エリーシア戦記
...Record Of Ariesia War...
第46章 円孔方木
【神聖紀1229年6月、トラブゾン】
シューズボックス型のコンサートホールには、全トラブゾン上流階級が集まっていた。中原の著名な音楽家ロッシーニのコンサートである。その期待で室温が押し上がり、汗ばむほどだった。
しかし、表の華やかな熱気とは裏腹に、裏方はパニック寸前の大騒ぎになっている。
楽譜庫の奥で、ロッシーニが、遺体で発見されたのだ。
「中止か?」
「観客はどうする?」
右往左往する関係者達の前を、正装したオーギュストが通り過ぎていく。そして、ざわめく観客たちにも、動揺する演奏者たちにも目もくれず、オーケストラの前に堂々と立つ。
唖然とする演奏者たち。しかし、オーギュストが指揮棒を振り上げると、吸い込まれるように、楽器を構えていた。
曲はレクイエム。静かでありながら力強く、かつ、やわらかでありながら、切なくて哀しい。
演奏者たちは、オーギュストに指されただけで、その意図が伝わってきた。指揮棒に煽られるままに手を動かしていくと、その自らが奏でた音で、恍惚とした気分にさせられていく。これほどの演奏をできた事に、自分の事ながら、ただただ感動するばかりである。
――聞こえているか?
オーギュストは思う。
――これが俺からのはなむけだ。
頬を一筋の涙が流れていく。
観客達は、戦乱で散って逝った者たちのために、落涙した。そして、終了と同時に、万雷の拍手を惜しみなく送った。
オーギュストは恭しく観客に頭を下げると、颯爽と舞台を降りた。それからも、軍楽隊を率いて、街中をパレードして廻り、最高潮に盛り上げてしまう。さらには、動物を放って、狩猟祭を始めてしまった。
「馬鹿騒ぎしおって……」
クリストロス宮殿では、留守を預かる宮殿警備隊長ブラウアー大佐が、苦々しく蒸留酒を飲み干した。
「奴らがいくら勝利に浮かれようが、我らがこの宮殿を抑えている限り、トラブゾンの支配者はアルティガルドなのだ!」
部下達へ、ほろ酔い気分で演説する。やや小太りで、温厚な面立ちの男である。任務に忠実で、何事にも誠実に挑む態度から、上からも下かも評判は良かった。ただ酒が入ると、気持ちが大らかになり過ぎる傾向があった。
「狩猟祭など、度が過ぎる」
嫌悪に顔を歪める。
そこへ、『ホワイトファングが庭園に逃げ込んだから、追い出して欲しい』と、ディーン軍から使者が来た。
「ナンだと! お前達は、何処まで低能なのだ!」
と言う風に、激しい口調で息巻いた。
「宮殿の庭園には、高価な芸術品や希少な草花があるのだぞ。傷付けたならば極刑は免れない。『即刻掴まえ、責任もって外に連れ出せ』とお前達の親分に伝えろ」
真赤な顔で目を剥き、喉を痛めるほど大声を張り上げた。そして、酸欠になったのだろう、ソファーにごろりと眠ってしまう。
「だから、ならず者に関わるのは嫌なのだ」
ぶつぶつ寝言を言いながら、深い眠りに落ちていく。
そして、翌朝、ブラウアー大佐は、朝の日差しと小鳥の囀りで気持ちよく目覚めると、
「あれ???」
簀巻きにされて街道に転がっていた。
昨夜、庭園に入った兵士たちは、密かに庭園内に潜み、明け方一斉に宮殿内を征圧してしまったのだ。
宮殿の新たな主となったオーギュストは、埃を被っていた玉座に坐った。その足下には、家臣たちが集まっている。
左から、カフカ・ガノブレード、フリオ・デ・スピノザ侯爵、オスカル・ド・ヴィユヌーヴ伯爵、ルートヴィヒ・フォン・ディアン男爵、そして、フェルディア勢のライラ・シデリウスとキーラ・ゼーダーシュトレーム、最後に作戦を担当したダリ・カスティーヨと居並ぶ。
「ヘルディア遠征、ご苦労だった」
全員を見渡しながら、労いの言葉をかける。それから、キーラに対して絢爛十字勲章を与えて、その功績を称えた。
「ラスカリス・ファン・デルロース侯爵は、残念だったな」
オーギュストが、常識の範疇から礼儀的に述べる。
ラスカリスはヘルディア攻略戦の中で、流れ矢に当たって戦死した。勇敢にも陣頭指揮を取り続けた結果である。生来の武人ではない彼が、ここまで頑張ったのは、オーギュストへの忠誠心と家門の繁栄を切実に願っていた証であろう。
しかし、オーギュストにとって、ヘルディア攻略戦など陽動に過ぎず、ここで上級貴族が戦死する必要は全くなかった。
戦乱がなければ、セリアで貴公子として華やかな人生を送っていただろうに、と漠然と思う。しかし、何よりも、従妹であるメルローズが悲しむだろう、と思うと、その夭折へささやかな哀悼の意を捧げる気にもなった。
「取り敢えず、フリオは港湾管理を、ディアン男爵は市中警備を、そして、ヴィユヌーヴ伯爵は防衛を、このまま継続しろ。皆で手分けして、急場を切り盛りしろ」
そう告げると、ファルコナーへ目配らせして、酒を用意させた。
黄金のグラスが配られ、赤い酒が注がれていく。ドワーフの工芸品と酒である。ヘルディアで接収した品々のほんの一部だった。
一口で飲み干し、口の中を滑らかにしたヴィユヌーヴが、酔いに後押しされたまま、不用意に口を開いた。
「総帥、これからどうなさるつもりか?」
グラスを肘掛に落とすと、オーギュストは相好を崩す。
「不服か?」
「ここまでやれば、アルティガルドが黙っていないでしょう」
一度口火を切ってしまうと、もう止まらない。舌鋒鋭く言い放つ。
「現状でアルティガルドに口実を与えるなど、愚の骨頂」
まだアルティガルドを本気にさせるべきではない、と言うのが、ディーン陣営での共通認識であった。もし雌雄を決する場合があるとすれば、それは、アルティガルドが分裂して、その一方と手を組む場合に限られるだろう、と考えられていた。
「それも面白かろう」
オーギュストは、不敵な笑み口の端に含ませて、平然と言いのける。
「なっ!?」
思わずヴィユヌーヴは絶句する。決して冗談で言っていないことが、その眼光の輝きから十二分に伝わってきたからだ。
「何を驚く」
首筋に冷たい戦慄が駆け抜ける。アルティガルドとの戦いとなれば、アーカスやパルディアなどの比ではない。
「ヴィルヘルムは失敗した。これからアルティガルドは荒れる」
「確かに。しかしアルティガルドは眠れる龍です。敵を見つければ、鎌首を揃えて襲ってくるのは必定」
敵という存在が、アルティガルドを結束させてしまうのではないか、迂闊に動いては、その標的になりはしないか、ヴィユヌーヴの不安が際限なく膨らんでいく。
「龍か」
クックと笑い始めるオーギュスト。
その時、フリオが無配慮に口を開いた。
「強敵と戦うのは、武人の本懐」
勇ましく、無邪気な発言だった。
その後に、具体的な提案もなく、我が従弟ながら、ヴィユヌーヴは二の句が継げない。
「その通りだ」
オーギュストは、芝居がかった仕草で、膝を一つ叩いた。
「アルティガルドに頭が幾つあるのか知らんが、出来ればその全てを相手にしたいものだ。敵が強ければ強いほど、戦は楽しくなる」
舌を滑らかに動かして、軽い口調で言う。
「なんと!」
突然、カフカが大きな声を上げた。予想外の展開に、場内は水を打ったように静まり返る。
