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g_03.gif エリーシア戦記

...Record Of Ariesia War...


[back.gif第四十三章] [本棚] [next.gif第四十五章]
第44章 街談巷説


【神聖紀1228年11月、サイト】
 ガラス越しに見える大森林の暗い影が、流れる水滴に歪曲している。うっすらと不機嫌な顔がガラス窓に写り、オーギュストは白い息を吐きかけた。
 視線を白い曇りの下に落とすと、雨宿りしている商人たちの姿が見える。大粒の雨が屋根瓦を叩き、会話は聞こえない。
「困ったものだ……」
 オーギュストは、商人たちの口の動きに合わせて、台詞を瞬時に作り出す。
「このまま定期便が滞ったら、直に在庫がなくなるぞ」
 エルフ王が大森林を封鎖したため、ワ国との道も閉ざされている。この日、商人たちの悲鳴がサイトの街中に充満していた。
「なんだばかやろー」
 しかし、当事者であるオーギュストの苛立ちこそが、傍目から見ても尋常ならざる状態にあり、面と向かって誰も何も言えずにいる。
 仇敵を目の前にして、退却せざるを得ず、みすみす悲願達成の好機を逸している。今更大森林に戻ったとしても、あの広大な世界を探索できるはずもなく、また、同じ場所でぬくぬくしているとも思えない。
 怒りは、己の未熟さの証であろう。腸が煮え返るようであり、今にも口から零れ出かける罵詈讒謗を、歯を喰いしばってこらえている。
――あのエルフ王に期待するか……。
 赤き瞳の奥に、彼女についての記憶がある。
 かつて、エルフ族に現われた変異体に危惧を抱き、世界の崩壊を防ぐために、その抹殺に動き出した。しかし、この暗躍に気付く者がいた。まだ幼い彼女である。彼女はその無慈悲さと非道さに烈しく反発し、必死に抵抗した。
 最終的に、変化するエルフ族を見限り、その滅亡を決断した。しかし、一瞬の油断を衝かれて、飛び蹴りされた挙句、貴重な剣まで奪われてしまった。
 腹は立ったが、彼女のような若いエルフの可能性を信じ、その変革を受け入れて、行く末を見守ってみようと考えを改めた。
 今から思えば、信じられないほど寛大な処置であろう。その彼女も、もう200歳を越えている。
――所詮、今や俺も人でしかないか……。
 振り返って濃藍の湖を見る。
 今オーギュストは、二つの建物の3階を結ぶ連絡通路の中央に立っている。
――セレーネ半島の争乱と関連している筈……今はそれを探るしかない……。いつか殺してやる!
 心で雷神の如く呟いて、未練たらしく、もう一度大森林を横目で睨んだ。
 そこへ、奥の扉が開いて、マルティナが姿を現す。
「申し訳ありません。やはりお会い出来ません。これはレオンハルト大公のご意思でもあります」
「そうか。ではこれを。ナグモ」
 オーギュストが目配せすると、影に潜むように侍っていた少年が、「はい」と小気味よい返事をして、立ち上がる。
「薬だ。これが護衛として、俺の最後の仕事となる」
 大森林からの脱出の際、マルガレータは足首を挫いてしまい、オーギュストが背負って走った。忽ち、これが街中の噂となってしまった。
「恐れ入ります」
 マルティナは薬を受け取ると、見慣れない小姓に目を留める。
「この少年は?」
「亡くなった猟尸師の子だ。名はナグモ。身寄りがないらしいから、俺が預かることにした」
「そうですか……」
 表情を変えず頷いたが、内心、高貴な者として軽率な行為だと思っている。
「3年で一端の剣士にしてやる。5年で貴公に追いつくかもしれんな」
 オーギュストは、冗談とも本気とも取れる、薄い笑いを浮かべている。
「そうですか」
 マルティナは、興味無し、と言わんばかりの淡々した声で答える。
 その時、不意にオーギュストが、マルティナの肩越しに奥の扉を見た。マルガレータが出てきたのか、と思い、慌ててマルティナが振り返る。しかし、扉の前に誰も立たず、開いた形跡すらない。訝しげに顔を戻すが、今度はオーギュストが元の位置に立っていない。
「耳の形が綺麗だ」
 背後でオーギュストが囁く。マルティナははっと驚き、咄嗟に二歩三歩飛んで、剣を握っていた。その時、オーギュストは、マルティナの影にマジックカードを投げ落としている。
「これで失礼する」
 カードが影に吸い込まれるように消えてしまうと、戸惑うマルティナを残して悠然と立ち去る。

 キツネに摘まれたような顔をして、マルティナは部屋に戻る。と、マルガレータはベッドに寝転んで、本を読んでいた。
「彼は卑劣な方法でリーダーになると、すぐに暴君と化した。くだらないジョークを言った者の首を掴んで、『アルバトロスに下品な男はいらん』と捻り折ったのだ。彼は唖然とする我等に、『俺にとって人間の命も虫の命も同じだ』と言い放った。一瞬博愛主義のように聞こえた台詞の真意に気付いて、ただただ戦慄した……」
 『アルバトロス号の真実』という、カーター(匿名希望)が書いたオーギュストの暴露本である。
 マルガレータは、マルティナに気付くと、本を閉じ、さりげなく枕の下に隠した。
「お帰りになられました」
「そう。興味ないわ」
 マルガレータは、豪奢な黄金の髪をかき上げて、ベッドから起き上がると、わざわざ離れたテーブルへと向かい、そこでお茶を要求した。
「この薬を置いて行かれました」
「そう置いといて」
 素っ気なく答えて、薬に見向きもしない。さらに、薄い雑誌をぺらぺらと捲り始める。
「気が向いたら使ってやるわ」
「ではこちらに」
 マルティナは、サイドボードの上に置く。
「そんなことより、何時まで、こんな所に居なきゃいけないわけ?」
「明日は帰国します」
「また船の中でしょ。街に出たい」
「それは出来ません」
「もういいわ。下がりなさい」
 ムッとした顔付きで、鼻の孔をふくらます。
「では後ほど」
 一々逆らう事もなく、命令通りにマルティナは、一礼して退室した。
 そっぽを向いていた仏頂面が、ドアが閉まる音を聞いた途端に、素早く薬へと向かう。そして、目標をロックオンすると、飛ぶように駆けて、薬を掻っ攫い、ベッドの上に跳ね乗った。
「きっとあれね」
 袋を剥がすと、金メッキされた貝が現われる。それを開くと、小指の爪ほどの軟膏があった。
「何処に隠してあるのかしら?」
 その軟膏を爪先で除け、貝を裏返しするなど、瞳をぎらぎらと輝かせて隅々まで調べ尽くす。しかし、怪しいものは何も見つからなかった。
「何だ。メッセージないのか……」
 再び仏頂面に戻ると、落胆し切った声を落とした。

