 三人は一斉に、頭を下げた。

 調査はすぐに解決した。
 翌日、非公式にテルトレ離宮に、フリオが呼び出される。これにミカエラも同席した。
「四の五の言わん。女のためか?」
「はい、利用されました……」
 フリオは俯き、白い歯を噛み締めた。
「しかし、後悔はありません」
「上等だ」
 オーギュストは鼻を鳴らして、微笑む。
「申し上げます……」
 すぐにミカエラが口を開いた。それをオーギュストは手で制した。それでも、ミカエラは止まらない。
「いいえ、言わせて下さい。フリオの独断は無法だったかもしれません。しかし、北辺の危機を未然に葬ったではありませんか。あとは、我がスピノザ家が全力を挙げて、カイマルクを鎮めてご覧に入れます」
「分かった。だが、その言は、ミカらしくない」
「……」
 オーギュストは無感情に告げた。それにミカエラは唇を噛む。
「フリオ」
「……はい」
「お前は三つの点で間違った」
 一つは、敵の姿を見誤った。
 一つは、タイミングを間違えて、和平の障害となった。
 一つは、皇帝の権威を汚した。
 オーギュスト三本の指を立てて、言った。
「いいか。ベムーリンは、ソルトハーゲン焼き討ちなどのヴィルヘルムが行った非道を責めていた。それに、アルティガルド国内の不満貴族が呼応する動きを見せ始めていた。このタイミングでなら、更なる譲歩を引き出せたはずだ」
「……」
 姉弟が沈黙する。姉は悔しそうにそっと瞼を伏せ、弟は驚きのあまりに口をぽかんと開いた。
「さらに、今回の件で、サッザ城のトンマーゾは和平に応じないだろう」
 オーギュストはため息とともに眼を閉じた。
 カリハバールの侵攻が予測される状況で、主力軍は、未だ先の大戦の傷も癒えていない。余分な戦争はなるべく避けたかった。だが、セレーネ半島の要衝を放置する訳にはいかない。アルティガルドとの和平交渉に影響を与える可能性もある。公爵位とそれなりの領地を与えれば、トンマーゾなら納得しただろう、と確信するだけに、惜しまれてならない。
「何より、誰もお前の単独とは思わん。俺が黒幕と誰もが思う、必ず」
 言いながら、オーギュストのテンションが上がっていく。
「神聖不可侵の皇帝とは、決して穢れるべきではないのだ!」
 無傷のまま、次に手渡したいと願っていた。
「……申し訳ありません」
 フリオは泣きながら土下座する。
「やってしまった事は仕方がない……」
 オーギュストは頭を掻いて、椅子をくるりと回して、ミカエラらに背を向けた。
――さらば、俺の栄光の日々……。
 心が慟哭する。否、壁に向かった顔も、まるで子供のように情けなく歪んでいた。皇帝とは男に残された最後の楽園なのかもしれない、と真剣に嘆く。
 全員が息を潜めて、オーギュストの背後を見詰めていた。時計の秒針がカチカチと静まり返った室内に響きている。そして、丁度30回秒針が時を刻んだ後、オーギュストは二度三度と咳払いして、椅子を元に戻すと低く唸った。
「俺は謹慎するぞ」
「……仕方ありません」
 ミカエラは責任を痛感して、喉の奥から搾り出すように同調した。
「サッザ城攻略の司令官だが……」
 オーギュストは人選に迷い、口篭った。本来なら、先の大戦に参加していないスピノザ勢に任せるべきなのだが、フリオがこの状態では難しいだろう。
「その役目、何卒わたくしにお命じ下さい」
 フリオが一歩前に躍り出る。
「汚名挽回のチャンスを」
「でしゃばるな」
 オーギュストは一喝した。すぐに横からミカエラが「汚名は返上でしょ。挽回するのは名誉よ」と小声で囁いたので、改め「違う」と絶叫した。
「役目の重大さが分かっているのか?」
「分かっております。主力は動けません。ですが、敵は烏合の衆であり、精密に連携している訳ではありません。何らかの手で、内部分裂を起こさせます」
 オーギュストは、力の篭もったフリオの瞳を真直ぐに見詰めた。この男も乱世を生き抜いてきたのである。必要以上に侮るべきではないのかもしれない、と思った。
 視線をミカエラに向ける。ミカエラはただ黙って頷いた。
 オーギュストはまた目を閉じると、椅子に凭れて天井へ長い息を吹き上げた。
「分かった。お前に任せよう。見事トンマーゾを打ち滅ぼせ」
「はっ」
 フリオは踵を鳴らして、一礼する。
「うん」
 オーギュストは立ち上がると、壁にかかっていた宝剣を取った。
「剣を与える」
「願いをお聞き入れ頂きありがとうございます。この命に代えて大任を果たします」
 オーギュストから剣を受け取ると、フリオは気合の入った口上をした。そして、興奮する顔を一度姉へ向けた。美しい瞳が、虚ろに揺らいでいた。
 後に、この遠征軍の副司令官にフランチェスコ・ブーン、軍監にダリ・カスティーヨが任命される事となる。
「クリスを呼べ」
「はい」
 壁際に控えていたファルコナーが、隣室からクリスティーを招き入れた。
 クリスティーは紫色のドレス姿で、凛然と入ってきた。
「事情は聞いているな?」
「はい」
 自信たっぷりに頷く。
「アルティガルドとの和平交渉の陣頭指揮を執れ」
「畏まりました」
 一礼するクリスティーの姿を、ミカエラは暗い表情で見詰めた。もうミカエラに、クリスティーと競争する資格はない。
――彼女なら、やり遂げるだろう……。
 その時、アーカスとスピノザとの差は決定的となる。