「多くの死者を出したばかりというのに、再び大戦を想い描いて、それを『楽しい』とは、仁道に背く言動だ!」
大理石に染み込むような怒号である。
透かさずオーギュストが目を剥いた。
「仁道だけで、この世を渡れるか。勇猛と狡猾を兼ね備えた者だけが家族を守れるのだ。その気概を示した。それが悪いか!」
興奮から、腰を玉座から僅かに浮かしている。
「仁道こそが君主の目指すべき目標。愚者ほど、美食に惑わされて、その奥に潜む毒に気づかぬものだ」
カフカも、一歩も引く気はない。
オーギュストからすれば、まさに「お前が言うな」であろう。カフカは、親愛よりも恐怖で人を支配し、信義を軽んじて成果を優先してきた。まさに目的達成のためなら手段を選ばない男である。そんな男から、今更、仁道を突きつけられるとは、滑稽にしか思えない。
ここには幾つかの機微がある。
一つには、ヴィルヘルムの『ソルトハーゲン焼き討ち』に隠れているが、ディーン軍が行ったヘルディアでの略奪行為も、十分に悪辣な行為と言えた。カフカは、オーギュストを諌める事で、全軍の綱紀粛正を図ろうとしていた。
もう一つは、暗躍のし過ぎで、オーギュストの雰囲気に翳りが生じて、カリスマ性を損ねる事を警告している。古来より、影の多い者を民衆は好まない。
さらにもう一つ、オーギュストとカフカが、単純な主従関係ではないことを、自ら宣伝していた。
そして最後に、これだけの対立をしても、決してオーギュストが処分しない、と承知している。
「銀の氷剣も錆びたか?」
「赤眼も曇ったか?」
ぶつかり合う視線から、今まさに、火花が散るようだった。漂う緊張感は、もはや殺気と言っていいだろう。その中で、切っ掛けとなったフリオは、ただただオドオドと震えていた。
「酔いもさめた。祝宴は終わりだ」
オーギュストはグラスをファルコナーに投げ渡すと、一方的に解散を告げた。
「パルディアとの和平交渉は任せた。その仁道でまとめてみせろ」
「はい」
カフカは毅然と返事した。
大股で、オーギュストは奥へ通じる無人の廊下を歩く。その後をフリオが小走りに追いかけてきた。
「総帥」
派手な装飾の施された剣や、体中のあちこちにぶら下がるアクセサリーのせいで、ガチャガチャと不協和音を鳴らして進んでいる。その音が、狭く長い通路で、不快に反響していた。
「総帥」
もう一度声をかける。それでようやくオーギュストは振り返った。
「お前はカフカ派か?」
不機嫌に問う。
「いえ違います」
慌てて手と顔を振る。
「じゃなんだ?」
再度、深く呻るように問う。
「あのー、今度の戦いでも目ぼしい手柄がなくて……」
フリオはもじもじと俯きかげんに話し出す。
「お前はまだ若い。焦るな」
「はぁ、でも、早く一人前の男になりたくて……。そのー、認めてもらいたい女性がいて……。姉にも紹介したくて……。でも、まだまだ僕は男としての実績がないから……」
やや照れた顔で、だらだらと取り留めのない話を続ける。
「だったら簡単だ」
ふっとオーギュストの顔が晴れて、ぽんと気さくに肩を叩いた。
「へ?」
その呆気ない対応に、フリオは小首を傾げる。
「毎日、天井から剣をぶら下げて寝ろ」
「それだけ?」
「そう」
オーギュストは愉快に笑い上げると、また廊下を歩き出した。
「一週間続いたら、一人前だ」
そして、顔を回して肩越しに言う。
ヴィユヌーヴ、ルートヴィヒ、ダリ・カスティーヨの三人は、謁見室から出て、大回廊を行く。
「困ったものだ……」
廊下を歩きながら、まずはヴィユヌーヴが呟いた。
「戦争をゲームのように考えておられる」
「実際ゲームなのでしょう」
カスティーヨが待ち切れぬように、すぐに答える。
「これでは、女に現を抜かしていた方がありがたい」
再びヴィユヌーヴが、大胆に愚痴った。
「誰が適当な女はおらんのか?」
そして、強い口調でカスティーヨに求める。
「そうですな。出しゃばらず、美形で、気立てが良くて、出しゃばらない女……」
カスティーヨは、思いつく条件を、指を折って数え上げる。
「そんな女性、いますかねぇ……」
突然、一歩遅れて歩いていたルートヴィヒ・フォン・ディアンが、首を傾げて一人前に呟いた。
ヴィユヌーヴとカスティーヨは、一緒に振り返り、しばらく静かにルートヴィヒを眺めていたが、何事もなかったように、無言のまま再び視線を前方へ戻す。
「困ったことになった……」
上官たちが、不景気な顔で横を通り抜けていくのを、サロンから、小次郎、ヤン、アン、そしてダンの四人が見送った。
「何か暗いねぇ」
「ワインが腐っていたんだろ」
「アンの言うとおりだ」
「さあ続き続き」
再び四人は、戦術シミュレーション盤に視線を落とした。
「シュナイダーは、両翼突破包囲殲滅を警戒していた」
ヤンが論じるように囁いて、アルティガルド軍を表す赤い駒を並べる。
「古今東西、この戦法を使って、少数で多数を破った例はたくさん(?)ある。だから、先読みのシュナイダーとしては、自分は最後尾、副司令官バルトハウザーは最先端に布陣して、逆に、両翼の撃破を考えていたのかもしれない」
「でも、ローテヴェイクが取った作戦は、中央突破背面展開だった」
アンは、パルディアを表す黄色駒を指先で摘んだ。
「敵を分断して、左右を各個撃破か……」
そして、慎重に思考しながら、徐に駒を動かす。
「それもあるが、もう一歩踏み込んで考えれば、もしかしたら、中央にシュナイダーが居ると思っていたのかもしれない」
「戦術レベルで戦略レベルの不利を覆すには、敵の司令官を殺すしかない。と言う訳か」
アンの問いに、ヤンが頷く。
「まるで魔術師みたいだな」
横で聞いていた小次郎が、バリバリ駄菓子を食べながら、軽い口調で呟く。
「でも、それこそシュナイダーの思う壺だった。予備戦力を投入して、三方から包囲殲滅という結果になったろう」
ヤンは駒音高く鳴らして、優美な手付きで駒を打ち込んだ。
「そう言えば、シュナイダーって金髪だったっけ?」
どうにも議題に加わり切れない小次郎は、ふわりと思いつくままに、聞きかじった知識を差し挟んでいく。そして、空いた椅子に積み上がっているファイルを勝手にあさり出して、表紙にべっとりと指の跡をつきてしまった。さらに焦り過ぎて、ファイルの山を崩してしまう。
その雑音に、ヤンとアンはちらりと一瞥したが、無表情で議論を再開した。
「だから、先鋒を急旋回させたのか……」
アンは納得して、小刻みに頷く。
「ああ、そう思うね。さらに、偽りの退却で自陣に引き込み、各個撃破に狙う」
「なるほど」
そして、ほとほとヤンの見識の高さに感心してしまう。
「ここで作戦を貫徹していたら、ローテヴェイクは勝てなくても、負けはしなかっただろう。でも、出来れば、戦力を消耗したくない。皇帝との戦いに温存しておきたい、と欲をかいてしまった」
「また司令官と殺す、に戻った訳か?」
「そうだ。成功すれば完勝と評価されただろう。でも、シュナイダーはそれも読んでいた。ローテヴェイクの迫力ある突撃にも、落ち着いて対処して、受け切ってみせた」
「この段階で、戦力を分断させてしまったローテヴェイクが不利になる」