 マルティナは着替えのために、自室に戻っている。佩いていた剣を壁に掛け、洋服ダンスから割と華やかな騎士風の衣装を取り出すと、レザーベストなどの剣士風の身形を剥いでいく。
 下着姿で鏡の前に立ってみる。自信の欠片一つも見当たらない、暗い顔がある。
「エコエコアザラク・エコエコザメラク・エコエコケルノノス・エコエコアラディーア……」
 不意に、少女時代に流行った魔法の呪文を呟いてやった。
 何時如何なる時も、どうやっても、あの二人の闘いが頭から離れない。たった一呼吸のうちに起こった、まごうことなき実力者同士の真剣勝負。
――忘れていた……
 夢見て、追いかけて、そして、手に入らず忘れかけていた思い。剣士ならば誰もが思い描いた至高の世界だった。
 今、胸の中で、不快極まりない感情が、マーブル模様を作っている。
 これは嫉妬なのだろうか……?
 誰に?
 あの少年……いや、あのランもだ……。
 きっと彼女らは、さぞや立派な剣士に育つことだろう。あの技を間近に見つつ……。
 ああ、私は焦っているのか。
 マルティナは失笑した。その顔が酷く醜い。
 鏡に脱いだ服を投げつけると、ばさりとベッドに転がった。
 天井を仰ぎ見て、額に手を添えると大きく息を吐き出す。それから、ベッドの下に手を差し込み、旅行用の鞄を引き出す。そして、その中から一冊の本を取り出した。
『初めから特別な訓練生というわけではなかった……。
 彼は放課後に質問を持ってくるようになった。二人きりで、教室で指導する。彼は熱心で、素直に私の話を聞いた。みるみる理解していく。何時しか、そんな彼を見守る事が楽しくなった。
 そんな事が二週間ほど続いた。
 突然、彼が、私の手を握ってきた。
 私は動揺しながらも、教官として毅然とした態度で叱った。そして、二度と指導しないことを告げた。
 だが、彼は私を公然と見詰め続ける。廊下で、校庭で、そして、実習の船内で。誰かに気付かれるのではないかと、はらはらした。心臓が破裂するのでは、と震えた。
 まさに二人だけの秘密と言えた。そして、秘密が甘美だと、私は知る。
 こうして、ついに私は再び放課後に彼と二人っきりで会うことにした……。
 それがどんなに軽率なことだったか、すぐに知る事になるのだが……』
 マルガレータが持っていたのとは別の、より過激な暴露本である。アルバトロス号の女性教官との情事が描かれている。
「ああ……ン」
 哀切な声を、凛々しい唇の間からもらした。
「指が…勝手に……」
 手が自然と下半身へと伸びていく。薄い生地の上から秘唇にそっとなぞってみる。それだけで甘い吐息が溢れた。
「ああ……んんン」
 じわじわと生温かな感触が、女の秘所から広がってくる。普段の手順どおりに、胸を強く握り締めた。
「んっ…こ、こんなに……固くなってる……あん」
 指の腹に、ツンと尖った乳首が当たった。これまで、ここまで固くなったことはない。その事実に、心が弾んだ。指の間で挟んで、その感触を確かめる。転がす度に甘酸っぱい思いが、火照った肌を伝わっていく。
「んんっ……んんっ……んんっ……」
 もはや病み付きになった。摘み、弾き、押し潰す行為を際限なく繰り返す。その度に、びりびりと蕩けるような刺激が、脳髄へと流れ込んでいく。そして、暴露本の情景が赤い瞼の裏に浮かび上がった。
『ついに訓練生と関係を結んでしまう……。
 戸惑う私を気にする素振りもなく、彼は私に覆い被さってくる。
 まさに不思議な光景だった。使い慣れた机、見慣れている天井、そして、見覚えのある訓練生の顔。それら全てが、ちょっとした角度の違いによって、ここまで新鮮に感じられるとは、つい数分前まで思いもしなかった。
 私は自分の机に背中を倒し、大きく脚を振り上げている。その脚を、彼は肩に担いで、内股まで濡らした濃蜜の湧水口へ、野太い剛直を突き入れてくる。
「はぁあぁっ……いやぁ……だめえ」
 ついに訓練生を受け入れてしまった。その背徳感から、瞳に涙が浮かび、眉が八の字にしなった。
 だが、その表情が、少年の加虐的な嗜好に火をつけたのだろう、力任せに押し込み、先端が子宮口に届くまで一気に侵入した。
「あううううっ!」
 私はたまらず白い喉を仰け反らせ、爪先を痛いほど折り曲げた。
「あんっ……だめ……あっ、あっ、あっ……」
 子宮から極彩色の奔流が流れ出て、理性も矜持も何もかも押し流していく。もう喘ぎ声を抑え続けることはできない。私は仮面を捨てていた……』
 次第に思考は、酒に酔ったように、麻痺していく。無意識にどんどん指の動きが激しくなっていく。
「んぁあん……イイっ!!」
 陶酔した脳が弾けて、快楽を受け入れた、歓喜の喘ぎ声を挙げる。
「信じられない……こんなに興奮するなんて……」
 まだ昼間であり、仕事が残っている。早く持ち場に戻らなければ、変に疑われてしまう。そんな思いとは裏腹に、指は更なる快楽を求めて蠢いていく。エスカレートする行為を制御できない。
 自慰を覚えて以来、手軽なストレス発散方法として、感情を適度にコントロールしてきた。それが今日に限って昂ぶりを抑え切れない。肉欲が暴走してしまう。
 淫靡に火照った顔をして、もぞもぞと腰を揺すり、ショーツを脱ぐ。そして、曝け出したクリトリスを掻いてみる。
「ひゃぁぁぁっ!!」
 突然、マルティナは背を仰け反らせる、ブリッチの姿勢で、痙攣する股間から、これまでになく激しく滴を垂れ落とした。


 岩田屋旅館。
 宿に戻ったオーギュストは、苛立ちからジッとしておられず、宿の卓球場を整理させて、仮道場にした。
「ほらほらほら、もっとゆっくり!」
「はい」
 北陵流の構えから、ミリ刻みに、少しずつ剣を振るラン。その横では、オーギュストが細かく叱咤している。
「ほら、また軌道がずれたぞ」
 オーギュスは、手首を掴んで、微妙に修正する。
「正しい振りを、肉体に染み込ませていないから、こうなるのだ」
「あ、はい」
 痺れる腕に、ランが苦しそうに頷く。
「また、負ける気か? 負け犬」
「いいえ」
 歯を食い縛り、輝く瞳を剥く。しかし、意思とは裏腹に、肢体が情けなく痙攣し始めた。
「ほら剣先への意識が途絶えたぞ」
「あ、はい」
「肘を下げるな」
 肘を掴んで上げる。
「膝を開くな」
 片膝をついて、膝の内側に寄せる。
「ほら重心は?」
 今度は下腹部の丹田を押した。これには、さしものランも、ぐらぐらとよろける。
「負け犬、しっかり立て」
「ふぁい」
「ほら、軸を感じろ!」
 それから、背後に廻って、腰の辺りを押した。まさに手取り足取りで、熱心な指導を長時間続けている。
 両肩に手を乗せ、肩の力を抜くよう伝えた時、ファルコナーが「総帥」と呼びかけた。
「何だ?」
「稽古中、失礼かと存じますが、白石島二郎様が参られました」
「そうか……。負け犬、今度負けたら額に犬と書くからな。気合入れて、稽古しろよ」
「はい、ありがとうございました」
 オーギュストはそう言い残して、卓球場を出て行く。それをランは死にそうな顔を振り下ろし、無様な礼で見送った。そこに傍観していた香子が駆け寄ってくる。
「姉御、大丈夫ですか?」
「殺されるかと思った……」
 ランは、へなへなとその場に蹲っていく。
「でも、最近急に厳しくなりましたよね。アイツ」
「分からない……」
「人喰鬼は、捉えた人間を、太らしてから殺すそうですよ……」
 さっとランが青褪める。そして、怯えた魚のように目と口をパチパチとさせた。
「どどどど……どうしょう」

「お待たせした」
 障子を開けると、床の間と付け書院のある部屋で、畳の上に絨毯を敷き、猫足のテーブルが置いてある。
「お忙しいところ、時間を頂き感謝します」
 島二郎は立ち上がって、深々と頭を下げて出迎えた。まさに商人の鏡、手本のような礼であった。
「図面と模型を持参しました。ご確認を」
 紫色の風呂敷を解くと、戦艦の模型が現われる。
「うむ、理想通りだな。これが第二艦隊旗艦となる日が待ち遠しいぞ」
 オーギュストは腰を屈めて、少年のように純粋な目で、模型に見入る。ようやくイライラも解消されてきた。
「では、いよいよ建造ですね?」
 島二郎が万感の期待を込めて、意気揚々と問う。
「全てのドックを空けろよ。二番艦、三番艦も建造するぞ」
「あれほど渋っていたのに、急に気前がよくなりましたね?」
 商人の顔で、探るようにささやく。
「ドラゴン退治だと言いさえすれば、幾らでも金は集まる」
 オーギュストは楽しそうに笑った。そして、まさに金のなる木だ、と嘯く。
 第二艦隊はドネール湾での運営を目的に、新造艦と、買い取ったアーカス艦隊の一部を改修して編成されることになっている。
 そして、第二艦隊旗艦として、オーギュストが基本設計を行った『ジェームズ・バイロン級一番艦』を発注する事こそ、サイト訪問の真の目的であった。
「どうです今夜? 一席設けていますよ」
「くだらん飲物で、この気分を壊したくないね」
 オーギュストは青焼きされた図面を食い入るように眺め、脳裏に立体映像を描き上げている。
「では演舞は?」
「女の踊りか……見るより動きたい気分だ」
「では、トントンゲームでは?」
「しっ。あれの片割れ(マルガレータ)が嗅ぎ付けるぞ」
「左様ですな」
 島二郎はやれやれと渋い笑いを零す。
「ああ、あれと言えば……。上の方(レオンハルト大公)が、グィネビィア妃を探しておられるとか?」
「やはりサイトに居るのか?」
 素早い反応で、オーギュストが顔を上げる。
「ご存知なかったのですか?」
「うちは上に行くほど、俺に対して秘密主義になる」
 島二郎はさらに苦笑いして、話を続ける。
「どうやら、下の方(マルガレータ)が熱望した狩に、恋人(オードリー)だけ参加させたのも、この探索のためだったらしいですよ。相当な熱の入れようですな」
「そいつは興味深い症状だな」
 オーギュストは顎に指を添えて、斜に構え、気取った口調で話し出す。
「飼い殺しから解放されて、ついに兄に対する、小さな対抗意識が芽生えたのかもしれんぞ」
「ほお?」
 島二郎も下世話な話には定評があった。興味津々の顔で、聞き入る。
「たぶん兄の女を抱いてみたいのだろう」
 あれは甘美だと、口を滑らせそうになり、オーギュストは慌てて口を閉ざした。肉体が
沸騰するかのように火照っている。今にも頭から湯気が昇りそうだった。
「仰るとおり、小さな反逆ですね。しかし、オードリー殿をあれほど大切していらっしゃるのに、何故でしょう?」
 島二郎がすんなり聞き流したので、オーギュストは心で大きな息を吐いた。途端に、背中に溢れた汗が、冷たく感じられてくる。
「そのオードリーも貴妃エリザベートの妹だ。おこぼれと卑下しているのかもしれん。高貴な人間の考える事は、とにかく複雑だ」
 その時、島二郎が目を細める。
「では、今回の交渉で、花を持たせたのも、自尊心をくすぐる演出ですかな?」
 これに、オーギュストはまじまじと島二郎の顔を見た。
「このまま水軍力を拡大し続ければ、何れアルティガルドとの関係が悪化する、と父も危惧しております」
「俺にそのつもりはないさ」
「しかし、総帥の宗教改革を快く思っていない方々も多い……」
「それなら、あれ(皇帝)も同じだろう?」
「だからこそ恐いのです」
「親父さんに似てきたな」
 そして、このタイミングで片眉を上げて笑った。これこそ悪魔の笑みだろうと思い、さすがの島二郎も閉口した。
「……からかわないで下さい」
「失敬。まぁそこまで考えちゃいないさ。最近俺は馬鹿になったからな」
「ご冗談を」
 思わず島二郎は鼻で笑ってしまう。
「本当だ。守るべき者達を愛するだけで、俺の頭の中は精一杯。つまらないことを考えている暇はないのだ」
「……」
 真意を探るように、島二郎は表情を消し、静かに次の言葉を待つ。
「故に、俺は最強である――」
 次第にオーギュストの目が据わっていく。
「だがこれだけを覚えておけ。俺から髪の毛一本奪おうとするなら、それが神であろうが、悪魔であろうが、俺は容赦しない。まして皇帝など鎧袖一触で葬ってやるぞ」
「……」
 島二郎は息を飲み、総毛立つ思いがした。そして、引き攣った顔を床近くに迫らせるように深々と一礼した。
「冗談だ。俺は平和主義者だ。アハハハ」
 オーギュストは大袈裟に笑い上げて、その肩を気さくに叩いた。