【3月初旬、セリア】
「たいくつだ」
 オーギュストの謹慎が続いている。場所は、セリア南西のリプス宿場にある、オーディン神殿である。
「本は読み飽きたし……」
 ぼさぼさの髪に、無精髭を伸ばして、寝転んでいる。
「創作という気分じゃない……」
 薄暗い部屋の隅には、鯛に靴を履かせた彫刻が仕上げの段階で放置されている。
「ここは流行の一人影ふみでも遣るかなぁ……昨日は神殿内三周したもんなぁでも、あれ、何だか目から汗が……」
 すでに精神の荒廃は極限状態にあった。

 一方、サイトに派遣されたクリスティーは、忽ち和平案をまとめた。
 すでに、捕虜の交換の手順や、国境線を元に戻すことなどはマザランによって決定していた。最後まで揉めていたのが、皇帝位の扱いである。
 この解決のためにクリスティーは、まず、1223年5月に、ローズマリーがテードで第十三代サリス皇帝に即位していた、という捏造をした。さらに、その後、1226年11月に、ローズマリーが病気を理由に退位、ティルローズが第十四代に即位した、という捏造を重ねる。
 つまり、正史では、第十二代カール5世の死後、流転しながらもサリス帝国は継続していた、ということになる。
 そして、西にホーランド朝があり、北にアルティガルド朝があって、三人の皇帝が鼎立していた時代があった、ということなる。
 この正史を一方的に聞かされた民衆は、狐につままれた気分だったろう。
 クリスティーによってでっち上げられたサリス帝国は、現状ノイエ・ルミナリエ宮殿内部だけに存在する。
 その空虚な帝国に、皇帝を僭称したホーランド朝のオーギュストとアルティガルド朝のヴィルヘルム1世が降伏した。こうして、世界は新生サリス帝国のもと、再統一された事になる。
 ちなみに特別処置として、オーギュストとヴィルヘルム1世は、この後も皇帝と同じ待遇を受け続けてもよいことになった。
 その上で、人的交流も決まった。
 オーギュスト側からは、グィネビィア妃の娘シャルロットを出し、かつ、ヴィルヘルム1世側からは、妹のマルガレータを出すことが正式に約束された。

「天は我を見捨てたぁ……」
 これを聞いて、オーギュストはついに力尽きた。突然高熱を出して寝込んでしまう。
 そして、ティルローズは、
「うほっ、ホッホッホッーーーン」
 セリアの空に、歓喜の歌を轟かせた。



緊急アンケート〜メルローズの運命〜
正史万歳、フリオと結婚
正史無視、ハーレム入り


-Mini Vote-


続く


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