「さらに、敵陣の不備も一発で見抜いている」
「なるほど」
ヤンの解説に、アンが今日何度目か分からない、感嘆の呻り声を上げる。
「ちくしょう。俺抜きで、ナンバーワン争いしやがって」
ダンにファイルを整理させ、小次郎が指の油を舐めながら、取り敢えず悔しがった。
「でも、このシュナイダーよりも、あのアポロガイストの方が強い。世界は広いなぁ」
アンは空を仰いでしまう。
その時、天空に一筋の閃光が走り、男の甲高い悲鳴が轟いた。
「また新入りか……」
小次郎がため息交じりに呟く。
「SOL(鮫の穴専用お仕置きレーザー)からは逃げられないのに、懲りないなぁ」
ローテヴェイク軍は、トラブゾン郊外に布陣していた。急進撃で、アルティガルド軍を撃破したが、そこで物資が底を付き、めぼしい街を占領するまでには至っていない。
至急、本国に補給を要求したが、梨の礫である。業を煮やしたローテヴェイクは、直接兄王ヴィレム3世に直訴するため、傍受される危険を冒して魔術通信を行った。
「トラブゾンなど俺一人でも十分に落とせる。だが、今ならアポロガイストもいる。この好機を逸したら国中の物笑いの種になる」
ローテヴェイクは、不機嫌な表情を魔術通信機に向けている。
「こちらにも算段がある。黙って占領地域を治めていろ」
ヴィレムも無愛想に応じた。王女ヴァレリーが誘拐され、一秒たりとも無駄に出来ない状況なのだ。弟の気持ちまで斟酌している余裕はない。
「戦いは数だぜ、兄貴」
如何にも「現場を知らない」と言わんばかりの声色に、ヴィレムの張り詰めていた神経が切れた。
「正攻法で、トラブゾンが落ちるものか!」
「攻めなければ絶対に落ちん!」
ドンと机を叩く、その衝撃で幕僚たちの兜が浮き上がった。
「すでに手は打っている。黙って見ていろ」
こめかみがぴりぴりと痛み出す。兄は自分を無視して、勝手に事を進めようとしている。ローテヴェイクはそう思い至った。すると、「そう言えばあの時も」と幼少からの記憶が走馬灯のように駆け巡った。
「最善の打つ手とは、刻一刻と変わるものだ。前線に任せて、引っ込んでいろ!」
兄弟の罵り合いは、その後も小一時間ほど続いた。
「公共の電波で何をやっているのやら」
オーギュストが苦笑して、スピーカのスイッチを切った。
「さて、よくやり遂げた。褒めてつかわす」
「お褒めに与り光栄です」
麗しいレースとサテンを組み合わせたビスチェ。それとセットになっている、前を際どくV字型に切り上げ、横と後ろは細い紐のGストリングショーツ。スリムに鍛え上げられた躯や、長くしなやかな脚が、惜しみなく強調されている。そこに、墨色の髪がはらりと垂れて妖艶である。
「今宵は褒美を取らせよう。望みを何なりと申せ」
「はい」
キーラは火照った顔で艶やかに囀る。
「淫らでこらえ性のない、牝奴隷のはしたない牝穴を、たっぷり可愛がってください」
仰向けに寝たキーラは、膝の裏側を支えて、脚を抱くように持ち上げる。そして、左右に開いた長く引き締まった脚で、M字型を描き、濡れ光るサーモンピンクの秘唇を惜しげもなく曝け出した。
こんな痴態を演じるだけで、キーラの瞳はだらしなく揺らぎ、弛み切った唇からは舌がこぼれ出て、涎の滴を垂らしている。
「仲間達の前で、ヨガリ狂わせてやる」
フェルディアのライラとサーシャ、魔術師のシズカ。そして、もう一人新参者を加えた四人が壁の前に立っている。
新参者は、サンドラ・ジラルドである。かつて、二度オーギュストの暗殺を企て、フェルディアの山中では、守護幻獣『ナスティフロッグ』を使ってオーギュストを苦しめている。また、ロボスの戦いでは、一部隊を率いて善戦した。
その彼女が、かつての盟友キーラとライラを通して降服してきた。「もはや行き場がない」と言うのが理由だった。
オーギュストは、その躯を忠誠の証として、提供する事を条件に受け入れる。
全員が全裸である。
身長が一番高いのは、キーラ。
逆に最も低いのが、サーシャ。
尻が一番デカイのは、ライラ。
微乳なのが、シズカ。
逆に巨乳なのは、サンドラである。
女体を並べて見比べるのは、壮観である。
オーギュストが屈んでくると、キーラは思わず男根を掴んで肉壺の入口に導いていた。
「っはッ……」
先端で、入り口を塞がれただけで、窒息してしまいそうになる。待ちきれずに、膣襞をうねるようにざわめかした。
一方のオーギュストも、他に比べようもない熱くやわらかな媚肉の感触に、巨槍の穂先を持ち上げていく。
「あ……はぁぁぁ……」
握った指を押し退ける膨張する巨槍。その逞しさに、キーラは得も言われぬ淫靡な喘ぎ顔をさらした。
だが、快楽に我を忘れかけた一瞬、弛んだ指から、いきり立つ巨槍がすり抜けてしまう。
「いやぁ……ん」
獲物を逃して、大粒の涙を浮かべ、鼻にかかった喚き声をもらす。
そして、その穂先は、固く勃起した肉芽を衝く。
「あっ? ぁッ…ぁッ…ぁんぅ…ひぁあぁぁ…ッ」
コリコリと捏ねられて、ヒクっと腰を跳ね上げる。床に敷かれた獅子の毛皮を無我夢中で掴み、顎を突き上げて、喜悦に濁った悲鳴ともらす。仰け反った貌は、恍惚と熔けろ、睫毛から滴を弾き飛ばすほどに、大きく目を見開いている。
「あ、あ、あッ、んあっ、ふぁァ、イッ……ああ!」
断末魔のように、喘ぎまくる。
「クリトリスをこれほど敏感にして、お前は本当に淫乱だな」
オーギュストが罵る。
「ぁ…だめ……もうやめて……ぇぇぇ」
涙をポロポロとこぼして、一度目の絶頂を告げると、小刻み痙攣する。
「い、いい……あぁん、クリトリス……いくうぅぅううっ!!」
快楽の波が、髪先や手足の指先まで広がっていく。まるで体内の淀みをさらうようで、その心地良さに、暫し見も心も委ねてしまう。
その時、オーギュストが膣穴を一気に犯してきた。
「ッんぅ!」
身を裂かれるような衝撃に、息を詰まらせる。一度目の快楽の波が引く前に、かつ、肢体の痙攣が治まる前に、さらに大きな法悦のうねりを、膣内に押し込まれてしまった。
「ひゃひゃひゃ、もっと…もっと突いてぇ突いてぇ!!」
それから、一気に狂気の表情を浮かべて、けたたましく喘ぎまくった。
小脇に太ももを抱えられて、繰り返して激しく腰を叩きつけられると、官能の高みは、際限なくどんどん上積みされていき、逆に魂は極彩色の愉悦に沈めていく。
「おチンチンすきぃーい! オマンコすごくいぃいいい! いいぃ、いきます! いぐぅううううう!」
目を覆いたくなるような痴態で、身悶える。もうそこにオーギュストの影武者までこなした、フェルディ最高騎士の姿を見出す事はできない。
サンドラは愕然としていた。
――信じられない……。
これがあのキーラだろうか。その戦闘能力の高さを認めた唯一の女戦士だろうか。目の前の狂乱に、思考は空転して、何時しか現実感が薄れていき、夢の中の出来事のように思えてくる。
――こんなの嫌だ!
今すぐにも逃げ出したかった。その想いが、手に伝わったのだろう。強く拳を握っていた。
その腕をライラがきつく掴んだ。はっとして、隣のライラを見る。ライラは静かに横へ首を振る。
――そうだった。これは試練だった!