 入れ替わりに、今度はグリューネル(ウェーデリア公国首都)の商人が訪ねて来た。
「ご紹介いたします。木材などを扱いますベルデ商事です」
「閣下におかれましては、ご機嫌麗しく――云々」
 彼らを、同行したオードリーが紹介して、ウェーデリア商人たちが次々に挨拶する。
 オーギュストは、フレイ郡の再開発を始めていた。本格的な拠点として、巨大要塞の外周城壁を崩して、水道橋の水路を作り、道を舗装し、新しい宮殿も建設している。彼らはその資材を受注しようと目論んでいた。
「私たちのために、仇敵を取り逃がしたとのこと、大変申し訳なく思っております」
 オードリーは丁重に礼を述べた。
「子供の命を奪ってまで、成し遂げなければならないことなどない」
 と紳士らしい言葉を告げてみたが、顔は宝物を失くした子供のように、情けない泣き顔になっている。
「痛み入ります」
 その表情に戸惑い、視線を左右に揺らした後、オードリーは、とりあえずもう一度頭を下げた。
「しかしながら――」
 頭頂部で聞いた声は、これまでになく鋭く、威圧的であった。
「これからは俺も多少非道にならねばならんと考えている」
「はぁ」
 ふわりとした返事をした。心はここになく、深い思考の果てにいる。
 オードリーは再確認していた。
――こ、恐い……。
 勇敢な騎士や兵士を、ウェーデリアやアルティガルドの宮殿で、これまでに数多く見てきた。だが、その誰よりも、圧倒的な能力を擁する男が目の前にいる。そして、この男を敵にしてはいけないと、本能が鳴らす警鐘を聞く。
「もし貴女のお父上が、妖しげな女魔術師と手を組むのならば、俺は容赦しない」
「……」
 頭から冷水を浴びせられたように、手足が竦む。出来る事なら、裸足で逃げ出したいが、赤い瞳が射抜かれて、恰も標本箱の中の蝶のように身動き一つできない。意識さえも眩んで、もう少しで昏倒してしまいそうである。
「そうならない事を切に望む」
 オーギュストの言葉だけが、砂に水が染み込むように、脳裏に溶け込んでくる。
「はい、わたくしもそう願います」
 オードリーはぎこちなく頷いた。対して、オーギュストは優しく微笑む。これにオードリーは不思議と全身の緊張が薄れていくのを感じた。
「これからどうなさいます?」
 もうあの威圧感はない。言葉遣いも柔らかくなっている。
「……そ、そうですね。あのー」
「レオンハルト大公とアーカスへ?」
「いえ、もうグリューネルへ帰ります」
「そうか。それは残念だ」
「残念?」
「俺が造る町を見て貰いたかった」
「新しい町ですか。楽しそう」
 何時しか違和感なく、親しく会話している。
「ウェーデリアも開拓の国。そう言われると思った。春にでも是非」
「ええ、そう致しますわ」
 オードリーは屈託なく返事していた。


 翌朝、オードリーは、気だるさの中で、目を閉じている。まだ快楽の名残が肉体の内側で渦巻き、肢体はだらけて、頭は痺れている。
 昨夜は声を出してしまったかも……。
 何時も以上の昂ぶりの中で、ふっと暗闇を見た。恐ろしくなり戻ろうとしたが、力強い腕に掴まられて、さらに深い所へと引き込まれていきそうになった。その混沌の窮みで、何かを叫んでしまったような気がする。それを確かめるのが恐くて、何時までも、瞳を開けずにいる。
 男女の交わった香りがする。隣で寝ている男が、体を動かしたせいで、布団の中に篭もっていた空気が零れ出た。むせ返るような匂いは、また情事のときの甘い感覚を蘇らせる。
「あ……」
 オードリーは喘いだ。男の腕が、裸の肩を掴んだからだ。
「本当に昨日は凄かった。もう一回どう?」
「もうダメよ」
「いいじゃないか?」
 男、婚約者のレオンハルトが、首筋にキスをしてきた。
「もうー」
 不満そうに声を洩らす。が、ばれていないと心では安堵の息を吐く。ようやく目を開くと、部屋の中は、眩く、輝いている。
「え? もうこんな時間?」
 朝の余韻は、想いの外長かったらしい。慌てて上体を起こす。そして、念のために時計を確かめて、もう一度驚いた。
「信じられないわ」
 急いでベッドから抜け出すと、床に投げ出された下着を拾い、身に着けていく。
「もう行くのか?」
「ええ。早く戻らないと気付かれてしまう」
 レオンハルトとは婚約して、一年ほどになるだろう。姉の見舞いに訪れた時に、初めて出会った。眉目涼しく、女性のような口をした繊細な貴公子だった。少女の頃から思い描いていたような相手であった。ひと目で恋心を抱いた。
 しかし、父も兄も反対した。そして、二人して「あれは軟弱だ」と蔑んだ。アルティガルドへ姉妹二人を献上すれば、ウェーデリアが軽く見られるという意見も聞いた。だが、「男はもっと逞しい方がよい」と尤もらしい助言の裏に、結局は国内の有力者ウィリアム・ロイドと婚約されて、内政を安定させたいという思惑が透けて見えた。
 父兄の策略を看破した時、父兄の存在が軽く感じられた。そして、腹が据わると、自分でも驚くほど大胆になれた。
 夜を共にするのは、正式に婚約した後だったが、最初の行為の後、取り返しのつかないことをした、とオードリーは深く後悔した。
 レオンハルトがした、させた行動は、それまで漠然と抱いていたものとはかけ離れていて、信じられないほど生臭かった。強い罪悪感に打ちしおれたが、ただ相手が婚約者であり、もう直に夫と呼ぶようになることが、唯一の心の慰めであった。
 しかし、この夜は少し違った。自ら情を求めた。何かが心の中で蠢いている。その正体が分からず、烈しくイラついてしまう。それを忘れようと熱く交わった。正常位で行い、次に尻を与えた。若いレオンハルトは狂い、口を求めて、思うさま汚した。
 そこで垣間見た底知れぬ快楽の闇に、オードリーは自らを恥じた。
――愛する男の腕の中で、別の男の名を呼ぼうとした……。なんてあさましいの……。


 昼前、オーギュストは港に出向いた。表面的な目的は、レオンハルトの見送りである。
 白一色のロビーに、赤い長椅子が整然と並んでいる。いつもなら出入国の人で溢れている場所だが、警備のために閉鎖されて、この時は誰もいず、静まり返っていた。
 オーギュストが一人静かに歩いて行く。不意にその足が止まった。
「一緒に行くのか?」
「ええ」
 赤い長椅子を挟んだ向こう側に、クリスティーが立っている。
「利巧とは思えんな」
「そうかしら」
 オーギュストは小さな動作で、クリスティーに向き直る。それに、クリスティーは警戒して、無意識に半身となった。
「組むべき人間を間違えれば、身の破滅を招くぞ」
「貴方も変な小細工はもう止める事ね。アルティガルドの情報力の前では無意味よ」
「小細工?」
「とぼけても無駄。貴方がオードリー殿を丸め込もうとしている事は分かっているのよ」
 にわかに、オーギュストの口元が弛む。
「やはり君は組むべき者をもう一度考え直すべきだ。素晴らしい才能を有していながら、真の開花へ導ける者が側になく、活用できる場所も与えられていない」
「それが貴方とでも?」
「答えはもう分かっている筈だ」
「随分な自惚れね」
「だからこそ君はここに居る」
「はぁ?」
「深慮遠謀の果てに、遠くからでも、他人を自在に操れる君が、今こうして俺の目の前にいる。薄氷を踏むような危険を顧みずに、だ」
「……」
「答えをすでに君は知っている。ただ戸惑って、素直になれないだけだ」
「減らず口もそこまでにしなさい。最後に勝つのは私よ」
 クリスティーは烈しい口調で言い放つと、踵を返して、一番ゲートへと消えていく。
「我ながら、お節介だな」
 足元へ向かって失笑すると、オーギュストは、四番ゲートから降りた。

「それは後でいい。こちらの荷物を先に積め」
 桟橋を歩くマルティナの前に、すっとオーギュストが立ち塞がる。
「まだ何か?」
「うちの不肖の弟子が、再戦を望んでいる」
「師匠自ら再戦の申し込みですか? 随分弟子を可愛がっていらっしゃるのですね?」
「アイツは何れ俺をも越える器だ」
「ほぉ」
 呟いて、眼光を鋭くする。
「そう言う事でしたら、また縁があれば、その時には是非」
「よろしく頼む」
 小さく頭を下げ合って、二人はすれ違った。その時、オーギュストはマルティナの影をさり気なく踏む。そして、その足を擦ってずらすと、真っ黒なマジックカードがウッドデッキに貼り付いていた。
「うむ? あれは……」
 カードを拾いながら、ふと岸壁の端に見覚えのある船を見つける。そして、フンと鼻息荒く、その船へ歩き出した。