サンドラは、アーカスを追われた後もさらなる危険を求めて、北辺に下ってきた。そして、パルディア王ヴィレム3世より、誘拐された王女ヴァレリーの救出を依頼された。
当初ヴァレリーの行方は分からなかった。だが、絶対にオーギュストが絡んでいると直感して、トラブゾンに侵入する。
入り込むのは容易だったが、ヴァレリーの監禁場所が分からない。疑わしい地下牢をくまなく探索したが、無駄だった。
そんな時、ライラが現われた。
「こんな所には居ない」
寒々とした地下牢の中で、ライラは語り出す。
「魔術の檻に閉じ込められている」
「それは何処だ?」
「分からない」
「ライラ、手伝ってくれ」
「無理だ。あの男には勝てない」
そう弱々しく告げると、自らのスカートを捲り上げた。
「なっ?」
股間には透明なジェル状のショーツがある。クラゲ型の守護幻獣『ブリッツェンジェル』の変化した姿だ。
「この貞操帯がある限り、私は逆らえない。だが、お前の守護幻獣『ナスティフロッグ』なら勝てる」
「……」
こうして、サンドラはライラの説得を受け入れた。だが、なかなかチャンスは訪れない。
オーギュストの寝室では裸になるため、『ナスティフロッグ』もマジックカードも持ち込むことが出来ない。もっと信用させる必要があった。
「ライラ」
オーギュストは、名を呼びながら、女達の前に立った。
「はい」
「略奪はやり過ぎだ。カフカに付け入る隙を与えた」
「も、申し訳ございません。よ、よかれと思い……」
素直に跪いて詫びる。
「言い訳は許さん」
オーギュストが指を鳴らすと、股間に張り付いているジェルショーツの中で、小さな稲妻が駆け抜けた。
「ひぃぃぃぃっ……!」
忽ち悶絶して、その場に崩れ倒れた。それでも、オーギュストは容赦なく繰り返して指を鳴らし続ける。まるで鮎のように何度も何度も跳ねて、ついには白目を剥いて、激しく裸体を痙攣させる。そして、ジェルショーツの隙間から黄色滴を零れ滲ませた。
オーギュストは屈んで、股間から『ブリッツェンジェル』を剥ぎ取る。無数の細く透明な糸が、膣穴とアヌスから引きずり出された。だらしなく開いた二つの穴が。ぴくぴくと蠢いている。
「他愛もない」
悶絶したライラに唾を吐きかける。
「後ろを向け」
そして、オーギュストは残った女性達へ厳しい口調で命じる。
女達は、振り返って壁に手をつき、尻を突き出した。そして、尻肉を自分の手で広げて、二穴を露出する。それから、一人ずつ室穴の中へ指を差し入れ、その感触を比べて批評していく。
サンドラにも、人差し指と中指を咥えさせた。
――拾い物だったな。このクラスじゃ一番いいスタイルをしている。しばらく精を注いでやれば、曲線にも艶が出るだろう。
着痩せするタイプなのか、それとも、やさぐれた気性のせいか、はたまたハスキーな声のせいか、とてもこんな身体が隠れているとは思えなかった。
静かに、綺麗に伸びた脚の上に乗る、やわらかく膨らんだ尻を、そして、ぐっとくびれた腰を、さらに、その奥で、たわわに垂れた乳ぶさをじっくりと舐めるように堪能する。
――キーラもライラも、あんなにされても我慢しているのだ。私が拒むわけには……。
サンドラは震える紫色の唇を噛み締めた。
カフカは、宮殿の中に与えられた一区画へ向かっていた。門をくぐると、簡素な庭園があり、大小幾つかの建物が不規則に建っている。それらを縫うように進み、玄関で眠る老犬の横を通り過ぎて、客間へ入っていく。
ベッドの上には、幼い子供がいた。その隣では、若い母親が必死に看病している。
「どうか?」
その母親に問い掛けると、ようやくカフカに気付いて、立ち上がって一礼した。
「熱が下がりません……」
「うむ」
カフカは高熱にうなされる幼児を見る。かなり危険な状況にある、と素人ながら思う。
勿論、カフカの子でも妻でもない。シュナイダーの側室と庶子である。妻の名は、ジナイーダ。子はカリン。
子の病が重く、動かす事ができなかった。そのために、逃げ遅れてしまったのだ。
それをカフカが密かに保護していた。最近のオーギュストの様子を見ると、彼女らに何らかの危害が及ぶ可能性があり、かつ、策謀の小道具として利用できるかもしれない、と判断したからである。
ジナイーダは極北ガノム地方の出身で、貴族の令嬢だった。眉目秀麗なシュナイダーの側室らしく、明眸皓歯で女性である。明朗で清楚な雰囲気を持ち、鮮やかに明るく透けるような金の髪が美しい。
「……このままでは、殿に何とお詫び申し上げれば……」
やつれた顔が切羽詰っている。
子が死ねば、自害するかもしれない、とカフカは思う。
「方法がない訳ではない」
「本当ですか?」
一縷の希望に縋るように顔を上げた。
「だが、大いなる代償を支払うかもしれん」
「構いません。この命も差し出しましょう」
凛とした気合が瞳に漲っている。
女は強い、とカフカは心で苦笑した。
翌日、謁見の間に再びカフカの姿があった。二人とも、昨日の対立が嘘のように、穏やかに向かい合う。
「和平の条件に注文でも?」
平然と言う。対して、オーギュストは気にする様子もなく、酒を注がせた。
「もう一つ頼まれてくれ」
「ほお」
「アポロガイストとの対戦を、俺が避けているという噂を流せ」
さらりと早口に言う。
「虚名で煽って、追い込むつもり?」
上目遣いに、カフカは返した。
「そうだ」
「しかし逆効果になる可能性もある」
アポロガイストの能力と戦果を誇大に宣伝していくうちに、計算外に、その実力と意思を信じてしまうお調子者が現われるかもしれない。
「ならば仕方がない。きっぱり諦める。焙り出したお調子者を一掃して終わりだ」
調子よく喋るオーギュストを、カフカは挑発するように睨む。
「そう都合よく行きますかね?」
「奴の柔らかい場所は、すでに俺の掌の上にある」
掌の上にして、顔の前へ運び、そして、ゆっくりとまるで儀式のように一本ずつ指を閉じていく。
「しかし、もし俺が思うようなタイプならば、カイマルクでも何でも欲しいだけくれてやるのだがな」
アルコールをたっぷり含んだ息を吐き出して言う。
そして、ピクリと眉を動かすカフカ。
「そう恐い顔をするな。出来るだけ仁道は守るようにするさ」
「……」
「カーン一族の末裔を探しているようだが、都合よく娘が見つかったらいいな」
そう言うと、グラスを置き、玉座から立ち上がった。カフカは慎重に見詰めている。
「それはそうと。お前と俺、どっちがより悪党だと思う?」
不意にオーギュストは足を止めた。
「どっちもどっちでしょう」
薄く笑う頬に、皮肉を滲ませている。
「だよな」
オーギュストは愉快そうに笑って、奥へと歩き出す。
「これからどうなさる?」
「少し働きすぎたから、南の島で癒されようと思っている。その方が皆良いんだろ?」
「その前に、見て頂きたい患者が」
「ほお」
オーギュストは立ち止まった。
【カイマルク】
「俺の解任は避けられないだろう……」
拘りなく、シュナイダーが言った。射抜かれた肩の傷は幸運にも浅く、ベッドの中から執務を行っていた。
「はい」
ルイーゼが頷く。
財務尚書グレゴール・フォン・ミュンツァーは、北辺の支配強化と権益拡大を狙って、一連の作戦を派閥に所属する軍幹部に命じていた。シュナイダーも積極的に加担していた。
しかし、結果は無残なものとなった。