「どうして俺のカルボナーラ号がサイトにあるんだ?」
 甲板に乗り込んで、いきなり言う。
「貴方の物を私が使って文句ある訳?」
「文句じゃない。理由を聞いているんだ」
「貴方の物を私が使うのに、理由が必要な訳?」
「普通そうだろ?」
「普通って何? 貴方と私の関係が普通だとでも言うつもり?」
「つもりも何も、関係はこの際関係ないだろ。問題は理由が普通かどうかだ」
「そうやって、はぐらかすつもりね。いつもそう!」
「何時俺がはぐらかしたと言うんだ?」
「いっつもそうじゃない。今だって重要な事は、貴方が私を信じているかどうかなのに、誤魔化そうとしているじゃない!」
「おいおいおい、俺の事を信じてないのは君じゃないか。俺は常に君に真摯に向き合ってきた」
「はぁーあ? 冗談じゃないわ。真摯な人間が、そうやって怒鳴り散らす訳?」
「怒鳴っているのは君だろ」
「そうやってぜんぶ人のせいにする! もうウンザリだわ」
「俺のせいにしているのは君だろ」
「ほら、今また私のせいにした。はいはい、ぜんぶ私が悪いのよ。どうせ、この世から戦争がなくならないのも、ぜんぶ私のせいと言いたいのでしょ」
「何もそこまで言ってないじゃないか」
「言ってます。その目が言ってます!」
「俺の目はそんな器用じゃない」
 やや揚げ足取りのような言い方が、核爆発のスイッチとなった。
「いつも『俺に不可能はない』と言っていたじゃない。そうやって私に嘘ばかり吐くのね。もう騙されないわ!!」
「嘘なんて一度も言ってないだろ」
「ほら、ダウト。一度も嘘を吐いた事がない人間なんている訳ないでしょ。貴方の人生ぜんぶ嘘。嘘、嘘、嘘ッ!!! 貴方の言う事やること全部嘘!!!」
「あーぁあ、そうですか。もう結構だね。全部嘘でいいよ。もう知らん」
 鉄をも溶かす熱い視線をぶつけ合いながら、額に青筋を張らせ、目尻を吊り上げ、唇をひん曲げて、オーギュストとティルローズは、言い争っている。今この二人に近づける勇者は、この世に存在しないだろう。
「そうやってすぐに切れる。まるで子供ね」
「子供? 子供はお前だろ」
「お前? 誰に向かって言っているの?」
「お前はお前じゃ!!」
「ウェーデリアの田舎騎士のこせがれ風情に、お前呼ばわりさせる所以はないわ」
「あっ、あっ、今、ウェーデリアを馬鹿にしたな」
「したわよ。それがどうかしの? あぜ道しかないくせに。悔しかったら、舗装してみなさいよ」
「あっ、あっ、今、農道を馬鹿にしたな。セリアにだって、農道があるのを知らんのか」
「農道なんて馬鹿にしてないじゃない。あんたを馬鹿にしたの、あんたを。そんな事も分からないから。ならず者は困るのよ」
「ならず者っていう奴がならず者なんだよ」
「はぁーあ? 私がぁならず者ぉですってぇ? サリス帝国第12代皇帝の第二皇女を、ならず者扱いするつもりなの?」
「え、えーと……」
 ついにオーギュストが口篭ってしまった。この好機を見逃さず、ティルローズはさらに畳み掛けていく。
「私は何と罵られても仕方ないわ。所詮不甲斐ない娘でしかなかったのですから。けど、お父様を、サリス帝国を馬鹿にされちゃ、黙っていられないわ。サリスのために流された全ての血を、散っていった全て英霊を、ここまで冒涜されて、カール大帝の末裔の一人として、絶対に許す訳にはいかないわ」
「今のは俺の、俺の間違いだ」
 頭をかきながら、渋々謝罪する。
「いつもそうっ。そうやって表面だけで謝れば、何でも許されると思っている」
「思ってないって。じゃ、如何すればいいんだ。土下座でもしろというのか?」
「そうやってすぐ開き直る」
「分かった全部俺が悪い。もう認めます」
 眉を八の字にして、ティルローズの手を馴れ馴れしく触る。一度目はあっさりと跳ね除けられ、二度目も振り解かれ、三度目は振っただけで、手は繋がったまま、振り子のように揺れる。
「嫌。絶対に許さない」
「許してくれよ。俺はお前がいないとダメなんだ。知ってるだろ?」
「うそ……知らないわ」
 さらにもう一方の手首も掴み、両腕を揺らす。それから、間合いを詰めて密着すると腰へ手を回した。
「なぁいいだろ?」
「嫌なの」
 ぐいっと抱き寄せて、唇を重ねる。ティルローズは抵抗しなかった。ねっとりと絡み合う舌と舌。混じり合った淫靡な唾液が、口と口を行き交う。
「もおぉ、すぐこれだ」
「いいだろ」
「見られるもん」
「見られないなら、いいんだな」
 オーギュストはティルローズの身体を抱き上げて、さっと船内に駆け込む。
「そうじゃなくて……」
「だったら何?」
「じゃ、ウソじゃないって誓える?」
「ああ、親父に誓って嘘じゃない」
「じゃ、長兄さんにも誓って」
「……」
 瞬間、時間が止まってしまったかのように、オーギュストの表情が氷りつく。
「長兄さんがね。困ったことがあったら、なんでも相談しなさいって。お仕置きしてくれるって」
 言うなり、人差し指で、オーギュストの左胸を射す。
「……」
 痙攣する頬を冷や汗が落ちていく。
「も、勿論だ。あ、兄上には決して、ご迷惑をおかけしない……さ」
 声が震えている。
「そう。どうーしようかなぁーあ」
 ティルローズはにやりと笑って、オーギュストの首に両手をかけ、脚を腰に巻きついていく。
「じゃぁ、今回だけよ」
 今度はティルローズの方から唇を重ねていく。オーギュストは、重く憂鬱な雑念を振り払うように、荒々しくティルローズの背を壁に押し当てた。

 ベッドの上ですやすやと眠るティルローズを見遣りながら、オーギュストは回収したマジックカード『シャドー・ツインテール・キャット』を卓上鏡に投げ込む。と、鏡は何も写さない黒墨となる。
「検索、黒髪の魔術師。パール」
 オーギュストが命じたが、鏡は無反応である。
 シャドー・ツインテール・キャットは影の中に潜んで、音声や映像を記憶する事ができる。ただし、予め付与された魔力を使い切ると、機能しない。通常一日程度が限度であろう。また、その遮蔽能力も、民間施設の結界であれば問題ないが、アルティガルド本国の港や宮殿ともなれば、容易に感知される事が予測された。故にオーギュストはわざわざサイト港で回収した。
「やっぱりダメか……」
 大きなため息とともに呟く。
「やはり直接人を送り込まなければ……」
 薄暗い夕闇の中で、隻眼が鋭く赤光する。


【神聖紀1229年3月、フレイ郡】
 メユールクロス宮殿。
 堅牢なフレイ要塞だったが、城郭のある山頂部は手狭なため、オーギュストは山麓に居館を築いた。それが『メユールクロス宮殿』である。
 黒を基調とした外観から、戦闘的なイメージを思わせるが、二重の堀で囲まれた輪郭式の平城で、特に段差や屈曲もなく、実践的な意味合いは薄い。いざ戦いとなればフレイ要塞に拠る、と割り切った建築思想なのだろう。
 内郭の御殿は、十文字型である。
 中心には巨大ドームがあり、そこからきっちり東西南北へ建物が配されている。これはドームの重量を分散して受け流す建築技術を、デザインに応用した結果である。
 最も充実しているのが、政務施設が入っている南宮。巨大な台所や親衛隊など臣下の控えの間があるのが東宮。西宮は神殿、教会、宝物庫などの神域。北宮はオーギュストの寝室で、その後方には女性陣の後宮が控えている。この造りは、フェルディアの宮殿建築様式を受け継ぎ、発展させたものである。
 また、外堀の内側には、アフロディース、カレン、ミカエラなどの独立した館が配置されていた。

 朝、浴室から、頭にバスタオルを被って、オーギュストが出てきた。通常、濡れた体は女性に拭かせるのだが、この日は例外となってしまった。
「ようやく馴染んできたな」
 ベッドの上には、シモーヌがうつ伏せに眠っていた。情事の後を匂わせる、乱れた裸体が、ぐんと女っぽくなっている。
 オーギュストの攻めにも、この柔らかさを増した腰周りの肉で、どうにかついてこれるようになった。が、つい本気を出してしまうと、クライマックス前に失神して、精も根も尽き果てたように、こうして眠り込んでしまう。特に、幼児のように後ろから抱きかかえてやる後背座位には弱かった。
「もう少しでいい女に化ける」
 体の相性は悪くなかったし、よく会話も弾んだ。特に航路図の話題は盛り上がった。
 壁には彼女が持参した、古今の航路図が数枚貼ってあり、二人の想像力を膨らませている。
 オーギュストはキッチンに入り、壷から鮫の肝油を汲んで、一気に飲み干した。これも彼女が持ち込んだものである。
 たいていの漁村には貯蔵しておく壷があり、誰でも無料で飲める。味を嫌って飲みたがらない連中もいたが、アルバトロス号では朝の日課だった。体、特に目に良い。
 と、オーギュストの視線に気付いたのか、シモーヌがうっすらと目を開いた。
「おはよう」
「ぶふふふ」
 そして、枕に顔を埋めたまま、目を細めて、くぐもった声で笑い、反対側へ顔を回した。
「もう、こんな顔見ないで」
 シモーヌは、今自分を幸せだと思っている。そして、ここまでの幸せを実感できた女性は、そんなにいなかった筈だ、と考えていた。

 その頃、北宮と東宮とを繋ぐ周回廊で、ファルコナーと刀根留理子が揉めていた。
「急を要する報告がある」
「規則です。予定なき訪問は、ここで内容を吟味致します」
ここはファルコナーの詰所があることから、通称『走狗の門』と呼ばれている。
「だから、内密の仕事だ、と言っているだろ」
「ですから、規則だと言っています」
 嫌味な慇懃さで、ファルコナーは言う。これに、留理子は唇を紫色にして震わす。
「もういい。力尽くでも通るぞ。総帥にお会いできれば、私の正しさが証明されるのだから」
 留理子はファルコナーを突き飛ばした。
「ここは殿中です。暴力行為は一切禁じられている!」
「だから何だ!」
 血走った眼で、凄む留理子。これまでの鬱憤が一気に炸裂した瞬間だった。
「ちょっと、どいてよ」
 そこへロングブーツをかつかつ鳴らしながらシズカ・キサラギがやってきた。そして、藍色のとんがり帽子のつばをちょっと上げて、二人を交互に見遣る。
「私は出入り自由でしょ?」
 斜に構えて、堂々と言い放つ。隠し切れない優越感が、瞳の中で光り輝いている。
「ご勝手に――」
 冷めた声で、ファルコナーが答える。
「ただ、魔術師マスターの称号を乱発し過ぎだ、と総帥はご立腹でしたけど。それだけはご留意下さい」
 言われた瞬間、シズカの顔が青褪める。
「え、えーと。そうだ。約束があったんだ。忘れていたわ」
 そう言い残して、小走りで戻っていく。
 一瞬の静寂の後、再び、留理子とファルコナーが睨み合った。
 その時、厚い鉄の扉が開く。
「何事だ?」
 中からオーギュストが出てくる。留理子とファルコナーは弾かれたように、さっと跪いた。
「刀根。成果は?」
「はっ、上々です」
「そうか。付いて来い」
 オーギュストが言うと、留理子はファルコナーを一瞥して、憎々しく舌打ちする。それにもファルコナーは顔色一つ変えない。
 周廊を歩くオーギュストと留理子。
「何処にいた?」
「ホテルのカジノでした」
「アイツらしいな」
 オーギュストが苦笑する。
「で、どのくらい負けていた?」
「およそ100万Czです」
「ふふ、なかなかの健闘じゃないか。債権はまとめておけ。後でオルレランに清算させてやる」
「はい」
「今は?」」
「玄関の馬車に」
「そうか」
 二人はぐるりと廻って、東宮から南宮の入り口に着いた。ここで、留理子は立ち止まる。南宮側には、たくさんの官吏が待ち受けていた。
 南宮を貫く大回廊を、文武の両官を引き連れて、オーギュストが進む。
「AとBのプランがあり……」
「それはラマディエにやらせろ」
「乙ルートと丙ルートでは予算に……」
「リューフに一任する」
「馬場の用地はイとロとがあり……」
「ファルダイクに調査させろ」
「アルティガルドから苦情が……」
「マザランに対応させろ」
「新しい課長は誰にすれば……」
「スレード卿に聞け。次」
 次々と入れ替わり立ち代り、オーギュストの傍らに部下が進み出て、分厚いファイルを差し出し、短い説明を加える。それを最後まで聞かずに、オーギュストは高官に丸投げして、ファイルも押し返している。
 そして、すらりとした長身で、鼻が非常に高く、丸くて小さな眼鏡をかけた男が来た。
「スピノザ、ディアン、デルロース、フェルディア、さらに、ロードレス神国に対して、出兵を通達しました」
 北辺から到着したばかりのダリ・カスティーヨが歩きながら、作戦の説明を行う。
「兵力は八千になる予定です」
 直廊の左右には、全ての官吏たちが並び、敬礼して見送っている。
「作戦目標は、ヘルディア谷です。ここを占拠して、パルディア王国軍を側面から牽制します」
 パルディア王国のあるバイパール半島は、ハンマーのような形をしている。頭部に当たる部分に、王都テリムがあり、まとまった平野を抱えている。また、柄の部分は、細長い山脈が横たわり、平地は海岸線に僅か張り付いているだけである。
 この山脈の南斜面、ドネール湾側を、エルフ族の住む『パールの森』が、覆い尽くしている。北斜面の北海側は、ドワーフ族の『海の岩窟』がある。故に、現状、人類は足を踏み入れることさえ許されていない。
 『ヘルディア谷』は、この二つの勢力の間にある。
 かつては、ダークエルフの族長ルシフォンの巨城があった場所で、ある時、天を貫いた巨大な火柱とともに消滅した。今ではクレーターだけが、その名残を伝える。
 そして、その内部は、地中から噴き出したガスで、草木の進出を拒んでいる。その代わりに、人間の集落が作られて、エルフとドワーフと物流を行うようになった。
「調査によれば、ルファーブル将軍が駐留しています」
「ヘルディアねぇ、いい思い出ないなぁ」
「えーと、思い出とかではなく、国益として……」
「カフカは何と言っている?」
「特に反対とかは……」
「ならいいんじゃないの」
 一行は、玄関に差し掛かる。まだタイルが完成しておらず、足場が組まれている。
「乾いてないから、気をつけろよ」
 そう言い残して、オーギュストは塗り立てのモルタルの上をさらりと飛び越えた。

 車寄せで、馬車に乗り込む。
「待たせた」
「……」
 中には、トンマーゾが憮然とした表情で座っていた。
「よくも私に顔を見せられる」
 正面を向かず、窓の外を睨みながら、ぼそりと呟いた。
「まぁそう怒らず。アルティガルドが出てきたのだ。どうにもならんよ」
 愛想よく語りかけて、合図に壁を叩く。と、馬車が走り出した。
「だが、あっさりと手放す事はなかった」
 ようやく火の出るような眼差しを、オーギュストに向ける。そして、言葉尻で舌打ちを加えた。
「長い物には巻かれろ、と言うだろ」
 尚も平然と答えるオーギュストに、トンマーゾは鼻から大きく息を吐き、呆れた顔を作った。
「それで私は何処の街を治めればよいのだ」
「君は俺の家臣じゃない。アーカスで土地が欲しいのなら、レオンハルト大公に言ってくれ」
 オーギュストは脚を組み、突き放すように冷淡に言い放つ。
「なっ」
 トンマーゾは忽ち言葉に詰まった。血の気を失った顔は灰色となり、まるで死体のように見える。
「はっ、話が、ち、違う」
 激しい焦燥感に腹の中を掻き毟られているのだろう、短い言葉にも噛んでしまう。
「それはこちらだ。事前の話では、君は摂政として、アーカス宮廷を掌握する手筈ではなったのか?」
 ドスの利いた声である。
「だが、結果的に、君達に大義名分を与える事もできたし、戦いにも勝った」
 必死に、自己弁護した。
「結果的にね」
 ふっと笑顔を作って、背凭れに凭れた。
「ではまた結果に期待しよう」
「あ、ああ……」
 震えながら頷き、トンマーゾは見え見えの作り笑いをした。
「オルレランに行ってくれ」
「はあ?」
「アーカスの降兵で、800ほどを用意した」
「俺を殺すつもりか……?」
「アメデーオ(オルレラン公)はこれ以上兄弟殺しをして、評判を落とさんさ。それに俺との関係も気なるだろうし」
「だが、しかし……」
「頃合だろう。もう逃げない方がいい。オルレランの存亡をかけた戦いの時期に、国の外に居たら、一生男になれんぞ」
「くっ……」
 トンマーゾの瞳が忙しく泳ぐ。今の苦境の現況は、カリハバール戦役以前に予備役になってしまった事だと思う。さらに、義勇軍に参加していれば、と後悔しない日はない。
「何をしろ、と言うのだ?」
「聖エリース教会の内情が知りたい」
「だったら……」
 足を小刻みに震わせ、喉が渇くのだろう襟元を緩める。
「だったら、条件がある。シモーヌを返せ!