皇帝ヴィルヘルムの怒りは大きく、本国ではすでに粛清が始まろうとしている。派閥領袖ミュンツァーの失脚も予見させ、作戦を立案した軍幹部は、降格や左遷を免れないだろう。
三勢力鼎立の均衡が崩れて、これからアルテブルグは荒れるだろう。これを生き抜く方策を何としても立てねばならない。シュナイダーは激痛に耐えて、思考を巡らしていた。
「兎に角、カーン一族の末裔を探す事だ」
「はい」
手際よく黒革の手帳を取り出す。
「北辺の恒久的支配を確立するためには、カーンの娘がいる」
「はい、直ちに」
ルイーゼは病室を出る。廊下には数人の部下が待っていた。
「如何でしたか?」
「憔悴されておられた」
「……」
沈黙する部下達へ、ルイーゼは「背筋を伸ばせて」と叱咤した。
「申し訳ありません」
部下の一人が代表して謝罪する。
「パルディアの動きは?」
「補給に困窮している様子。ただし、将兵の士気は高く、音叉が流行しているとか」
「音叉?」
「アポロガイストが常に愛用していたとか」
「……」
ルイーゼは返事せず、歩き出した。
「まず第一に」
背後に従う部下に命じる。
「アポロガイストの探索を最優先する」
「はっ」
ぶちっと持っていた扇子をへし折った。
【ハンナ】
その夜、ルートヴィヒとナン(ナイトハルト・フォン・ディアン)の兄弟は、捕虜を連行して、領地のハンナに到着した。
出迎えた母エヴァは、二人の無事を喜び、手料理でもてなした。そして、食事の後、人払いする。
「カフカ殿がカーン一族の末裔を探しているようです」
「え?」
兄弟は互いの顔を見合ったが、母親の真意が分からない。
「それが?」
口を揃えて問う。エヴァは大きなため息をつくと、ゆっくりと噛み砕いて語り出す。
「妙齢の娘をイッポリートと結婚させてカーン公爵家を復活させるつもりなのですよ。イッポリートはオルレラン出身。今はカレン様に庇護されています。つまり、トラブゾンをサイア王国の属国とするつもりなのです」
「ああ」
と共に相槌を打つ。
「ですから、カフカ殿より早くカーン一族の末裔を見つけ出し、ルートヴィヒ、お前が娶りなさい」
「……」
その瞬間、ルートヴィヒの呼吸が止まってしまった。
「トラブゾンはディアン家の発祥の地です。他のものに渡してはなりません。二人とも群雄として覚悟しなさい」
「いきなりだけど、頑張れ兄貴」
ナンがニヤニヤと兄の肩を叩いた。
「お前もしっかりしなさい。一日でも早くギュス様に認められて、エレナ様(カレンの娘)の婿に選ばれるのです」
「さ、サメ、サメ……」
「ど、どうしたの?」
「アナ、あ、アナ……」
ナンは母親の脚にすがり付いて、震えながら涙を流した。
【ロードレス神国】
ランは、首都ツヴァイトモーントにいた。アフロディースへ書簡を運ぶ役割の他に、編成途中の『エメラルド戦隊』の演習を兼ねていた。
エメラルド戦隊は、親衛隊の中から、剣の才能豊かな少女を選抜した精鋭部隊である。現在ラン以下5人が配属され、徐々に拡大される事になっていた。
「はぁああ! たぁっ、たぁっ、たぁっ」
ランがアフロディースに対して、左右の連打を繰り出す。しかし、いとも簡単に受け流されしまった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「まだまだ無駄な動作がある」
「……はっ…はい」
「もっと一打、一打の意味を追求しろ」
二人は剣術稽古の真っ最中だった。慄然と立つアフロディースの足元で、ランは膝を折り、荒い息で肩を揺らしている。
ツヴァイトモーントは高地にあるため、空気が薄い。少し体を動かしただけでも、息が上がってしまう。
その状況下で、アフロディースは最小限の極めて効率的な動作で、まるで止まっているようである。一方、比べてランは、一々溜めやら反動やらを加味してしまい、より派手で迫力はあるが、体力を無闇に消耗してしまった。
――強いなんてものじゃない……ボクがまるで子供扱いだ……。
二人の力の差は歴然だった。すでに、ランの稽古着は、汗で濡れ、ずしりと重くなっている。
「さあ、もう一本」
「きぁああ!!」
ラン奇声をともに剣を上げて打ち込む。しかし、一瞬の隙で、剣を絡まされて、篭手を鋭く叩かれた。その軽やかな技に、ランはただただ呆然とする。
「考えるな、感じろ」
「はっ、はい」
ランは打たれた腕を押さえながら、返事する。
その光景を、香子は柱の影から見詰めていた。
「姉御、ガンバ……」
稽古の後、ランはシャワーを浴びる。
猫を思わせる大きく、そして、ややつり上がった目。すっきり通った鼻。鋭く尖った顎。光をたたえた湖水のように、奥行きを感じる唇。健康的な小麦色の肌。鍛え抜かれて、引き締まったスレンダーなシルエット。紛れも無い美女がそこにいた。
「うぅ……どうして」
ランは紫色になった手首を擦りながら、不機嫌な表情をしていた。それは痛みからではなく、最近どうしようもない切なさを感じてしまうからだ。
「……あんなことに、ボクは魅力を感じている……」
そっと、泡に包まれた秘唇に、しなやかな指を這わせる。
そのまま指を滑らせれば、するっと入ってしまいそうで胸が高鳴った。が、急に怖くなって、指を止める。そして、いつものように、皮の中に収まっている肉芽を突き、秘唇を擦り始めた。
フェルディア石鹸の甘い香りの泡に包まれて、自慰を行うのが好きだった。しかし、そのフェルディアの石鹸が切れてしまい、通常の石鹸では、どうにも物足りない。どうしても、前ほどの快感を得られないのだ。
胸の奥で、何かが、常に低い温度で燻っている。言いようもない焦燥感で、気が狂いそうになる。
自慰を始めた切っ掛けは、悪夢だった。泡をたっぷりと立たせた浴槽の中で、ついつい眠ってしまった。その時に、鎖で手足を拘束されて、天井から吊り下げられている夢を見た。以来、毎度毎度、淫夢を見まくるようになる。初めはバラバラの設定だったが、次第にストーリーは一つに収束していき、最近ではほぼ決まっている。
裸でライトアーマーをまとい、胸と尻を黒い手が這いまわっている。剥き出しの秘唇には背後からペニスが突き刺さっている。
「バックが……すごいっ、気持ちイイ!」
ペニスが力強くねじ込まれると、髪を振り乱してよがる自分。
「奥に…奥にあたるぅうう!」
さらに深く深く引き込むように、自分で腰を振り、喘ぎ声を上げる。
「弾けっ…ちゃっ…ぅうう!」
その顔は、恍惚として、淫靡に染まり切っていた。口からは歓喜の呻きとともに、涎をだらしなく吐き出していた。
「うぁっ…んっ、あン、ぁあああ!!」
秘唇から吹き飛ばされた愛液が、暗闇の中でキラキラ輝いている。その雫の中で、自分そっくりの分身は、絶頂を向かえていく。
「はっ」
ランは、シャワーを浴びながら、軽い白昼夢を見ていた。
「はぁ〜、またHな夢見ちゃった……」
重い自己嫌悪を感じる。ただ、シャワールームだったのが、救いだったろう。もし、ベッドの上なら、ショーツから溢れ出した愛液で、シーツに小さな水溜りを作っていたかもしれない。
しかし、所詮夢の中の快楽は、指でやる自慰の延長でしかない。本当に交わった時、どんな感触で、どんな感情になるのだろうか。好奇心が心を過ぎる。
「バカバカバカ」
ランは左右の拳で、頭を小突く。
「どうして、こんな夢見るようになったんだろう……」