「ほーお」
 やや間おくオーギュスト。髪を直し、爪を見て、顎を撫でた後で、ようやく口を開く。
「いいだろう。後で、本人に決めさせよう」
「おお」
 トンマーゾはより昂ぶった声で、力強く頷く。
 そして、オーギュストは再び壁を叩いた。馬車は間もなく停車して、ドアが外から開かれた。
「じゃここで。後は情報課と話してくれ」
 淡々と告げる。トンマーゾは「約束」と呟いて、一瞥すると馬車を降りていく。
「せいぜい派手に動き回ってくれ」
 動き出した馬車の中で、オーギュストは小さく呟いた。間もなく、馬車は湖岸に到着した。

「お、に、い、さ、ま」
 馬車を降りると、メルローズがすでに待っていた。いつものように、一音ごとに区切った言葉で呼びかけてくる。
「遅いですよ」
「ぎりぎり間に合ったね」
 オーギュストは優しく囁く。そして、腕を貸すと、一緒に歩き出した。
「それにしても、大きいですね」
「ああ、これで水を汲み上げて、あの水道橋でサトウキビ農園へ運ぶ。上手く行けば、毎日ケーキが食べられるようになる」
「それは楽しみですね」
「まぁ成功すればだけど」
「絶対大丈夫ですよ」
「どうして?」
「それは何となくです」
「そうか。メルちゃんは賢いなぁ」
 エリース湖畔のテントの中へ、2人は入っていく。そして、並んで坐す。その背後には、多数の技師たちが固唾を呑んで、見守っていた。
「三、二、一、安全弁解除」
 秒読みが終わると、ギシギシと不気味な音を立てて、巨大な水車が回り始めた。そして、くみ上げられた水が、高い水路へと運び上げられていく。
 おお――という感嘆のどよめきが起こった。
「成功だ」
 緊張から解き放たれて、人々は興奮の歓声に沸いた。
 ドラゴンより大きな水車として、超ド級と呼ばれる巨大水車が完成した瞬間である。これをオーギュストは、フレイ郡の湖岸約30キロに120基を備え付け、郡内の荒地を灌漑する計画を立てていた。
「よく頑張った。皆の働きに感謝する」
 簡単に祝辞を述べた後、オーギュストは、記念の植樹するために、芝生の上を歩き出した。
「凄く気持ちいい」
 隣で、メルローズが深呼吸している。
 水車が巻き上げる飛沫によって、辺りに柔らかな空気が漂っている。息を吸うだけで、体中の細胞が清浄されていく気がした。
 オーギュストは歓呼を上げる技師達に手を振りながら、水道橋の昇降口に到着した。
「やりました。揚水量は設計通りです。これでフレイ郡は豊かになります」
 喜色満面で報告する初老の官吏が、二人にスコップを手渡す。
「ご苦労」
 短く頷き、淡々と返した。
「すべての水道橋はバラで飾られる。そのうち、この辺を薔薇湖岸と呼ぶようになるだろうね」
 そして、メルローズに、バラの苗木へ最初に土を被せるように促す。
「まずはお兄様からでしょ」
「何を言っている。何れは全部君のものになるんだ」
「そうなんですか?」
 メルローズはやや困ったように首を傾げる。それをオーギュストは不思議そうに見詰めた。
「てっきりホーランドに帰るものだと思っていました。だって、あそこは私のために多くの人々が汗を流した場所だから」
「そうか。メルちゃんは優しいね――」
 誰かと違って、という言葉は飲み込んだ。
「まだ時間はたっぷりあるんだし、ゆっくり最善の選択を一緒に考えよう」
 オーギュストは優しく諭し、愛しげに頭を撫でる。
これにメルローズは素直な笑顔で頷いた。
 その時、水車周辺が騒がしくなった。
「申し上げます。大きな鯉が桝に引っ掛かっています」
「またアイツか」
 オーギュストは憎い恋敵に対するように舌打ちし、目障りとばかりに片眉を不機嫌そうにぴくぴくと上げた。


 地下牢。
「よう、気分は如何だ?」
「…良い訳がない」
 四角い牢の中には、ライラがいた。相変わらず言葉は反発的だが、顔に険しさはない。
「ご希望のフェルディア蜂蜜だ」
 オーギュストは粗末だが頑丈そうなテーブルに、ガラス瓶を置く。
「あ、ありがとう」
 ライラは小さく頷いた。
「ほぉ、感謝できたのか?」
「敵とは言え、恩には素直に感謝する。それがフェルディア最高騎士だ」
「なるほど。それはすまなかった」
「分かってもらえれば良い」
 オーギュストは「偉そうだな」と屈託なく笑った。それに合わせて、ライラも「偉いんだ」と爽やかに微笑む。
 ライラはオーギュストを敵としているが、二人の間に、客観的に見て、対立は見当たらない。

 二人が再会し時、ライラは廃人同然だった。
 明晰で発想力に富んだ頭脳は、考える事を止め、凛とした顔は、喜怒哀楽さえも捨て去っていた。ただ無駄に流れる一日を、表情なしに、光のない死んだ瞳で眺めていた。
 この地下牢に幽閉されて、半年ほどが過ぎている。
 ここには時間がなく、四季もなく、また人々の営む生活の物音さえもしない。ただ一本の灯りと、それに照らされたライラの影があるだけだった。
 誰とも会わず、誰とも話さない、変化のない日々が永遠に続いていく。初めはイラつきもしたし、壁に向かって罵声も浴びせた。だが、聞く者などありえないと知り、ついに喋る事を諦めた。
 言葉さえも忘れようとした時、突然オーギュストが現われた。
「朝食はパンでよかったかな?」
「あっ……」
 思わず、裾を掴んでいた。半年振りに聞く人の声は、渇き切ったライラの心に、清新な水が与えた。
 そして、偶然触れた指先からは、人の体温が伝わって来る、まさに稲妻のような衝撃だった。とっくに氷り付いていた血潮が、息を吹き返していく。
「そろそろ反省したか?」
「ふざけるな! そもそも――」
 口から火を吹くように叫んでいた。憎むべき、討つべき相手に対して、まるでむしゃぶりつくように語りかけ続ける。ただ話す事がこんなにも楽しいとは思いもしなかった。
 辛辣な言葉が、次から次に紡ぎ出されていく。
 だが、次第にオーギュストの反応が恐くなってきた。不快に思っていないだろうか、つまらないと思われていないだろうか、飽きられていないだろうか、そんなことばかりが気になって、徐々に言葉は柔らかくなり、内容も穏やかになっていく。
「さてと、それじゃ」
 これほど残酷な言葉を、ライラは聞いた事がない。
 オーギュストが席を立つ瞬間、白刃が左胸へ突き刺さっていくような戦慄を空想した。もう二度とこんな幸福は訪れないのでは、とさえ思った。
 長い長い孤独の時間を経て、再び、オーギュストが現われた時、法悦の輝きを満面に浮かべていた。
 以来、ライラは一日中、オーギュストのことだけを考えるようになった。
「『よく来た』これじゃフレンドリー過ぎるな。『暇な奴だな』これじゃ友好度が足りないなぁ……」
 この一時の出会いのためだけに、一日の全てを費やして、最初の一言を捜し求めた。そして、一週間が過ぎた。

「北辺から人が来た。そのみやげだ」
「北辺から?」
 懐かしさがこみ上げてくる。
「最終打ち合わせをして、出陣する事になる。半年は帰ってこないだろう」
「は、半年……」
 雷に打たれたようなおののきに愕然とした。この時に抱いた感情を、到底言葉では表せない。恐怖すら生温い表現であろう。
「お、置いて行かないで下さい……」
 積み上がる寂寥感に、堪え切れず口走っていた。言ってすぐに、『しまった』と口に手を当てた。だが、不思議と後悔の念は湧き上がってこない。それよりも、ある意味、肩の荷が降りたような、奥歯に挟まった物が取れたような、清々しさがあった。
「俺について来るなら、忠誠を誓わなければならん」
「は、はい。誓います。あなたの言うことは何でも聞きます、従います。決して逆らいません。私の身も心も何もかも……すべてささげることを誓います」
 ライラはオーギュストの脚にすがり付いて、泣きながら誓約を行った。