原因は、あの獣の鬼畜男の傍に居たせいであろう。悪い電波を浴び過ぎて、変な病気を移されたのかもしれない。呪い殺してやりたい気分である。
「さて、もう一度洗い流さないと」
汗と愛液で濡れた股間へ、お湯をかけた。すると秘裂を叩く感覚に、再び頬が朱に染まり始める。
「はぁん。また変な気分になっちゃった……」
ランは指を秘唇へと導いた。
「また、オナニーすんだ……ボク」
罪悪感抱きながらも、指は迷わず、クリトリスへと向かう。
「あっ…んっ、もうっ……イッちゃぅうう…イクっ!!」
凄く敏感になっているクリトリスを摘むと、感じやすくなっている身体は、簡単に火照っていく。
「姉御!」
その時、突然扉が開いた。
「そうだったんですか!」
ニコニコと微笑む香子が立っている。
「ひぃ」
余りのも恥ずかしい状況で、思わず、抗議よりも短い悲鳴をもらした。
「言ってくれればいいのに」
「な、なに?」
香子はさっさと跪いて、ランの股間へ顔を埋めた。
「ひっ、ひゃぁぁぁあんんん!!」
秘唇を舐められて、ランは身悶えた。
「どうしたの?」
その奇声に驚き、慌ただしくアフロディースが入ってきた。
「げっ」
もつれ合う女二人に、凍り付いてしまう。
「ち、違います。これは違うんです」
最上級の狼狽に達して、全身を使って否定したが、アフロディースの冷たい視線は決して消える事はなかった。
【セレーネ半島】
突然だが、話は冬に遡る。
カロリンヌ侯爵家継承戦争を巡って、オルレラン公国軍約8千が、カロリンヌ州に侵攻した。
一方、迎え撃つフランソワ公爵夫人とラウロ・ド・ベアール側には、約3千弱の兵しか集まらなかった。
さらに、国境を接する東部は、平地であり、障害物となる物が少なく、攻め易く守り難い地形をしている。防衛戦には適していないのだ。
また、篭城して持久戦に持ち込んでも、西隣りのセリアから、ガルシア前将軍の軍勢が迫っている。
頼みの綱は、アルティガルドの仲介だけであるが、パルディア遠征を控えて、二正面作戦を回避したいようで、消極的な反応しか得られていない。
それでも、ラウロは民兵を含めて2千強の戦力を率いて、カロリンヌ州東部の古城『モンテ城』に入った。
しかしながら、如何せん城は小規模な平城で、防御力は全く期待できない。唯一期待できる場所は、モンテ川の渡河地点であろう。オルレラン軍側でも、ここを決戦場所と想定して、進撃していた。
だが、ラウロは兵を城内に収納して、あっさりとここを放棄してしまう。これに、オルレランの将帥は、「ラウロは用兵を知らん」と笑った。
懸念していた係争地を簡単に抜けて、オルレラン軍側は勢い付いた。一気に、城下町を駆けて、城門へ殺到していく。そして、城の外郭を瞬く間に落とした。
オルレラン軍上層部は、この時、勝利を確信した事だろう。
しかし、目前の勝利に、警戒心が薄れた一瞬を利用して、モンテ川の上流に隠れていた伏兵が動き出した。
オルレラン軍は思わぬ快進撃で、周辺地域への情報収集と兵力配置が間に合っていなかった。
思わぬ背面攻撃に、オルレラン軍は乱れる。さらに、絶妙のタイミングで、城下町から次々と火の手が上がり、煙に巻かれたオルレラン兵は、袋小路に迷い込んで大混乱に陥ってしまった。
そしてその時、内郭まで退却していたラウロが打って出て、オルレラン軍に痛恨の一撃をあびせて、壊走させた。
さらに、事前に伏兵がモンテ川の堰を切っていたため、敗走したオルレラン軍は足止めされてしまい、渡河地点で、大損害を喫してしまった。
伏兵は、メターナス郡出身の義勇軍が担当していた。ちなみに、リーダーは若い女性で、女神からの信託を受けて決起した、と吹聴していた。
オルレラン軍を打ち破ったラウロは、すぐに、軍勢を西へ向け、カロリンヌ州西部を制圧しつつ、ゆっくりと進軍するガルシア前将軍を、夜襲した。
この戦いの後、日和見をしていた豪族達も駆け付けて、軍勢は一万を超えていく。
しかし、セリアまで追撃したラウロ軍に、セリア守護リシャール・ド・ベアール左将軍が立ち塞がった。
リシャールは「誰であろうと帝都内での戦闘は許さん」と息子を諌めた。
結局ラウロは進撃の命令を下せず、対峙したまま時間を無駄に費やしてしまう。
時間の猶予を得て、ガルシア前将軍は、敗残兵を再編した。尚且つ、オルレラン公国は、前回の倍の1万5千の軍勢を投入して、再度押し寄せてきた。
将兵は浮き足立ち、仕方なくラウロは、カロリンヌ州西部の街まで転進した。だが、この状況下で、豪族の多くが四散してしまう。
深緑色のマントで全身を覆い、フードを深く被った一団が、国境からオルレランへ少し入った所にある小さな修道院に入っていく。ここは、聖パトロ大聖堂の系列で、ファイナ・デ・ローザス司祭が、難民の救済活動を行っている。
フードの一団は、礼拝堂で休んでいた老婆に近付いていく。人数は5人。最も背の低い者がリーダーらしく、他の4人を制していた。
「話を聞かせてくれ」
老婆に金貨を手渡す。
「あれは……」
老婆は静かに語り出す。
事の始まりは、若いエリート司祭がメターナス郡の教会に赴任した事だった。目鼻立ちのはっきりした美男子で、頭も切れる英才である。忽ち町中の女性が噂し、夢中になっていった。その中に、フィオレンティーナという娘がいた。
心優しく明るい娘だった。その彼女が、熱を上げすぎて、怪しげな魔術書を使って悪魔召喚の儀式を行った。当然儀式は失敗して、彼女は失明してしまう。この一件が教会上層部で問題となり、司祭は「風紀を乱した」として囚われて、火刑となった。
彼女はひたすら女神エリースに祈り続けた。そして、奇跡が起こった。男は復活して、自分の眼を彼女に与えたのだ。
再び光を取り戻した彼女は、女神より信託を受けたとして、義勇軍を募った。
老婆の話はここで終わる。この後は、歴史となって伝わっている。
義勇軍はラウロ軍に従って、各地を転戦し、目覚しい武勲を挙げた。そして、ラウロが落ち目になると、独立して、ガルシア前将軍と手を結んだ。
五人組は礼拝堂を出た。
「間違いない……奴だ!」
リーダーが地に響くような低い声で叫んだ。
「行こう」
力強い踏み出しに、迷いはない。
深夜、霧雨がしとしとと降る中、五人組は、カロリンヌ州メターナス郡の教会に現われた。
思い鉄の扉を押し開き、素早く突入する。同時に、厚いマントを脱ぎ捨てた。その姿は、一陣の疾風のような躍動美に溢れ、神秘を思わせる秀麗な容姿を誇っている。まごう方ない、森の守護者エルフである。
スタンドグラスの神々が見つめる中、エルフ達は、整然と鶴翼に広がって迫る。
祭壇で祈り捧げている女性が、立ち上がり、楚々と振り返った。
清楚な紺のワンピース。亜麻色の髪は肩にかかり、前髪は眼の上で切り揃えている。見た目に華やかさはないが、肢体はたおやかで、顔立ちに品があり、目元には、憂愁をたたえているように見える。
そして、最も印象的なのは、怪しいまでに青く輝く瞳であろう。
「フィオレンティーナだな?」
中央に立つ、エルフ王アルトゥーリンが問う。
「エルフとは珍しい。で、ご用件は?」
フィオレンティーナは背筋を伸ばして、淀みのない声で毅然と返す。青い瞳が、射るように冷たく光っている。
「その眼を授けた者に会いたい」
アルトゥーリンの言葉に、フィオレンティーナは、片頬に殺伐とした笑みが浮かべた。
「あなた方も私からあの方を奪うつもりなのですね。赦さない!!」