 その夜、城内の闘神神殿に灯りがあった。
 闘神神殿は、全てアーカス地方にあった女神像を柱とし、その間を神々の戦いをテーマにした壁画で飾っている。
 最奥には、四段の白色大理石でできた祭壇があり、その上には、ルーン文字で碑文の刻まれた黒曜石が置かれている。
 祭壇の階段に、赤毛虎の皮を敷き、オーギュストはそこに湯上り姿で横たわっている。
 その両脇を、テレジアとサーシャが挟み、交互に果物を口移しで食べさせている。
 そこへ、長身の女に引かれて、ライラが赤絨毯の上を進んでいく。
 ライラは一日かけて身体を清められた。蒸気で、石鹸で、オイルで、身体中を磨き上げられた。
 そして、首にパールが織り込まれた白いレースを巻き、正面に一つエメラルドを輝かせている。
 胸は細いシルクの布を巻き、谷間にエメラルドの飾りの付いた金具で繋いでいる。
 恥毛の上にも、一際大きなルビーを配して、そこから布を下に垂らし、また、腰には金のチェーンを回して結んでいる。
 さらに、両手、両足首には枷のような金飾りを付けている。
「ライラ、よく決断しましたね」
「はい」
 ライラは素直に頷くと跪いた。
 何もかもが違う。儀式の余りの変貌に、仲間たちの思想の変節に、ライラは動転していた。
 不覚にも人肌の温かさに流されてしまったが、反逆の思考は決して捨て切ってはいない。従順に振舞いながらも、ほんの僅かな可能性を信じて、逆転の機会を窺っていた。しかし、この展開は全く理解できない。
――いったい彼女らに何が起こったというのだ……。
「私、ライラ・シデリウスは…永遠の……」
 思わず言葉が詰まる。
 くすりとサーシャが笑った。もっと純な表情をする子だったのに、と思う。
「わたし――」
 甘ったるい声を出すと、サーシャは上体を動かしていく。
「サーシャ・フェルンストレームは、絶対の忠誠を誓います。どんなご命令にも決して逆らいません。一生懸命ご奉仕します。お仕えします」
 誓いの言葉をさらりと囁くと、小さな口を大きく開いて、男根の先を咥え込んだ。そして、唇で啄ばむように、亀頭部分を扱く。
 オーギュストはにやりと笑い、サーシャと反対の脚を上げた。すぐに、テレジアが脚をくぐって、サーシャの顔の下へもぐりこみ、袋をぱっくりと含んだ。
 二人は髪をかき上げてライラを見遣る。その四つの瞳は、然も楽しげで、誇らしげでさえある。
「んっ……」
 テレジアは二つの袋を舌で確認するように転がした後、持ち上げて、肛門の方へと舌を這わせていく。
「んぁ……ああぁ」
 サーシャは、男根をじゅぷりと深く飲み込み、喉の奥で締め付ける。顔を真っ赤に火照らせて、萎めた唇からは、だらだらと唾液が滲み出ていた。
 グジュグチャと卑猥な音色が横から聞こえた。見れば、キーラが右手で乳ぶさを揉み、左手で秘裂をなぞっていた。
「なっ!」
 突然、ライラは驚愕の声を上げていた。
 キーラが自慰している事もそうだが、その引き締まってはいるが、固さを感じてしまう身体の線と、膨らみの乏しい胸と尻に、である。それは自分と共通する。
 一方、テレジアの何と柔らかでとろけそうな身体だろうか。
 血管が透けて見えるような白い肌に、適度に丸みを帯びた胸と尻、まるで果実のように匂っている。
 そして、オーギュストである。
 頭の後ろで手を組んで、やや腹筋を使って、テレジアとサーシャを眺めている。まさに神話の彫刻である。一切の無駄がなく、理想的に鍛え上げられた、柔軟で弾むような筋肉。これならば天まで跳ねる事も、風より速く走ることも可能であろう。
――触ってみたい……。
 思わず、生唾を飲み込んでいた。心の底から、羨ましいと思った。
「ち、誓います……」
 理性の制御を振り切って、欲望が口走っている。気が付いたときには、身体の芯から震えていた。
「我は鋼の檻に囚われし者。汝は我が鎖を手繰る者。我が剣に汝の名を刻み、汝の剣に我が命運を預けん。我が祖に懸けて汝に誓う。汝のみを我が主と定めん」
 ライラは従属の呪文を述べた。頭の中は混沌と化して、何が道理で何が非道なのかさえ判然としない。ただこの男を自分のものにしたかった。誰にも渡したくなかった。そのためなら、悪魔とも躊躇わず契約しただろう。
「……」
 オーギュストは立ち上がり、数歩進んで、ライラと対峙した。
「満たされた刻を破却された。我が理に従うならば応えよ」
 言うと、オーギュストは人差し指を、ライラの顔の前に突き出す。それをライラは噛んだ。指先に血が滴る。その指を左胸へ運び、血でルーン文字を刻んだ。
「契約を此処に。汝の眼は混沌に曇り、耳は虚空にあり。見えるべきは我が姿。聞くべきは我が声。我は全ての善を司り、全ての悪を統べる者なり。汝を我が僕として認めよう」
 言い終わると、ライラの頬を殴る。
「ありがとうございます」
 口の端から血を零して、嬉々とした声でライラが告げる。
 血の文字が、一瞬鮮やかに光り、ふっと肌の中へと消えた。
「俺の魔力はまやかしではない。嘘偽りなく、心臓を止めることができる。覚悟しろよ」
「はい」
「よし、跪け」
「はい」
 オーギュストの前に膝を付く。眼前のものに、頬を染めてじっとりと見入る。
――これがオーギュスト様の……
 徐に手を添えると、喉を一度鳴らし、一瞬の躊躇いの後に唇を運ぶ。
「んっんっんっ……」
 男根の先端に、口付けする。生まれて初めての口付けだった。それを男根に捧げた。
 軍の中で生きてきた。無我夢中だった。異性との恋愛など考える余裕さえなかった。半生が走馬灯のように駆け抜ける。
「うふん、うん、うん」
 鼻を鳴らして、献身的に顔を前後させる。すべて見よう見真似である。唾液の垂らし具合も、唇の締め方も、扱き方も全くなってない。舌は動かしもしない。
 それでも、このぎこちなさが、これまでの凛々しさとのギャップになって、オーギュストの気分は高まっていた。
「キーラ、この女に濡れ方を教えてやれ」
 暖かな口から男根を引き抜くと、ライラを突き倒した。
「畏まりました」
 キーラの声に反応せず、テレジアとサーシャへ振り返る。
 テレジアとサーシャは階段を利用して、犬のように四つん這いになっていた。テレジアの方が、肉は柔らかく、丸い尻をしている。サーシャの方は、まだ固さが残っているが、毛は濃いようだった。二人とも、秘唇もアヌスも曝け出し、ねだるように揺すっている。
「ああ……」
 オーギュストは、テレジアの秘唇の周りを焦らすように指で刺激する。テレジアは腰をもじもじと蠢かして、一筋、透明の粘液を太ももの上に滴り走らせる。
 シミ一つない、美しい尻である。抜けるように白い桃尻に、あまり変色していない肉襞から、割れ見えるピンク色は鮮やかで、とても美しい。形も崩れておらず、周囲の毛も薄くまだらである。
「あっ、あーん……」
 身体の芯で官能の炎が燻ぶる。
「ライラのここって臭うわ」
 背後では、仰向けに倒れたライラの股間に、きーらが顔を埋めて、秘唇を舐め始めている。
 サーシャへは右手を伸ばした。膣穴の奥深くへ指を沈み込ませて、荒々しいほどに掻き回した。誰よりも感度はよく、すぐに喘ぎ乱れた。
「ああん…(これ以上焦らされたら)…狂っちゃう……」
 テレジアは、眼を閉じて、切なげに裸体を悶えさせる。そして、胸の中を掻き毟る焦燥感が限界に達する寸前、満を持して、膣穴に杭を打ち込む。
「あッ、あっッ、すごッ……いいッ」
 歓喜の声を巻き上げた。
 膣肉がぐねぐねと蠢動して、男根にまとわりついて、まるでとろけてしまいそうな、やわらかさである。
「あたってるぅ」
 テレジアは、奥深くまで突き抜かれて、子宮を小突かれて、鼻にかかった声でよがった。日常では決して得られることのない、妖しいまでの快感が眼を覚ます。そして、浅く二度三度と出し入れされると、膣坑の中で、どんどん増幅されて、次に子宮に届くほど打ち抜かれた瞬間に、まるでピストンで押し出されたように、全身へと悦楽の衝動が流れ出していく。
「あっ、来る。来ちゃう。大きいのが、ああん、来ちゃうのーーーッ!!」
 忽ち、テレジアは絶叫した。そして、尻から腰を突っ張らせて、いっそう高く持ち上げた後、突然痙攣されて、弱々しく階段に落下した。
 その喘ぎ顔を、サーシャは横から、羨望の眼差しに眺めていた。
「ああん、サーシャも欲しい……」
 子猫のようなねだりに、オーギュストは気前よく応えてやる。名残惜しげに締まるテレジアの穴から引き抜き、サーシャの小振りな穴へと突き入れる。
「ひぃ、ひぁあああん」
 さっそく願いが叶い、サーシャは悦び、咽た。そして、一息の合間に数度ストロークされると、全身の筋肉が固まり、背を弓のようにぐいっと仰け反らせ、息さえも詰まらせた。
 今度はテレジアが寂しげに指をしゃぶる番だった。
 その仕草を見て、可哀想に思ったのか、親指でアヌスを刺激して、中指で膣穴を、人差し指でクリトリスを弄ってやった。
「はあっはあっはあぁあぁぁ!」
 切なげに甘く喘ぐ。
 その声に被せて、サーシャも、
「ひ、ひいいいいぃぃぃぃッ!」
 見開いたまま、焦点を失った瞳に、涙を滲ませ、断末魔のような悲鳴を上げる。
 そして、十回程度で、サーシャが絶頂を極めると、惜しげもなくさっと抜き、再びテレジアに入れ直した。
 従姉妹同士で似た雰囲気をもつ二匹の雌を、交互に犯して、その放ち上げる肉の咆哮聞き比べて、蜜の香りを嗅ぎ比べる。まさに贅沢な嗜好であろう。
「さて、もう濡れたか?」
 雌二匹を限界まで使い切ると、今度はキーラとライラへ向き直った。
「お願いします」
 気配りよく、キーラが退く。ライラは初めての経験に瞳を虚ろにしていた。
 オーギュストは脚を掴み、高く持ち上げた。
 両足を大きくVの字に開かせられた。オーギュストは上から押しつぶすようにして腰を沈めてくる。身体を折り曲げられ、ぐいっと深くつらぬかれた。
「ああ……っ……」
 すすり泣きに似た声が、食いしばった歯の間からもれた。
「んっ、んんーーーっ!! ぁあぁーーーっ!! ああぁーーーんっ!! ぁあぁん、んんっ、んくっ! あはぁーーーんっ!!」
 ライラは細い眉を、上下に激しく行き来させて、悲鳴とも喘ぎともとれる泣き声を、派手にぶちまけている。
「これが俺だ。覚えておけ」
「あ、はい」
 身体を二つに裂かれるように痛む。しかし、この痛みが、隷属を誓った者にとって、何物にも変えがたい最愛の感情である。これこそ隷属の証であり、この痛み忘れない限り、二人の絆は途切れない。
「どうですか? ……私の使い具合は?」
「最高だ」
「ああ、嬉しい」
 ライラは勝ち誇ったような笑みを顔中に溢れさせた。
 実際に、膣内が狭く愛液に満ちた膣壁が、男根に吸いつくように絡み付き、とにかくキツく締まっている。思わぬ掘り出し物に、腰の動きも加速していく。
「いっ、たぁあいっーーー!!!」
 容赦ない攻めに理性も矜持も吹きとんだ。ライラは本能の赴くままに無様に叫ぶ。それを合図に、必死に保っていた精神の糸が切れてしまい、だらしなく気を失ってしまった。
 オーギュストは、糸の切れた人形のようになってしまったライラの体内に、欲望の迸りを吹き付ける。異物に侵入を全く知らなかった、ライラの処女地が、この日、この夜、初めて蹂躙された。
 ライラが、自らが垂らした涎の冷たさで眼を覚ますと、キーラのよがり声が鳴り響いていた。
「ううっーーーん、あひぃ、くっ、くぅーーん」
 オーギュストに跨ると、狂ったように腰を振り、喉が詰まったようなくぐもった声を放っている。
 淫靡さに満ちた、恍惚の顔は、おしなべて美しかった。
 これだけで、自分の選択が間違いではなかったと確信するライラだった。