途端に、清楚な雰囲気が一変した。みるみる目が吊り上り、口元が醜く裂けていく。さらに、綺麗な整えられた髪が逆立ち、小さな角のようなものまで見受けられた。
「やはり鬼か……」
アルトゥーリンは小さく呟くと、素早く左右に目配らせして、全員に臨戦態勢を取らせた。
「殺す!」
呪い言葉を吐くと、フィオレンティーナは、一旦深く瞼を閉じる。それから、禍々しい魔力を漂わせた瞳を開く。その色は、光なきシャドウパープルに染まっていた。
「カーズ!」
おどろおどろしい黒煙が、瞳から、とぐろを巻くように噴き出た。
「危ない。逃げろ」
咄嗟に、アルトゥーリンが跳ねて下がる。
しかし、一瞬遅れたエルフの戦士たちは、漆黒の雲に囚われてしまい、視力と声を失い、肢体を麻痺させ始めた。忽ち、混乱状態に陥り、全くの戦闘不能になってしまった。
さらに、フィオレンティーナはもう一度瞼を閉じた。
「ガトリングパルス!」
開かれた時、瞳は破壊を予感させるガンメタル色に変わっていた。そして、両眼から打ち出される無数の光弾が、礼拝堂内のあらゆる物質を打ち砕き、背後の石壁や鉄扉までも次々に貫通していく。
その凄まじいまでの破壊力と目にも留まらぬ連射速度で、瞬く間に壁は消滅し、崩れ落ちてきた屋根までも、完全に粉砕してしまった。
瓦礫の上に立つフィオレンティーナ。
「1、2、3……4。一つ足りない」
その寒々とした青褪めた顔に、冷たい雨が降り注ぐ。
【7月、リューゲン島】
ドネール湾に浮かぶ無人島リューゲン島で、オーギュストは少し早い夏のバカンスを楽しんでいた。
「太陽がいっぱいだ」
眩い夏の太陽の日差しの元、サングラスをかけ、茅葺の掘っ立て小屋の下、砂の上に敷かれたシートに寝転んでいる。その脇には、もう飲み干したボトルが数本無造作に倒れている。
「ああ、もう飽きた」
砂浜をナーディアが駆けてくる。そして、小屋の外で一旦立ち止まり、両手で空間を切り裂いて、背景を捲った。
小屋は、乳白色の幕で囲まれている。特徴は、外の光りや音は通すが、内からは何一つ洩らさない。
「ねえ、退屈なの」
オーギュストの顔に影を落とす位置に立ち、尻に食い込んだ水着を直しながら言う。
青色フリルの付いたビキニで、首の後ろと背中で結ぶホルタータイプである。胸の中央とパンツ両サイドのリボンがある。
「海があるんだから、泳げよ」
「もう疲れたもん」
「じゃ、パイナップルのジュースでも飲んでいろ」
「もう全部飲んだもん」
「島中のか?」
「ねえねえ、セックスしようよ」
爽やかな笑顔で、ナーディアは大胆な発言をする。
「昼間からか?」
眠そうな目で、ナーディアを仰ぎ見た。
ナーディアは、蝶々結びにした紐の端を摘み、見せつけるように腰を揺らしながら、そっと解いていく。
縛りを解かれて、水着が剥がれ落ちていく。水着跡の白い肌が露になり、小麦色にやけた肢体との対比が鮮やかである。
「どう?」
エステで鍛えた自慢の美肌である。
「あ、ああ…綺麗じゃないかな」
気のない返事をするオーギュスト。
ナーディアはその股間を見たが、反応が薄く、ぷーと頬を膨らませた。
「もーお、いけずぅ」
拗ねたように言った後、瞳に決意を感じさせた。
「よし、立たせてやれ」
ぺろりと唇を舐めて、オーギュストの前にさっと跪いた。
肉棒に手に取ると、指にドクドクと脈が伝わってくる。それだけで軽い眩暈がして、思わず生唾を飲み込んだ。
「ん…ふぅ」
頭を下げて、先端に口付けを捧げる。
ツーンと鼻腔を男の匂いが占めた。ぐわりと思考が歪んで、後頭部が痺れ出す。その雷のような刺激が、じりじりと背筋を焼きながら駆け下りて、股間で渦巻くような疼きを生じさせた。結果、愛液がじわりと滲んでしまう。
「はぅ、ほぅ、ああん、お、美味しい…」
パクリと口に含んで、桜色の唇をぎゅっと締めて、おさげ髪を揺らして頭を前後に振った。
「気持ちイイ?」
咥えたまま、上目遣いで、くぐもった声で訊く。
「ああ、いいよ」
心のこもっていない返事だったが、ナーディアは嬉しそうに目尻を下げ、より一生懸命深く根元まで呑み込んで扱く。
「あ、これ可愛い」
そして、無邪気に囁くと、袋を舌腹で転がし、肛門の方まで舌を走らせていく。
その頃オーギュストは、優しく頭を撫でてやりながらも、覚めた目で横を向く。そして、砂浜で稽古している親衛隊をぼんやりと眺めていた。
「何度言えば分かる。手首に力が残っていたから、剣の動きが鈍いのだ」
「は、はい」
サンドラが部下の一人を打ち負かした。彼女には、新たに加わった外国人隊員が与えられていた。小次郎の『サファイア本隊』から独立した、『アメジスト戦隊』である。他に、編成途中のランの『エメラルド戦隊』があるだけだから、破格の特別待遇であろう。
――あの幕があると、『ナスティフロッグ』の攻撃が遮断されてしまう。もうしばらく従順にしているしかない……。
サンドラはオーギュストのいる小屋を一瞥して、表情を固くした。
その直後、本隊に所属する三人の小隊長、ダン・ディートリッシュ、サン・カステラル、バン・ミッチェルが、対抗試合を申し込んできた。
親衛隊隊員たちは、砂浜の上に大きな輪を作り、その中心で試合を始める。
一番手のバンは、叩かれた腕を押さえながら、輪に戻って行った。隊員たちは、「凄い」「流石だ」と悔しさを滲ませた声で呟き合い、「次こそ」「お前ならやれる」と声を掛けて合って、次々に挑みかかっていく。だが、結局全員が砂に塗れてしまった。
「……ううう。今日こそ勝てると思ったのに……」
ダンが砂を噛みながら、惨めに呻いた。
「実力の差だ。勝ちたければ生まれ直して来い」
それに、サンドラは、三白眼で見下ろして、侮蔑の声を投げつける。
「くそー、いつか必ず、『ぎゃふん』と言わせてやる」
顔面を砂だらけにして誰だか分からない、サンが叫んだ。
「ふん」
サンドラは鼻で笑った。
夜になって、オーギュストは船室に移っている。
「ぎゃふん……」
サンドラが鳴き咽る。
オーギュストに散々全身を愛撫された後、挿入を焦らしに焦らさせた挙句、戦士として屈辱的な言葉を吐かされてしまった。
「……ぎゃふん、ぎゃふん」
ベッドの上で、後ろ手に縛られている。そして、顔をシーツに埋めて、尻を高く掲げた無様な格好を強いられて、まるで負け犬のように、涙を浮かべて鳴き続ける。
「言いました。言いましたから、もう叩かないでぇ……」
情けなくも媚びた声で哀願する。そこに、部下を叱咤し、小隊長たちを打ち負かした戦士の面影はない。
「誰が人間の言葉を喋っていいと言った」
ほろ酔いのオーギュストが悦に入った声で罵る。
「申し訳……ひっ」
お仕置きとばかりに、また尻を叩く。
それに短い悲鳴を連発した。尻肉は真赤に腫れ、ついには、だらしなくも、失禁してしまった。
「み、見ないで下さい……」
「無様だな、サンドラ。南陵天蠍流が泣くぞ」
泣きじゃくって哀願したが、オーギュストには届かず、再び酷く罵られた。
だが、被虐の心が、みるみる昂ぶって、喜悦に顔を火照らせ、肢体を身震いさせ、次第に秘唇を濡らしていく。
――今は耐えるしかない……。
恍惚とした顔をシーツに隠して、そう自分に言い聞かせた。
夜明け前、オーギュストは、甲板に上がった。海上の日の出を毎朝鑑賞している。
濡れた髪を、潮風に靡かせ、着崩した白いガウンの隙間から、湯上りの蒸気をもらしている。