【ワルスゴルム大森林】
 大森林の中を走る深い大地の切れ目。切り立った崖を降りると、深い霧が漂い、足元さえ確認できない。
 ここは『サンゴの谷』と呼ばれる、古いエルフ族のネクロポリスである。谷底は、白いサンゴの死骸で埋め尽くされていて、それらの合間に、船ほどの大きさの巻貝が整然と並んでいる。
 エルフ王アルトゥーリンは、その一つへ向かって、霧の中を歩き出した。重量感のある鎧をまとい、一歩ごとに、深い足跡が大地に刻まれていく。
 身を守るのは、『アカシックアーマー』と呼ばれる、神代から受け継がれた鎧である。鮮やかに輝くブリットシルバーの外装に、間接部を伸縮自在のデストロイブラックの幕で被い、そして、強固なスチールグレイのチューブが全身に張り巡らされている。
「何という酷い事を……」
 アルトゥーリンは怒りに唇を震わせて、低く囁く。燃えるように輝く瞳には、無残に暴かれた英雄の墓が映っている。
「これで20件目です。いったい何が目的でしょう?」
 随行する部下の一人が、苦悶表情で問う。アルトゥーリンは黙って、瞳を閉じた。
「陛下、行跡が見つかりました」
 そこへ残留熱量を測定していた部下が駆け込んできて、勇んで報告する。追尾したところ、谷の奥へと向かっている。
「この振舞いを断じて許さん!!」
 アルトゥーリンは時間を無駄にせず、追撃を命じた。

 枯れた川へ降り立つ。少し上流へ目を凝らすと、滝の跡らしき付近に、洞窟を見つけた。
「あれか? おい」
 アルトゥーリンは5名ほどを先行された。
 その時、無視できないほどの生臭さ漂わせて、大きな岩の上に、不気味な戦士が現われた。
「オーク……否違うな……」
 漆黒の鎧をまとい、まるで生きているようなヒョウの仮面をつけている。そして、鎧の隙間から見える肌は、焼いたように黒く、目は炎のように赤くギラついている。
「……あれはエルフの装飾品……」
 首筋に覗ける素朴な首飾りを見て、アルトゥーリンは、厳しい表情でうなる。
「うふふふ」
 ヒョウの口が動いて、薄気味悪い笑いを洩らした。
「捕らえよ!」
 一斉に、エルフの剣士たちが斬りかかる。
 対して、ヒョウの仮面の戦士は、徐に長いパイプを口に咥えて、煙を肺に吸い込む。そして、口を大きく開くと、澱み腐った息を怒涛の如く吐いた。
「虫か? 怯むな!」
 濁った息は、次第に無数の黒い粒となる。そして、羽音を鳴らして、エルフの剣士たちへ襲い掛かっていく。
 エルフの剣士たちは意に介さず、剣で払い、追い払いながら前進しようとする。だが、虫は、群れを崩さず、まるで巨大な鎌のように蠢いた。
「なっ!?」
 離れていた場所で見ていたアルトゥーリンが、思わず絶句する。
 虫はエルフの剣士たちの肉を食い破って、噴き出した血さえも瞬く間に食い尽くしてしまう。
「あれは吸血蝿です」
 側近が氷点下まで下がった声で告げる。そして、逆に熱い覚悟で、躊躇なく前に出て、王の盾になろうとする。
 その肩を押し退けて、アルトゥーリンは、勇ましく黄金の剣を抜いた。
「下がっていろ」
「……は、はい」
 渋々と引き下がる部下達を、横目で確認すると、アルトゥーリンは、表情をさらに引き締めて、右手で剣を天へと突き上げ、左手で水色の宝石を皮袋から取り出す。
 その瞬間にも、頭上を、黒い殺人集団が覆い始めていた。
「ウィンディーネ」
 構わず、アルトゥーリンは水の妖精を召喚する。水色の妖精は、螺旋状に翔けて、背中のボックスへともぐり込む。ファンが高速で廻り始め、ドーナッツ状に、ウォーターブルーのオーラを発光させた。そして、腕や脚のチューブを、鼓動のリズムで、流体が伝わっていく。
 猛然と吸血蝿が襲い掛かり、アルトゥーリンを黒く染め上げる。
 しかし、鎧を傷付ける事はできずに、逆に触れただけで、青白い火花となって消滅してしまう。
「行くぞ!」
 一歩踏み出す。その重みで、足が大地に沈む。
「来い、ウィル・オー・ザ・ウィスプ」
 光の妖精を宝石から呼び出すと、黄金の剣と融合させる。一粒の輝きが、一筋の流れとなり、流れが集まって、ついに燃え盛る黄金色の瀑布となった。
「エレメンタルブレイド、バーニングゴールドフラッシュ!!」
 圧倒的光の奔流が、剣先から放射された。
 全ての蝿を、さらに、謎の戦士も、その光で浄化して、完全に消滅させた。
「突入するぞ!!」
 猛々しく、アルトゥーリンは洞窟を目指す。だが、再び禍々しい気配が周辺に蔓延い、足を止めた。
「偽王よ。その程度か?」
「そこかッ!」
 声のした灰色の四角い空へ、再び光を放つ。一閃の煌きの後には、破れた黒い外套が宙に漂う。
「偽王よ。汝は弱い」
 気が付くと、背後でぞぞっと寒気のする声が轟く。とても温かな命を有する者の腹の中から発せられたものとは思えない。
「たあーーッ!!」
 アルトゥーリンは、振り向きざまに、剣を振るう。しかし、その斬撃をいとも簡単に、その男は、左手で握るように受け止めた。
「何者だ」
 今度は狼の仮面をつけている。そして、よく見れば、左手は剣に触れず、手首の血管から生えた、闇に近いシャドウパープルのバラで受け止めていた。
「我は新しき時代の極星となる者。如何に抗おうが、我が星の下に生きる限り、汝も我が僕となる定め」
 気取った、クラシカルな喋り方をする。
「ふざけるな!!」
 カッとして、剣を押し込むアルトゥーリン。シャドウパープルの花びらが、ふわりと舞い上がった。
 しかし、狼の仮面の戦士は、不適に笑う。そして、左腕の血管が大きく波打ち、鋭い棘のあるダークビリジアンの茎が、急激に伸びて、剣に巻き付き、強烈に締め上げた。
 その刹那、驚くべき事に、黄金の剣が砕け折れた。
「なっ!?」
 信じられない事態に、アルトゥーリンは暫し思考を停止させてしまう。
「陛下!」
 その間、残った全てのエルフたちが、一斉に剣でつく。
 しかし、足元から、視界を遮るほどの膨大な量の花びらが舞い上がり、その花びらは、エルフの剣士たちに触れた瞬間、小さいが烈しい爆発を起した。
 エルフ達に逃げ場はなく、瞬く間に、闇が全員の肌に染み込み、絶命へと誘う。
「このぉーーお!!」
 激昂したアルトゥーリンは、折れた剣で殴りかかる。
 だが、剣を折ったバラは、そっと背後のファンへ回り込んでいた。
「滅びよ」
 ファンの中で、バラの花びらが増殖する。忽ち、ウィンディーネが闇色に染められて死んでいく。
 刹那、チューブに感じていたパルスが、停止して、急激に鎧が重くなる。
「キャストオフ」
 間髪を居れずに、鎧のロックを外すアルトゥーリン。鎧は無数のパーツに分割されて、バラバラに弾け散る。そして、それまでのスローな動きと打って変わって、疾風のように俊敏に駆け、横へ滑走して、瞬速の矢を放つ。
「うむ?」
 狼の仮面の戦士は、困惑の声をかすかに洩らしたが、苦もなく破片を避けていく。同時に、紫色の妖しげな瞳を、細かく、そして、素早く動かして、標的を追い続けていた。
「無駄、無駄、無駄、無駄ッ!!」
 バラの花びらの障壁で、矢が弾き返す。
「そこッ」
 そして、再びバラを伸ばす。
「きゃあ」
 悲鳴だけが空白に鳴り響き、遅れてアルトゥーリンの姿が出現した。その身体にはバラの棘が絡み付き、抗おう術なく縛り上げていた。
「こいつ……」
 小さいが、濃い呪いの声をもらすアルトゥーリン。
「無様よのぅ。偽王よ。うむ?」
 その時、古代樹の根が、崖を駆け下りて、鞭のようにしなりながら飛んできた。
「エントか? パールの封印が薄くなっているのか……」
 慌てて、狼の仮面の戦士は、跳躍して避ける。辺りを見渡しながら、忌々しげに囁いた。
 続いて、静かに花粉が、幕が下りるように舞い降りてきて、周囲を黄色く染め始めた。
――拙い!! バイオ・ニューラル・ジェルパックが感染する……。
 狼の仮面の戦士は、アルトゥーリンを残して、霧の中へ消えていく。


続く


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