「うむ?」
突然、船の周囲だけ、風が止まった。そして、マストの上に、かすかな気配を感じる。
「何だ、子供かぁ」
月の光を浴びて、銀色に染まった小柄な者がいる。オーギュストは長く息を吐いて、緊張を解く。と、足元に二本の矢が突き刺さった。全く音がしなかった。『静寂の弓』と呼ばれる伝説の武器である。
「子供ではない」
エルフ王アルトゥーリンが、まるで羽のようにふわりと、優雅に舞いながら降りてくる。
「海上でエルフとは珍しい。観光か?」
オーギュストは軽くからかうように話しかけたが、その空気を無視して、アルトゥーリンは至近距離にも関わらず、弓を構える。
「言え!」
「あ?」
いきなりの敵対的態度に、露骨に眉を険しく寄せる。
「お前が仕組んだのか?」
苦々しく、大きく息を吐き、やや伸びた髪をかき上げた。
「疲れる奴だな……おい」
「答えろ!」
じりっと弓を撓らせる。
「私は気が短い!」
「見れば分かる!」
アルトゥーリンの脅しに対して、ついにオーギュストも怒鳴った。
「では、お前じゃないんだな」
「はァ?」
「関わりがないのなら、我らは同士だ」
勝手に和解すると、弓を下ろす。
「自分勝手な王様だな。大体の事情は分かるが、詳しく話せ」
オーギュストは、船縁に腰を下ろした。じっくりと話し合う姿勢を示す。そこへ、眩い朝日が登り、海面が鮮やかに輝きだした。
「この剣を直せ」
「お前、俺の話を聞いてないだろ?」
アルトゥーリンは、背負っていた白い布の包みを広げて、折れた黄金の剣『エレメンタルブレイド』を見せた。
「ほーぉ」
オーギュストが呻る。この黄金の剣は、最強の硬度を誇るルナチタニウムでできている。尋常な力では決して折れない。剣を受け取り、徐に折れた箇所をなぞる。
「相手はマスクドベルセルクか?」
「そうだ」
ようやく会話がかみ合い、アルトゥーリンは小さな袋を投げた。
「ほーぉ、今度はバイオ・ニューラル・ジェルパックか……。またレアなものを」
受け取ると、すぐに表情を渋くした。
「敵のアジトで見つけた。話せ」
「それが他人に物を頼む時の態度か? 誰のおかげで王になれたと思っている」
「そうか。ではもう話さん」
言って背中を見せる。
「まだ何か情報があるのか?」
もはや面倒を通り越して、扱いに困っている。
「交換だ」
「分かった。分かった……」
オーギュストは疲れた顔で、気分直しに海を見た。
「まずは、そっちからだ」
もう理屈はどうでもいい。早くお引取り願いたい、そんな気分である。
「はいはい。こいつは生命体の脳を模した物で、こいつに外部から情報を与えれば、ジェル内に神経回路を作る。無数に組み合わせれば、優秀な人工知能となる。なるほど、これで、ミラーワールドのモンスターデーターを取り込んだわけか。面倒な事を考える」
言い終わると、顎でアルトゥーリンを指す。
アルトゥーリンは拘りなく喋り出した。彼女は別に駆け引きをしようとしていた訳ではない。約束は必ず守る性質である。
「青い瞳の女を見た。鬼のようだったが、詠唱なしに強力な魔法を使う」
「ふーん」
瞬時に表情を消し、澄まして鼻を鳴らす。
「知らんのか!?」
思わず一歩踏み出し、拳を握る。
「時間の無駄だったようだな。一人で決着をつける」
早口に言いまくると、くるりと踵を返して歩き出す。
「まぁ待て。どうやら俺の本業らしい。この件から、お前は手を引け」
穏やかに言ってやったが、アルトゥーリンは立ち止まらない。
「おい」
少し強く呼びかける。それでも一切無視する。
「大事な剣を、そのままでいいのか?」
「……」
途端に足が止まり、無言で戻ってくる。
「都合の宜しいお耳だことで」
オーギュストの嫌味も意に介せず、アルトゥーリンは剣を指差した。
「いつ終わる?」
「せっかちだな。まぁ落ち着け」
「貴様に何が分かる! 私は部下を何人も殺されているのだ!」
凄まじい剣幕で言い放つ。オーギュストはゆっくりと掌で、顔に付いた唾を拭った。
「おそらく、神代三大義眼の一つだ」
「……」
その真剣な声に、思わずアルトゥーリンは固唾を呑んで見守った。
「青瞳(ブルーアイズ)は青魔術。見た魔術をラーニングする。単純な戦闘能力では、英知の水先案内人である赤瞳(レッドアイズ)を凌駕しているだろう」
何れも、神代に多眼人用に開発されたものである。青瞳で魔法の組成を見破り、赤瞳に記憶し、そして、黄金瞳(ゴールデンアイズ)が無から武器を創造する。
まだ魔術黎明期に開発された品物である。
ただ、青瞳は魔に心身を侵食され易く、精神障害をおこす危険性が高い。また、黄金瞳は、世界を滅ぼしかねないほどの膨大なエネルギーを消費するために、現実的に使用不可能だった。
「貴様じゃ勝てないと言う事だな。安心しろ。俺が叩き殺してやる」
「単純だと言っているだろ! どんな耳している」
オーギュストのイラつきが、ついに臨界点に迫った。
「もういい。子供は森に帰れ」
投げやりに言う。
「約束だ。剣を直せ」
「元々俺が貸した物だろ。利子がないのは残念だが、この際、許してやろう」
「貴様ァ!」
アルトゥーリンが再び弓を構える。
「無駄だ。今の俺は真剣だ。瞬殺するぞ」
ゾッとするほどに淡々と警告する。
その時、ドタドタとファルコナーが駆け込んできた。
「お遊びのところ申し訳ございません。シデより緊急通信が入りました」
「何だ」
「はっ、フランソワ様の救援のために、ティルローズ様が、カロリンヌ州にご出陣なさいました」
「……」
くらっと眩暈がした。ファルコナーの声は耳から入ってきたのだが、それが意味のある文章に再生できない。まるで異国の言葉を聞いているようである。
「すまん。もう一度……」
現実逃避した声は、清々しいまでに明るい。
「はっ、ティルローズ様は、後護軍シド・ド・クレーザー威衛将軍に対して、窮地にあるカロリンヌ侯爵夫人様を救出するようご命じになられ、自ら親征なさいました。現在、カロリンヌ州の西境で、ガルシア軍と交戦中」
「……」
オーギュストは膝から崩れ落ちた。
「もう嫌だ。もう嫌になった。俺はもう貝になる……どうにでもしてくれ……」
魂まで枯れ果てたように、ぐたぐたと呟き、仰向けに寝転がる。
「いや、しかし、総帥。急がねば、ティルローズ様が……」
「知らん!」
腕で視界を遮り、白々と明るくなる空に向かって、大きく叫び上げた。
「メルローズ様、直々の通信でしたが、涙で何度も言葉に詰まられ、それから、心労でローズマリー様が寝込まれたそうです」
「……」
むくっとまるでカラクリ人形のようにオーギュストは起き上がる。しかし、首はしな垂れたままで、まるでゼンマイが切れたように動かない。
「あ、あの」
心配して、ファルコナーが触ろうとすると、その直前に、今歯車が突然噛み合ったかの如くカクカクと、首を持ち上げ始めた。
「すぐに騎兵を集めろ。モンベルの森を通って強襲、回収、離脱する」
気合の入った声で命じる。
「はっ」
ファルコナーは拝命すると、すぐに命令を実行するために走り出した。
「と言う訳だ。森内の道案内をしろ」
ぎろりとアルトゥーリンを見遣る。
アルトゥーリンは、無言のまま腕組みして、まるで見下すような視線で返し、顎で黄金の剣を指した。
「はぁ」
深い深いため息をつく。
この瞬間、オーギュストは疫病神の存在を明確にした。
続く